ニートの自伝・10 | シケた世の中に毒を盛る底辺の住民たち

シケた世の中に毒を盛る底辺の住民たち

リレー小説したり、らりぴーの自己満足だったり、シラケムードの生活に喝を入れるか泥沼に陥るかは、あなた次第。

起きた瞬間、チクッとすねをかじられた気がした。
「いてっっ」
思わずすねをさすると、信じられない感触が手のひらに伝わってきた。
「うわあああああっっ!!」
自分でも驚くほどの大声を出してのけぞり、自分のすねを数分間、凝視した。

「お、おけら様。。」
そう、おけら様が乗り移ったかのような素晴らしい体毛が植え付けられていたのだ。
くるりと巻かれたその毛は、明らかに剛毛と言われる部類のもので、自分の皮膚からこれほど丈夫な毛が生え揃うのかと疑いたくなるような硬さだったが、俺にはおけら様が残してくれた、最後の希望のように思えた。

小学生の終わり頃から、徐々に周りの男子の中にわき毛が生えてくる奴もいて、
そいつらは自慢気にアクビと伸びをしながら、体操服の袖からはみ出たわき毛をさらしていたものだった。
そんな中、俺は背も低く体も貧弱で、体毛というとヘソから出ているやたら長い毛1本だけだった。
からかわれることはなかったが、毛のある者に劣等感を感じていたのは確かだ。

あ、もしかして。

ふと思いつき、俺はおけら様がそうしたように、すねの毛をまるめて引き抜いてみた。

おおおぉぉ。アリだ。アリンコだ。

俺自身が、アリを生産できるようになった。
そう言えば、寝ていたアリ達はどうなっただろう。
やぶ蚊を食って、元気に働いているかな。

アリの巣を覗き込むと、アリ達の様子がおかしい。
動かないのだ。

・・・当然だ。このアリの実体は毛だからだ。
死んだやぶ蚊と一緒に寝転がって起きてこない。

きっと、野に放したアリ達は、野生の小バエや蚊を食べて、今頃せっせと働いているだろう。

かごの中のアリは俺みたいなものだ。
ただの毛は、おいしいエサを与えられたって食べる術さえ持たず、その場所までたどり着くこともできない。
野に放たれたアリのように、好きなものを食べ、生きる為に働く。
それがどんなに幸せなことか、おけら様は教えたかったに違いない。

確かにこの毛むくじゃらのすねは呪いとしか言いようがないが、おけら様は、前向きに捉えれば
俺のやるべき道を示唆してくれる、カカシのような存在だ。

それにしても、いよかんには何の意味があったのだろう。
おけら様に色々指示されると不満そうな顔をしながらも言うことを聞くが、
ダンスに関してはおけら様に対する優越感がみて取れた。

そんなことを考えているうち、外はもう朝になっていて、階下から母親がご飯を作る音が聞こえてきた。

あんまり寝られてない気がするが、とりあえず飯を食おう。そう決めた後、聞こえてきた声に俺はぎょっとした。

「笑助、ご飯置いとくわよ。」

いつものセリフ、いつもの抑揚だが、1つだけ違う。
声が、母親のどちらかと言うと甲高い声から、聞いたことのある野太く曇った声に変わっていた。

「誰だ!」

とっさにドアを開けると、そこに立っていたのは、昨夜まで俺の部屋で踊って寝ていたいよかん。
に似た、母親だった。