主人公の高山彦九郎は江戸時代の儒学者で、その勤皇の思想ゆえ戦前、戦中には偉人として子供の教科書で取り上げられていたという人。恥ずかしながら俺は知らない人だったのだが、吉村さんの江戸時代を題材とした小説なら読まずにいられない。
かなりの量のしっかりした日記を残していたとのことで、その日記をもとに彦九郎の足跡をたどる。津軽半島北端の三厩から鹿児島まで、歩く歩く。そこで書名に納得。俺個人的に地理に明るい青森はもちろん、各地の足跡を地図を横において見比べながら俺も歩いた気になって読み進めた。名も知られていた彦九郎は各地で歓待される。林子平、前野良沢などとの交流も描写される。
しかし、吉村さん得意の逃亡風味が増した後半こそ盛り上がったが、単に日記をなぞっただけみたいな中盤はけっこうダレた。旅の途中なのにわざわざ彦九郎が興味を持ってルポした、数年前の東北の天明の飢饉の惨状と、雲仙普賢岳の噴火(1991年の前の噴火、1792年)については、吉村さんならそれぞれもっと息を呑むような一冊の本に仕上げられたと思うのだがなあ。津軽(か南部か)での人肉食についての部分では、吉村さんも遠慮したのだろう、そこだけ村落の名前をあえて伏せているほどだ。
さて、(★)以前紹介したこの本や(★)この本、そして(★)この本のごとく、江戸幕府による‘反体制派’への締め付けは厳しく、彦九郎も悲劇的な最後を迎えてしまった。将軍の幕府にとって、天皇の朝廷を盛り上げようという思想は、排除すべきものだった。
平成10年 (原著は平成7年)
文春文庫
吉村昭 著
購入価格 : \108