「というわけで。」


 「…何が? いきなり呼び出されてそう言われてもさっぱり。帰っていい?」


 「まあ聞いてくれ、実はだな…」


 公園でばったりと鳴海に遭遇してしまった翌日の放課後。クラスメイトの一人を屋上へと呼び出していた。とは言っても愛の告白だとかそういう色っぽい事ではなく、不足の自体への対処の一環としてこうしているわけだ。


 「…そう。よりによってさつきに。」


 「『蛇』に関しての事までは知らないだろうけど、どっからそういう情報が入ってくるかは解らないから。すまないけど、気にかけておいてくれるか? 親友、なんだろ?」


 鳴海さつきと同じく俺のクラスメイト、小野梨花は無言で頷いた。



 小野梨花(おの りか)、俺のクラスメイトにして鳴海さつきの親友。口数が少なく、現実主義な思考の持ち主で、クラスでは少々浮いた存在。鳴海とは性格も正反対にしか見えないんだが、それが気が合う要因なのかもしれない。

 また、俺の「異なる一面」を知る数少ない人物でもある。

 レニィ・ノアール。『蛇』に所属する、俺の部下。その格闘能力はかなりの高水準にあり、僅か一年という短期間で最下位の八位から六位まで上り詰めた一種の「天才」である。欠点といえば、やはり実戦経験の少なさか。



 「俺も鳴海も顔見られちまってるからな…万一って事もある。何かあったらすぐにホームに連絡を。俺の名前で何人か動かしても構わないから。」


 「…どうしてそこまで? 蛇を動かすほどの問題じゃないと思う。」


 「さあね…なんだか嫌な予感がするんだよ。俺の勘は悪い方ばかり当たるんだ。」


 蛇の方でも治安改善の人員は動かしているし、本来なら何事もなく済むのが一番だ。だけど…なんなんだろうな、この違和感は。




















 《CODE-08移送中に護送車が襲撃を受け逃走。襲撃はCODE-08の仲間の手によるものと見られる》

 《CODE-08はガルド・アルティスにより捕縛され、隔離収監所へ収容予定だった》

 《CODE-08は逃走後関東方面で行方がわからなくなっている》



 《CODE-08は残虐な手段を用い、主に女性体を陵辱・破壊することを好む》

 《CODE-08は逃走に際し危険度B+と修正された。処理は生死を不問とする》

 《CODE-08の迅速な処分を求む》


 「ありゃ、アスカはまだ来てないのか。手間取ってるんかね」

 合流地点として指定した、一階玄関ホール。思ったよりも時間がかかっていた筈だが、どうもアスカの姿はまだ見えない。

 俺はさっき襲ってきた魔物を思い出していた。あんなのがもしまだいるとしたら…アスカも大変だよな。

 「よし、迎えに行こう」

 歩いてきた廊下とは反対に伸びる、埃で汚れた赤い絨毯の廊下へと足を伸ばす。見たところ、この屋敷はこのホールを挟んで左右対称らしい。だが…まあ、そう簡単にはいかないか。

 向かう先の廊下からカサカサという音が聞こえる。蜘蛛が這うような音だ。

 「…悪趣味だなぁ…」

 俺の前に現れたのは余りにも大きな、冗談のような大蜘蛛の頭だった。

 「…高さ3メートル、幅3メートル…。廊下の広さギリギリか」

 蜘蛛の周囲には壁や天井まで数10センチの隙間しかない。
 …つーか、ホントに広いな、この屋敷。

 「とりあえず、そこ通してもらわないと困るんでね。」

 一瞬で剣を抜き、間合いを詰める。
 鈍く輝く複眼の中心めがけて剣を掲げ、一気に跳躍した直後。

 《ガツンッ》
 「ぐ、ぁっ!?」

 不意に何かが俺の背を打った。何かと思って見れば、そこには何本もの大きな蜘蛛の足。

 「…んなバカな…」

 その足はなんと壁から生えていた。

 「おいおい…最近の魔物は非常識に限界はないのか…」

 振るわれれる足を剣で受け、避ける。本体を叩けば終わるとわかっていても、壁や床を縦横無尽に移動する足は俺の接近を許さないし、かといって足を切ろうにも甲が硬くて刃が通らない。

 「完璧な防御だな」

 敵ながら関心する。まぁ、攻撃が速さも威力も大した事ないのが救いか。

 「さて、どう切り抜けるか…」

 剣さえ持ち替えられれば問題は無いだが、こうもひっきりなしに動き回っていては空間への干渉をする隙もない。
 だが、このままじゃどうにもならないのもまた事実。

 「…うーむ…仕方ない、気は進まないんだが…」

 敵の攻撃を避けながら、俺の中にある「蓋」をほんの少しだけズラす。

 ───魔力解放・3%───

 俺の周りに体の内から凄まじい力の奔流が溢れ、余波に触れただけで虫の足がその先から崩れていく。

《──────────!!!》



 道を塞ぐ大蜘蛛が人の耳には聞き取れない音で悲鳴をあげる。

 「うぐっ!?」

 唐突にガクンッ、と膝が折れる。
 攻撃を避けながらだったから集中しきれなかったのか、溢れ出す力が思った以上に強すぎる。


 「やべ…早く抑えなきゃ…」

 片膝をついたまま呼吸を整え、溢れる魔力の制御に全力を注ぐ。
 万一、俺の力が暴走なんかしたら…この屋敷どころか街自体がおそらく無に還る。
 だが、この状態は完全な無防備だ、早くしないと…!

 「──!!」

 蜘蛛がこちらに牙を向ける。くそっ、まだ制御終わってないってのに!

 「フゥッ…ぐ…!」

 必死で体を捻り、牙を避ける。攻撃を避けられたのが気に食わなかったのか、蜘蛛は口から糸を吐いて動きを封じてきた。

 「おい…蜘蛛の糸ってケツから出るんじゃないのか…」

 無理に軽口を叩いてみるが、それで今のピンチが好転するわけもなく。

 「…ヤベぇ…」

 文字通り絶対絶命の大ピンチだ。まさかこんな虫如きに不覚を取るとは…

 「───ゃぁぁぁぁっ………───」

 それが聞こえたのは、まさに俺の中にあるリミッターを外そうとするその瞬間だった。

 「…アスカ…?」

 思考が一瞬で頭の中を駆け巡り、即時に答えを弾き出す。

───こいつは邪魔だ───



 「壊れろ」

 抑え込もうとしていた魔力を外側に向ける。ただ違うのは、その開放に指向性を持たせる事。
 その波は蜘蛛を正面から捉えると、一瞬にして体に絡まる糸は黒く変色して崩れ落ち、次の一瞬で蜘蛛の体にへもその侵食が広がる。
 取り落としていた剣を拾い上げ、刹那の間に蜘蛛を一閃。すり抜けるようにして蜘蛛の後ろに足をつける。

 凄まじい速度で振り抜かれた銀には一点の血糊すら無く。

 凄まじい速度で斬り裂かれたそれは微動だにせず。

 振り抜いた剣を鞘に収め、溢れる魔力を足へと纏わせて推進力に変え、赤い絨毯を黒く焦がして疾った。




 ───リュウの姿が見えなくなったその時。刃に引かれた一筋の線から、紙が水に溶けるように無数の欠片と消えた───

 「製造元不明、型式不明。そのデザインはグロックに通ずるものの、関連性は無し。また、銃身内部に強力な毒素を含み、発砲された銃弾に付着、人体に損傷を与えた場合に体内へ侵入し生命活動を阻害する…と。また面倒なモンが出てきたな…」


 上がってきた書類をざっと読み流し、机の上へと放る。椅子に背を預けると、高級感のある慣れない背もたれが俺の体重を支えた。

 ここは「ホーム」と呼ばれる、この地域の蛇の基地のようなもの。世界各地のここ以外の「ホーム」ともリアルタイムに繋がり、あらゆる情報の収束点。昨日回収した銃の出所・用途の調査を指示しておいたのだが、思ったほどの成果はない。


 「今のところこの程度しか判明している項目がありません。調査を継続しますか?」


 そしてこの、生真面目にモニターに向かってその細身の眼鏡に光を映しているのが…ユリ・レイデン。あの孤児院の責任者である彼女だ。情報分析および操作において、彼女以上の存在はいない…と俺は思っている。「第四位」の位は伊達ではなく、この上なく頼りになる俺の左腕だ。


 「とりあえず、製造元とその取引先は洗っておいてくれ。こんなモン作るほうも欲しがるほうも一回ブン殴っておかないとな。」


 「了解しました、そのように。」


 「まあ、あんまり根詰めるなよ。ガキどもに心配かけるだけだぞ。」


 「ええ、ご配慮ありがとうございます。私ももう若くはないですし、皺が増えるのも嫌なので適度に休みますよ。」


 「へーへー…そのセリフ、是非ともリキエのおばちゃんの前で頼むよ。」


 「…すみません、それは遠慮させてください。」


 20半ばで若くないとか言ってると、ホントいろんなトコから怒られるぞ。


 ☆


 夕方、ホームからの帰り道。なにやら公園のあたりが賑やか…というか騒がしい。

 何事かと覗き込んでみれば、どうやら新興の不良グループと思しい連中が。しかもどうやら、女の子に

ちょっかいを出しているような雰囲気だ。


 「いーじゃん、まだ七時だよー?オンナもいなくてサミシー俺ちゃんらと遊んでよー」


 「だからちょっと、掴まないでってば、離してって!」


 「最初は王道にカラオケでも行っとく? いい店知ってるんすよーオレ。」


 「防音完璧外から見えない色々し放題なイイお店ってか?」


 あー…ダメだ、こういう類のバカって話して通じるようなタイプじゃないよな。ついでに言えば大っ嫌いな類の人種でもある。


 「あーはいはい、オニーサン方。ちょーっとやかましいのでご退場願えませんかね。是非ともこの街から、いやむしろこの世から。」


 パンパンと手を叩いてアピールしつつ、無防備を『装って』公園に足を踏み入れる。


 「あァ? ンだテメェ、ガイヤはだぁーってろや、殺すぞ?」


 「うん、まあそういう反応が返ってくるよね。期待通り過ぎて面白いわ。」


 金髪ピアスに目つきの悪いそのツラ。まあなんというか典型的な不良…というかチンピラ。ああ、どうやら俺の言い分がカチンと来たらしく、こめかみのあたりが引きつった。その後ろにいるその他数名が「あーあジンくん怒らせちゃった、俺シラネー」とか「ひゃひゃ、死んだなあのガキww 乙www」とかなんとか言ってるけど。


 「とりあえず、この近辺は特に「蛇」の影響力が強いからさ。おとなしーくしてた方が自分の為よ?」


 「ヘビだかカエルだかしらねーが、テメェは殺…っ!?」


 顔真っ赤にして殴りかかってきたド素人の手を捻り、合気道の要領で地に叩きつけて更に掴んだ腕をぐっと引っ張り…《ゴキリ》という鈍い音と共に、ジンくんとやらの肩が伸びた。


 「うあああああああああああああああっ、いてえ、いってえええええっ!?」


 「テンメっ、ザケたことってんじゃネェぞ!」


 うん、聞き取れないなりになんて言いたいかはなんとなくわかるし、威勢だけは褒めるけど。どーせ痛い目見なきゃわかんないんだろうし…ね?


 ☆


 「やれやれ、蛇の影響力も万能じゃないねー、治安に関しちゃ後でおやっさんと話し合う必要あるかな…」


 チンピラ連中が「いつか殺す」だの「覚えとけよ」だのと定番の捨てゼリフを汚い唾と共に撒き散らしながら姿を消し、立ち回りで少しだけ埃で汚れた裾を払う。


 「あ、あの…?」


 …しまった。ちょっかい出されてた女の子のこと忘れてた。面倒にならなきゃいい…


 「月代くん…だよね?」


 ………ああ、もう遅かったのか。この場に関わった事が既に、「面倒」の内だったわけだ。


 「…鳴海…なんでこんなトコにいるんだよ…」


 北嶺学園二年三組出席番号22番、鳴海さつき…俺、月代輝のクラスメイトがそこにいた。