表現力ではなくて表現「量」 | ALWAYS JUN !!〜伊藤純一は歌手である〜

ALWAYS JUN !!〜伊藤純一は歌手である〜

ようこそ!
歌手・ラジオパーソナリティ
フィジカルシャウターこと
伊藤純一のブログです。

LIVE情報、メディア告知、日々の出来事を
伊藤純一節全開でお届け!

今日明日と暖かいそうな。


20℃超えたら夏判定する伊藤純一なので、

今日明日は夏。



でも木曜には寒くなるそうなので、みんな気をつけようね。









さて、今日もラジオのお仕事だったんだけど、

語彙力…というか、表現力のお話をひとつ。




実は物事を伝えるのに必要なものは、表現力ではない。



表現「量」なのだ。




なんだそりゃ?

みたいな感じだとは思うが、よく考えてもらいたい。



嬉々として語り熱量を伝えること、

これが表現力としよう。


では表現量とは何か。

これは所謂「引き出し」の数だ。



感情を伝えるのであれば、表現力たっぷりに語り、

相手に共感させれば良いだろう。



だが、物事を詳細に説明するのであれば、

相手の理解しやすい組み立て方や話し方、

イメージが浮かびやすい比喩なんかが求められる。


これが表現「量」だ。



造語だがニュアンスは伝わるだろうか?



物事を表現するための引き出し、言葉のパターンを沢山持つことで、より伝わりやすくなる。





例えば



つまずいて足が痛かった


としたら、


つまずいて足がめちゃくちゃ痛くて、痺れて歩けないくらいだった

とか、

出っ張りにつまずいたので、小指の爪が割れた

とか、

勢いがついてたので転んだ拍子に膝がグズグズに…

とか、

色々と装飾が増えていくわけだ。


言葉の引き出しがなければ

「つまずいて足が痛かった」までだ。

でも表現力があれば痛かったのは伝わる。

しかし、どういう風につまづいたのかまでは想像できない。



自分のイメージを如何に精密に再現することができるか、

それが表現量。ということだ。



このブログは表現量足りてるかな?