続・死ぬ気まんまん。 | ジブン探検中。

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続きです。

死ぬ気まんまん (光文社文庫)
佐野 洋子
光文社 (2013-10-08)
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▲タイトルが素敵すぎる

知らなかった、というエッセイも
この本には収録されている。


ホスピスに一時入院した時のエッセイだ。
その表現が、下手なホラー小説よりもホラーだった。
漠然とした恐怖、それはわたしの中で
漠然とした死への恐怖、
そんなことはねーよ、と思っていた
死への恐怖が顔を出したのだろうと思う。
最初はそう思っていた


佐野さんのエッセイはハリーポッターシリーズを
読んでいたときに感じた
表現の過不足のなさと同じものを感じた。
容易に想像でき、想像の邪魔をしないのだ。


わたしの想像が張り巡ってから気がついた。
病院という場所に対して、蓋をしていた感情が
たいしたことない、どうってことなかった、と
処理をしてしまった感情が
疼いていたのだ。


わたしは、夫が病気になり、原因不明、治療もできず、
緩和、対処療法で入院期間が長引いていた
そんな生活を送っていた時期がある。
その頃は必死すぎたのか、
何も感じるどころの話ではなかった。


その時、たしかにわたしは不安で、
その不安のやりどこが見つからずに
押し込められてしまっていた。
ということも全く気がついていなかった。


それが、このエッセイを読んで
どどどどーっと押し寄せてきた。
ああ、あの時わたし怖かったんだな。
ああ、あの時わたし不安だったんだな。
だから、ホラーだなんて思ったのだな。


かれこれ5年以上前の話だ。
よくがんばったな、とは思ったけども、
まさか怖いと思っていたなんてと
さめざめ泣いてしまった。


病院という場所の傾き方は、
夫の入院生活からも感じられた。
言葉にしがたいあの感覚は、
この佐野さんのエッセイで
佐野さん自身が着地した感覚と
同じなんだろう。
そう思った。
毎日通うあの場所の傾き方を
なんやかんやわたしは感じていたのだろう。
だから、蓋をしてないことにしたのだろう。
そして、今、ぱかんと蓋が開いたのだろう


わたしはこれを読んで、
きっと誰しもが
無意識に求めているものや、
抱えているものを
持っているのだと思った。
病気で弱気になりがちなときに
それは顔を出す。
対峙せざるをえなくなる。
弱ってるから勘弁してくれ、ではなく
弱ってるからこそ顔を出せた、
そんな抑圧している思いというのを
誰しも持っているものなんだ、と思った。


死ぬ気まんまん、という
タイトルからわたしが当初想像していた
感想とは全く別のところに着地した。
まさか、だった。
死ぬ気まんまんの境地、
こざっぱりした実直な著者の在り方に
ぴったりな言葉だと思った。


わたしもそんな潔い死に様をさらしたいな
そんなことを思った。