昨年末、4年数ヶ月ずっと欲しがっていたけど買えていなかったKindleを買った。
満足している。
本当に、満足している。
紙の本のが好きだけど、ただ読みたいな、って時にはちょうどいい。
そして、文字を大きくできるのが中年女性の私からしたらありがたい機能。
バックライトもありがたい。
暗すぎる状況に気がつかず、読みにくいな、とか思っていた私に、さっさとKindle買っとけ、と伝えたいくらい満足している。
実際、読書量が増えた。
それは、読みたいなー、と思ったら間髪入れずに手元に来てしまうシステムのおかげでもある。
欲しい本を買いました、ってのはまだ一冊だけだけど。
あとはAmazonプライムのサービスで、プライムリーディングっていう書籍レンタルのおかげで手に取ることが増えたように思う。
お金を払ってまで読みたいのか、図書館でよくね?しかし、読むのに時間がかかりそうなちょっと難解なものとか、利用期限は特になさそうな感じで読めるのはありがたい。
で、
Kindleについてあれこれ書こう、と思ったわけではなく。
たまたまプライムリーディングにあった某書籍を読み、ちょっと気持ちが動いた。
これを書いている理由はそれだ。
あーお金払ってこの本読まなくて本当に良かったー!!!!!
自己啓発系の本だったのだが、何これ、ひどい。
なんちゃって啓発のテンプレートのような本。
自己啓発だって知らずに、レビューを読んだら、これを読んでとても良かった、みたいに書かれていたもんだから手に取ったわけだ。
信者ビジネスのように展開することが多くなっている自己啓発系で、読んでとても良かった、って全くもって当てにならないワードだから、気づいていたら、手にとらなかったろうに・・・
さりげない自分アゲ、身内アゲ、無駄に高いテンションと、薄寒いギャグ、軽妙というより軽薄なノリ、あ、うん、ごめん、ちょっと無理。
やたら自虐的で、ニュートラル、難しく重々しかったらいいのか、と言われると、断じてノーではあるのだが、一時期のあの自己啓発系信者ビジネス界隈のブログやら何やらをチェックしていた私には拒否反応しか出てこなかった。
芋づるかよ、ってくらいタテヨコ縦横無尽に結びつき、絡みつき、お金がありそうなところから吸い上げる吸引力たるや、ダイソンも逃げていくんじゃねーの?っていうしぶとさとか。
隠しもしない、自分アゲ、そんな私を産み育てた親アゲ、こんなことを著名人が・・・で出てくる人の人選とか、テンプレートかよ、ってもう、もう、もう。
それでも最後まではちゃんと読むんだけどね。
(信者ビジネスに片足突っ込み始めた人の自称書籍より数億倍はマシだから。)
お金払ってこの本を定価で手元に手繰り寄せていたとしたら、私、本当に末期なんだろうな、って気づけるから、この手の本の存在意義そのものにはなんとも思わないようにしている。
けど、なんかなぁ、読んでまじで良かったんだけど!!!!みたいに思える本にたどり着くまでこの手の本を押し除けて行かねばならぬのか、この世は!戦国なのか、って思ってしまうところではある。
人だけじゃなく、本も一期一会。
縁があるない、ってのがもしかしたらここにも適応されているのかもしれない。
(目の前にあるもの、こと、全てから、感じたり、思ったり、冷静に分析のようなことをしてみたりすることで無意識、自覚的に問わず情報を得ている。なのでそれらの情報を全く別の尺度、状況下に於いて応用できさえすれば、縁も何も考えなくても済むのだろうけど。その応用を自分だけがわかる状態での応用、他者にとっても有用である形に変換して応用していくといいんだろうね。しかしながらこの行動って大体持ってエネルギーが必要なことなので大変だよね、って思う。)
世の中のシステムや流れが変わるのが早すぎて、自分の中のアップデートがひとまず、オッケーかなってレベルまで終わった頃にはもうすでにアップデートしたことが1世代レベル前扱いになってるのが日常になっている。
そんな気がしているだけだし、ちょっとオーバーな物言いかもしれないけど、それくらいのスピード感があるよ、って自分で認識していないと、追いつけるものも追いつけなくなりそう。
年齢を重ねていくことによる普遍的であろう初体験不具合のお歴々にまみえながら、猛スピードで変化していく世の中にどう身を置いていいのか悩ましい。
今回見つけた本もその変化の一端なんだろうな、って思う。
とりあえず、お金を払ってまで読みたいと思える本に出会うまではバッサバッサと切り捨て御免。
それくらいのドライさをしっかり持っていたい。
あー、本当に、お金の使い方、上手になりたいなー。