赤い口紅でタンバリンを上手に打つ。 | ジブン探検中。

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どう感じたか、どう思ったか、
書いて忘れていくブログ。

わたしもそういうお年頃になったのか。
赤い口紅というものに興味を持ち始めた。
たぶん、悪目立ちせずに使えるくらいに
素肌の力が弱まってきているのだろう。
派手かしら?という自意識も、
恥ずかしいかもしれないという気持ちも
横にやれるくらいにふてぶてしくもなったのだろう。



▲野宮真貴さんの世界が現実にあった、という証明書

わたしの持っている野宮真貴さんのイメージは
兎にも角にもしゃれおつ。
そして、我が道を行く、有無を言わさず、
言われた有無はさらりとかわしてという
力強さとしなやかさ。
非現実的な世界に生きている人、
エトセトラエトセトラ
そんなイメージだ。


しかし、この本を読むと、
彼女は確実に現実に存在し、
わたしや他の女性たちと同様に
コンプレックスもある。
もしかしたら、そのコンプレックスに
振り回されている時期もあったのではないか?
と思われるくらい現実に存在する女性だ、と
思い知らされる。


彼女はファッションに対する情熱が
半端なかったし、好奇心も向上心も
それを指していた。
そこから自分にフィットする形を
選択して選択し続けた結果が今なのだな、と
思った。


わたしの勝手な思い込みで、
おしゃれな人だから
強い人だから
しなやかな人だから
プロの手を借りれる立場にいたから
と彼女だけでなく、
他の誰かに対して色眼鏡をかけ、
異次元、別世界化していたら、
得られるものも得られなくなる、
ということだな、と思った。


反面、どこかわたしと同じだーと思うことに
申し訳なさを感じたりもする。
わたしと似ている、同じだーと思うことは
失礼な行為に当たらないだろうか
と思うことが多くある。
それを謙虚さというのか、自己卑下なのか、
そこらへんは相変わらずわからない。
それは、やはりわたしの自己肯定感が
低いからでしかない。


そこをカバーできるのは
非現実的とも思えるレベルの
夢見心地になれる能天気さと
現実を直視できない弱さと
イラっとくるレベルの無邪気さなのだろうと
自分に対して思った。
うまいことバランスが取れている、のか、
バランスを取るために身につけた、のか、
つくづく世の中うまいことできているなぁと
思う。


わたしも毛にまつわるエトセトラは
プロの手に任せようと
この本を読んで思った。


わたしはどこか自分自身が魅力的になることに
対して漠然とした怖さを感じる。
それは、
夢見て現実が伴わない恐怖なのか、
未知に対する恐怖なのか、
などと考えた。
が、どのみち、
わたしは何が魅力的なのかすら
漠然としているので、
どうでもいいことなのかもしれない。
それに、今のわたしは
赤い口紅がそこそこ似合うだろうな、と
思う。