録画しておいたモブサイコ100二期を見た。
その感想をどうやって言葉にしたらいいのか。
言葉が見当たらない。
言葉にした瞬間からそれは陳腐なものになってしまいそうな気がする。
どこか言葉にすることを拒んでいるような感じもする。
モブサイコ100の一期は見ていない。(近いうちにみる、絶対。)
二期を偶然見て、トリコになった。
自分がどうしたいのか、どう感じたのか。
こう在りたい、と思う自分を成立させるためにはどうしたらいいのか。
大きな力(超能力)を持った中学生のモブはその力の恐ろしさを知っている。
だから、どうしたい、どう感じた、どう在りたいのか。
そこに向き合った時、力を使わずに丁寧に地道にコツコツと取り組む。
人を疑わず、相手の状況、気持ちを大切に扱う。
力でねじ伏せるようなことはしない。
それでも中学生だ。
力が暴走することがある。
100%の力で行動する彼はスーパーサイヤ人状態だ。
そんな力を日常的にコントロールすることは容易ではない。
彼を取り囲む環境は、優しい。
ただ優しいのではなく、犠牲的ではない優しさで溢れている。
はっきり言ってしまうと、言いたい放題、やりたい放題な人々に囲まれている。
それでも優しい、と言いたくなるのは誰よりも相手の気持ちに寄り添うモブが作った関係だからだ。
彼の優しさが、環境も優しくしてくれる。
もちろん、利己的、打算的に彼を利用する、利用しようとするずるい、小賢しい人間もいる。
綺麗事だけで成立しているわけではない。
が、日々成長していく彼は意思表示をし、そこからも何かしらを得て、学び、超能力などに頼らずに生きていけるくらいの精神力を築いていく。
優しい、温かいだけではなく打算的な人間ももちろんいる世界が構築されている。
そこに現実的な生々しさが在り、水と油のように喧嘩しがちな非現実的な題材である超能力が馴染んでいるバランスがストレスなく受け入れられる。
(超能力とかが当たり前の世界になると、価値観の歪み、偏りが生じる感じがするけどこの作品は自分の生活の延長戦上と感じられる生々しさが面白い。)
そんな舞台での超能力がらみのアレコレは、人と関わりあうのっていいものなのかもしれないな、と思わせてくれる。
人との関わりを逃げたり避けたりしてる場合じゃないような・・・引きこもりがちな私をそんな気持ちにさせてしまう。
とは言っても、秀逸なギャグアニメなんだけどさ。
(私の主観なので、正式には青春サイキックストーリー)
モブサイコ100のうわべを撫でるとこんな感じだ。
ここまで書いても、私がこれを見て感じたことや、得たことを言葉にし難いままだ。
で。
言葉にし難いまま、書き続けた結果、私の中の陰と陽のバランスが取れてしまった。
(正確には、打算的な小賢しさと子供みたいなピュアな部分が仲直りしてしまった、感じだな。)
実際、ここには別の文章があった。
それを書いているうちに、ああ、こういうことか、とわかってしまった。
わかった以上、不釣り合いだと思って消し去った。
とりあえず、モブサイコ100は侮れない。
モヤモヤするから好き、ではなく、欠けた視点を補ってくれるから好きなのだ。
多様な価値観がすんなり受け入れられるから好きなのだ。
完全新作OVAとか楽しみで仕方ない。
モブサイコ100は深いぞ。
(ワンパンマンも深いんだけどね。)