【色厲しくして内荏なるは】(陽貨第十七) | つねにコーチであるために

つねにコーチであるために

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(陽貨第十七)

子曰わく、色厲(はげ)しくして内荏(やわらか)なるは、諸(これ)を小人に譬(たと)うれば、其(そ)れ猶(なお)穿窬(せんゆ)の盗のごときか。

 

【訳】

先師が言われた。

「顔色はいかめしくして心の中が柔弱なのは、下賤なものにたとえると、こそ泥のようなものだろう」

 

*孔子の風貌は、「おだやかでいてきびしく、おごそかであってもたけだけしいところはなく、 うやうやしくてしかも安らかであった」(述而第七) とある。人間はいざという時に自ら正体を現わすものである。

 

<論語が醸すコーチング>

【色厲しくして内荏なるは】いかつい顔して心の弱さを隠している人は、ビクビクしている泥棒と同じようなものなので、コーチはクライアントがゴールに向かう行動を前に、まず最初に心の内側を整えられるようサポートしている。