『ギィ…ギ…』

一歩毎に床が鳴る。…うるさい。
私は僅かに顔をしかめながら(リュウに言わせれば、普段とあまり変わっていないらしいが)歩を進めた。

「…一つ目」

ドアを開け、部屋へと入る。まず目に留まったのは…古い壺。

「…いい仕事」

一人呟いてみる。もちろん私に壺の価値なんてわからないけど、何となく。

「えい」

壺に向けて軽く指を振るとそれだけで壺は砕け散った。攻撃の魔法はあまり得意ではないけれど、これくらいの芸当なら私にもできる。
次の「瘴気」は一階。リュウのほうも、もう何箇所かの制圧を済ませてるみたい。負けてられない。

「…?」

カツン、という軽い音と共に足下を何かが転がったようだ。

「……指輪……」

それは、時間の経過で白くなってしまった銀の指輪。
…よく見ると、茶色い染みのついた結婚指輪だ。この染みは…血だ。


「…うん。もう少し待ってて。必ず、解放してあげる。」

指輪をポケットに入れ部屋を出る。私の中に流れ込んできた言葉にならない最後の意志、それは最後の犠牲者の遺志。
魔人か、それとも魔族か。街の状況からして、実体を持つ幻術なんて技を使える凄くハイレベルな魔。
護衛(ペットともいう)の魔物が出てきてもおかしく…

「…ごめん、リュウ。遅くなるかも」


地を蹴り後方へ跳ぶと同時に、絨毯が裂ける。そこには三匹の狼の姿をとった魔獣が唸っていた。

「………」

私をただの餌としか見ていないのか、一匹がただまっすぐに噛みついてきた。

「かわいいのに…」

跳びかかってくる狼に手をかざす。魔力を込めて差し出した私の手に大きな牙が食い込むその瞬間、狼の頭が吹き飛んだ。
激しく血を撒き散らしながら転がっていく狼だったもの。動きが止まるとその場で塵に消えた。

…すぷらった。

それを見た他の二匹が構える。どうやら「敵」として認識されたらしい。
外見は普通のわんちゃんに似ててかわいいけど…魔物だから殺さなきゃいけない。ちょっとかなしい。

『グルァウゥッ!!』

二匹が同時に飛びかかってくる。それをかわして手に溜めた小さい魔力塊を一匹に叩きつけた。

狼は吹き飛び壁に激突するも、上手く衝撃を殺したのかそれ位じゃ死なないらしい。

「…っ!」

間髪入れずに無事だった一匹が跳び、私はさっきと同じようにそれをかわす。吹き飛んだ方も復帰して攻撃してくる。
二匹の動きは確かに速いけれど、見切れないわけじゃない。

「…そこ…」

体を引いて回避すると同時、軟らかい腹部へと魔力塊を打つ。今度のは下半身を吹き飛ばした。それが塵になるのを見届けないまま、最後の一匹に向き直る。

「…ごめんね…。動物は悪くないのに…」

両手に魔力を溜める。それに気づいたのか、狼が速攻を仕掛けてきた。さっきより速いけど…

「…ばいばい」

狼に手を向けて、魔法を放つ。

「…堕ちし者に裁きの閃光を…」

私の両手から放たれた光の束は対象を貫き、灼き尽くす。狼は断末魔さえあげる間もなく極光の中に消えた。

「いやいや、こりゃ厄介な…」

現在地、例の屋敷の二階、玄関ロビーの真上。
何故玄関から入らなかったかというと、万一何かがあったときに逃げ易いように。正面からだと、後ろ取られたら上に逃げるしかなくなるからな。俺だけなら問題ないが、アスカに二階からの脱出は求められない。

「えーと、二階に三ヶ所、一階に四ヶ所。あと…地下があるのか。そこに一ヶ所」

屋敷の中から邪気が洩れているのに気付いて乗り込んだのだが…いざ侵入、感覚を研ぎ澄ませてみると邪気の発生源が複数あるようだ。どうもただの魔力溜まりというわけではなく、何者かの手が加えられているような不自然さを感じる。

「お約束としては、地下のが当たりなんだが。一応他も見た方がいいかな」

もし発生源が魔物だったりとかしたら放っておくわけにゃいかないからな。

「うん…手分け。私は西に」

「了解、俺は東だ。一通り済んだらロビーで落ち合おう。地下へはその後でな」

視線を交わして頷きあうと、俺とアスカは互いに背を向けて走り出した。


「しかし…広いな」

俺はさっさと二階の探索を終え、一階へと降りてきた。これまでに2つの「源」を見つけて破壊したのだが、いずれも大した力の無い魔導具でしかなかった。何故そんなものがこんな街のど真ん中にあるのかは疑問だが、それも調査を進めれば解ることだろう。

「ラストはここか。早く片づけて合流するかな」

邪気を感じる部屋のドアノブに手を掛けて、気づいた。

─何かがいる─


集中を研ぎ澄ませてみれば、ゴソゴソと気配が動くのがよく解る。邪気を纏っていることから人間のソレではなく、かといって動物でもありえない。考えられるとすれば…魔物の類しかありえないだろう。

「ま、こういう状況でのお約束だよな…」

剣をいつでも抜けるように構えながら、ゆっくりと扉を開けた。

「…いない?」

だが、目の前にはなんの変哲もない洋室。確かに何かの気配があると思ったんだが、勘違いだったのか…いや、違う。今もまだ気配は部屋の中に…!


「ッ!」


突然、背中に嫌な気配を感じてとっさに跳ぶ。直後に風を切る音が聞こえた。

「あっぶねぇ…なるほど、不可視の魔物か…。こりゃまた大物が引っかかったな…」

俺の目には何も映らないのだが、間違いなく目の前に何かがいる。魔力を纏いその姿を空気中に溶け込ませて、主に暗殺能力を突き詰めた存在。だが、唯一つ。コイツみたいな魔物は、「人為的に作り出された」物である、という事がその背後を黒く染める。

「…やれやれ…ただの放浪の旅のつもりが、とんだ大事だな…」

相手の気配を探りながら剣を抜き、肌を通して周囲に神経を研ぎ澄ませる。
僅かな空気の流れが生じた、そう感じた瞬間、不意に敵の気配が目の前から消え、直後に右手側にそれを感じる。

「チィッ、早いっ!?」

一瞬で詰められた間合いを離しながら牽制に剣を払うが、甲高い音と共に受け止められる。

「っ! ツメか何かは持ってるわけか。こう…非常識だから魔物は嫌いだっ!」

空気を切る音に反応し、直感だけでバックステップし敵の追撃を逃れる。速さは相手が上、防戦になると勝ち目は無い。

「なら…攻めるっ!」

繰り出される爪の一撃(見えないので音と気配から判断)を戦闘センスだけを頼りにスウェーで回避、そのまま地擦りから切り上げる。だが、手応えがない。

「あーもう!間合いが見えねぇっ!」

相手の攻撃は何とか避けられるが、実体がわからない以上こちらの攻撃の命中は難しい。

「くそっ、何か無いか、何か!」

猛攻をなんとか必死に避け、服のいたるところに裂け目を作られながら、打開策を練る。ふと、視界の隅に見えたのは古いベッドだ。

「これだ!」

回避動作の流れでそのままベッドへ転がるように向かい、一気にシーツを剥ぎ取る。

「ゲホッ、ゲホッ…流石に埃が凄いな。」


積もり積もった埃が舞い上がるが、それが好都合。舞った埃が空気の流れで大きく揺れ、相手の姿をおぼろげに見せてくれる。そして、繰り出される一撃。それを姿勢を下げて踏み込み、くぐるようにして回避しつつ、すれ違いざまに剥ぎ取ったシーツを「それ」に引っ掛けて敵の背後を取る。
敵の爪に引っ掛けられたシーツは、「何か」の形をその内に現し。

「じゃあな。なかなか楽しかったよ。」

視界を遮られ、一瞬だけ躊躇した魔物に容赦なく剣を突き立てる。

《──────────!!!!!》



音にならない断末魔を上げ、シーツが床にふわりと落ちる。見えない魔物は完全に消滅した。

「さて、そろそろアスカの方も終わったかな?」

部屋の中に渦巻いていた邪気の霧散を確認し、部屋を後にした。

「随分と物騒なペットを飼ってるもんだな、この屋敷は。ひょっとするとアスカもじゃれつかれてたりするかもな。」

アスカの事だから大丈夫だろうと思うが、問題は…

「飼い主は結構な大物だな、こりゃ」

町の件と魔物の件。それらをやってるのが同一の奴だとしたら…下手しなくても並みの悪党ではないだろう。


「トラブルには困らない人生、楽しませてくれるぜ全く…」

家を出て数日後。俺たちはエトラへと続く、森の中を通る街道にいた。馬車がようやく一台通れるほどの、細い街道だ。

もっと大きな街道が森を迂回する形で存在するが、俺たちのように徒歩での移動にはこちらのほうが近い。

「ねー、まだー?」

もう何回目になるかもわからない、シオンの嘆き。最早シャドウやアスカ(まぁ、アスカは元からあまり喋らないのだが)も黙殺だ。

「ふぅ…もう日も落ちるか。今日はここで野宿だな。明日の今頃は宿にいるだろうから、我慢してくれよ」

肩に担いだ荷物を降ろし、腰の剣を鞘ごと地に突き立てる。
いつも通りシオンは薪を拾いに、シャドウは水場を探しに行った。俺は荷物の中から保存用の干し肉を取り出そうとして、アスカの様子に気づいた。

「どうした?」

少女は無言でどこかを見つめている。

「…鳥が…いない」

言われてみれば、夕暮れ時に聞こえるはずの鳥の声がしない。これだけの木々、鳥の巣の一つや二ついくらでもあるはずだ。

「そう言われてみれば、そうだな。まぁ…それだけ目的地に近いんだろう。魔物の住処が近いなら、ほとんどの動物たちは逃げるからな」
「…ん…」

俺の言葉に、アスカは無言で頷くだけだった。

「ほら、アスカ。メシの支度するから手伝え」

アスカにいくつかの野菜とナイフを渡す。俺はその間に火を焚く竃を作らねば。

指先に体の中を流れる魔力を集中させ、そこに魔術式を組み上げる。その指で宙をなぞると、そこには空間の裂け目が現れた。…俺の魔術のひとつ、空間連結。

術式をもって指定した空間と、異なる空間を繋ぎ合わせる、空間属性にあたる魔術だ。まあ、難点は「あらかじめ繋ぐ先の座標を指定しておかなければならない」のと「行き来できるのは小さな物体のみ」ということか。

人間が空間を行き来する事は、俺の今の魔術じゃ不可能だ。


そうして作り出した空間の歪から、一本の大剣の柄が突き出している。それを掴み、引き抜くと歪は溶けるようにして消えていった。

ガイアウルフ。そう名づけた、『土』の魔力を付与(エンチャント)した大剣。両手でなければ扱えない、長大な魔剣だ。その切っ先を適当な地に突き立て、柄と刃を通してさらに魔術式を疾らせる。

この剣。武器としての特性は見てわかるとおりだが、もう一つ。魔術媒介としての顔も持つ。それが、この「大地への強制干渉」だ。

頭の中でイメージをし、それをウルフを通じて大地へと流し、環境を組み替える。


…わずか一分足らず。土と木々しかなかった場所に、土で作り出された小さな竈と四台の椅子が生み出されていた。



そして翌日、夕方。


「…おかしいな」

エトラの町、門前。ここまで無事に辿り着いたはいいのだが、どこかがおかしい。通りには人が賑わい、家々の煙突からは生活の煙が昇る。
だが、それらは致命的なまでに…「何か」がおかしかった。その「何か」が何なのか、全く解らない。漠然とした違和感だけが蟠る。

「魔物の被害などまるで無さそうだな。無駄足だったか?」

シャドウがそう言いながら大通りへと足を向ける。
シオンもそれに同意して付いていった。どうやらこの違和感を感じているのは俺だけらしい。

「…リュウ」

否、アスカも気付いていた。

「…やっぱり何かあると思うか、ここに…」

二人を追いながらに問うた言葉に対する返事はなかった。


その夜。日中に感じた違和感が拭いきれず、皆が寝静まった後も俺は眠れずにいた。明るいうちに町中を歩き回り、違和感の正体を探ってみたが、違和感と不快感は増すばかりだった。

「ったく。何だかな、この町は…。嫌な感じだ」

窓から月を見上げたとき、隣の部屋で気配が動いた。この、小さくも力強い魔力の波動は…

「アスカ…?トイレか何かかな。…って、あれ?」

最後の疑問詞は2つの意味。一つはアスカがそのまま宿の外に出ていったこと。

そしてもう一つは…

閃きと共に、絡まっていた「違和感」という紐が解けていく。
街の至る所…いや、この街の中で違和感を感じない場所など無いというほど疑惑と不信に満ちていた空間が一気にクリアになった。

「…そういうことか…!!」

すぐ脇に立て掛けてあった剣をひっ掴み、急ぎアスカの後を追った。
俺の感じた違和感。それは気配だ。
さっきの様に気配で人を区別する事は(俺にとっては)簡単だ。見ず知らずの他人でも、ある程度の判別は難しくない。そして、ここで違和感を覚えた。
それは何故か?
町の人達の気配が「全て同じ」だったのだ。道ですれ違った幼い少女も、酒場で酔って騒ぐ男も。全てが異であり、全てが同。
まるで白黒の古い映画。例えるなら、誰もが同じ顔の街。

「ったく…。水臭いぞ、アスカ。行くんなら声掛けろよな。」

走るアスカに追いつき、併走する。アスカも足が遅い訳じゃないが、俺にはまだ及ばない。

「…ん。急ぐ」

俺を一瞥し、速度を上げる。その足は町の中央にある大きな屋敷に向かっているようだ。

「成程、あの廃邸か…」

昼寝に町を回った時、打ち捨てられて久しいであろうかなり大きな屋敷があったのを覚えている。
普通の民家10件分は軽く凌ぐ敷地面積を持つ、冗談のような屋敷だ。確かによくよく考えれば、あんないい場所にあるあんな屋敷がボロボロのまま放置されているなんてことがあるはずもない。

「よし、じゃあシオンたちが気づく前に片付けるか。急ぐぞ、掴まれ!」

一瞬、アスカが「何?」っていうような表情をしたが、俺はそれを意に介さずアスカを抱き上げてそしてそのまま跳躍。

「魔力解放、脚力補正」

魔術を足に施して脚力を強化し、民家の屋根を跳び移りながら先を急いだ。

「………リュウ。これ、恥ずかしい。」
「人が見てる訳じゃないから気にするな!」