「穿《アロウ》ッ!」


魔術一閃、手近な触手群に黒い刃が「風穴」を空ける。そして続けざまにその風穴をシオンの魔法…真空の渦が切り裂き広げていく。

交戦開始からどれほどの時間が経ったのか。何度も何度も切り裂き、砕き、焼き尽くし、それでもこの不気味な「何か」は勢いを弱めない。

このままでは力尽きるのは私たちの方だ。


「まずいよシャドウっ、魔力の還元が追いついてない…!」


我ら精霊の構成するものこそマナ、魔法の源となる魔素。精霊とは存在そのものが魔法に限りなく近いもの。魔法を放つたびにその身を削っているようなものだ。しかし、マナとは絶えずあらゆる場所に存在し、常にそのマナを空気中から吸収し補填している。故にこの身のマナが尽きることは無い。

だが…この身に満ちるマナが明らかに減ってきている。吸収量よりも放出量が多いのだ。このままでは力尽きて「アレ」に呑まれるか、あるいは…この身のマナを使い果たし、私という精霊の消滅を向かえるか。


「私たちはまだ…消えるわけにはいかない!」


左腕に魔術式を纏い、魔術で構成した剣状の影を握る。


「シオン、30秒だ。」


「りょーかい、何するのか知らないけど任せなさいっ!」


シオンが魔法の出力を上げ、全方位に風を張り巡らせるのを肌で感じつつ、左手に握る刃へ更に魔術式を刻み込む。


【血の契り 闇と死 我誓う 死と共に歩まん】


影で成された漆黒の刃に、精霊文字の魔術式が浮き上がる。しかしこれではまだ足りない…


【我が伴侶 我が深淵に宿り 我が力 我が剣となり】


更に術式を重ね、剣の中に「私以外」の膨大な魔力が蓄積していく。体の力が全て奪われていくような、そんな錯覚。


【我が名はザグレット 死を司りし名に連なりし者】


最後に「血の契約」となる一言を加え、術式を固定。


「…この式を使うのはこれが初めてだ。シオン、巻き込まれるなよ。」


「ちょっ、大丈夫なのソレ!? いろんな意味でっ!」


シオンが慌てて私の後ろに下がる。それを横目で確かめ、正面の「敵」に対して剣をかざす。


「…ザキ、私に力を貸せ! 術式開放:屍龍咆哮《ゲオ・デムク》ッ!」



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数秒。私は意識をなくしていたのだろう。恐ろしいほどに強大なマナが私…私の左手を介して膨大すぎる奔流と化して溢れていった。何が起こったのか、正直わからない。だが…先ほどまであの気味の悪い「何か」があった場所は、例外一つ残さず全てが「死んで」いた。


「なに、これ…なんなのよこれ! シャドウ、あんた…!」


触手であったものは無論、草木や大地、人工的に手の入った石垣…そして、空気中に存在していたマナまでも。あらゆる「全て」が、だ。


「…ぁ…っ、は…」


一瞬、世界が反転したかと思えるほどの強烈な目眩。地に倒れこみそうになったのをシオンが支えてくれる。


「シャドウ! しっかりしなさいよ、ねえ! やだ、マナ殆ど底ついてるじゃないの!」


ああ、そうか…これが、マナの枯渇という感覚か…なるほど、これは…怖いな…。自分が自分じゃなく…全てがどうでも…よく…


「このっ…馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、大馬鹿っ! 自分が死んじゃったら何の意味もないじゃないっ! もうっ!」


ふわり、と温かなものが私の中に流れ込んでくる。そしてそれに呼び覚まされるように、ゆっくりとまどろみから目覚めるように…私の感覚が戻ってくる。


「ん…あ…シオ、ン…?」


「…ぷは…「シオン…?」じゃないわよこのナスビ!勝手にデカイの使って勝手に死にかけてんじゃないわよ!」


耳元でそう怒鳴られ、私はようやく状況を理解した。


先ほどの魔術は、本来ならば私が扱えるようなものではない。もっと強大な、先天的にその「力」に認められた存在のみが扱える、こことも精霊界とも違う世界の「龍」の力を借り受ける術法。そのことも踏まえ、本来の術式から何段階もグレードを落とした術式を組んでいたはずだが…それでも私の身は耐え切れなかったのだ。


「すまない…私が不用意過ぎたな…心配をかけた。」


「はぁ…まあいいわ、大事には至らなかったわけだし。でも、今みたいなことは今後絶対禁止。永久封印。いいね!?」


「ああ…肝に銘じておく。…ところで。」


ふと、今の私の姿勢を省みる。シオンに抱き支えられ、お互いを間近に見詰め合うこの姿勢…


「この状況は、どういう事なのだろうか。」


「あれ、察し悪いわねシャドウ。まだ本調子じゃない? 存在維持に必要な分の魔力を分けたのよ。」


「………そういうことか。」


前述の通り、精霊は魔力を空気中から摂取し常時尽きることの無いエネルギーの供給を受けている。しかし、存在の危機に陥るほどの魔力欠乏ともなれば、自然吸収だけでは足りないのだ。そうなれば、何らかの形で纏まった量を補充しなければならない。そして幸い、魔力の塊たる精霊がこの場にもう一人いる。その精霊に分けてもらえばそれで済むのだ。

…しかし、まあ、なんというか…文献などで魔術についての知識のある者ならば察しはつくのだろうが…その、だな…魔力の人的供給

というのは、だ…


「まどろっこしいわねー。よーするに粘膜接触、この場合私とシャドウの『ちゅー』よ、『ちゅー』。」


「…人のモノローグに割り込むのはやめてくれないか、いつもの事ながら…」


…この話はここまでにしよう。女同士とはいえ、あまり大々的に語るような事でもない。そうだ、ただのつまらない話にしかならない。


「やー、それにしてもなんてゆーか、シャドウって結構中性的ってゆーか、「凛々しいお姉様」っぽいからさー、私もちょっとトキメいちゃったってゆーか」


…そうだった、シオンは「そういう事」がこの上なく好きなんだ…忘れていた。不覚。


「シオン、頼むからリュウやアスカの前では内密に…」


「ッ!! シャドウっ!」


唐突にシオンに腕を引かれ、倒れこむ。まだ回復しきっていなかった体では受身も取れずに地を転げ…地に伏せたまま見上げたそこに、


「このっ、離せ、離せってば…っ、こんの、害虫モドキぃっ…!!」


どこから湧き出て来たのか。先ほどと同じ不快感を煽るだけの「触手」がシオンに覆い被さり、その身を飲み込もうとしているその状況。


「シオンっ!っ、あ…!?」


立ち上がろうとしたその足が何かに引かれて挫かれる。…そう、それも触手。そう気付くのと同時に、シオンを呑み込んだ触手は私の頭上に雪崩の如く襲い来る。もはや私たちには、抵抗するだけの猶予も力も、残されていなかったのだ…








(…ザ…キ……)

VIPER。それが俺、月代輝の属する組織の名だ。これが正式なものなのかも解らず、またどうしてこの名がついたのかも明らかではない。

俺たちは「蛇」と組織を呼び、俺たち自身も「蛇」という名で呼ばれるものである。


この「蛇」というもの、それなりの地位にいるはずの俺ですら実態が掴めていない。仕事の依頼がどこから来るのか、報酬の支払いがどこからされているのか。誰が見ても、「おかしなこと」はいくらでもあるのだが、それを追求する事が出来ずにいる。

それは何故か。…この「蛇」という組織、あまりにも巨大すぎるのだ。俺の所属するのは無論日本だが、その日本だけですら数百という「蛇の巣」が存在する。そして、その規模は遥か海を超えた世界中にまで及んでいる。

俺自身、何度かは外国の「蛇」、それも相応に高位の地位にいる連中と会話した事があるが、そいつらも組織の全容を把握している者はいなかった。「第三位」ですら秘密を明かすには不十分…ということなのだろう。


おっと、そういえばこの「階位」についても説明しておかないといけないな。


VIPERは、明確な縦社会である。最下位を第八位とし、最上は第二位。下から…


第八位:エスペリア

第七位:ミカーナ

第六位:ノアール

第五位:ドゥレス

第四位:レイデン

第三位:アルティス

第二位:エレメンス


と、それぞれの階位ごとに「姓」にあたる部分の名が変わる。

下位になるほどその人数は増え、第二位に至っては世界で4人と明確にされている。…もっとも、それがどこの誰なのか、誰にも知られていないのだが。

話を戻そう。この階位、組織内部だけの発言力だけを表すものではない。第二位がどれ程の発言力を持つかは俺にも解らないが、第三位…アルティスという名は、緊急時において、その判断により一国の軍を動かすことが可能、だと言われている。そんな状況になる事がないので、正直眉唾だが。



まあ、自分で言うのも何だが…結構な「大物」だったりするんだ、俺。

とはいえ、どんなに高位であろうとも「蛇」は所詮消耗品。実際、高位であればあるほど仕事の危険度は増し、何人もの「蛇」が仕事の最中に命を落としている。俺が知る限り、この三年で二人のアルティスがこの世から消え、一人が命こそ取り留めたものの再起不能の重傷を負っている。ま、この話はまたいずれにしよう。


さて、そんな俺たち「蛇」だが、その存在が明るみに出れば当然面倒なことになる。世論ってのは結構厄介でね、俺たちのような「正義」ではない存在には当然アンチがつく。しかも、やってる内容を考えればその規模は想像もつかない。まあ、かといって完全秘密裏に行動するなんてのは不可能なわけで。当然、政府や治安法人等への影響力は持っている。

明らかにはせず、しかしその存在は不可欠。言うなれば、「現代の忍者」とでも言うべきだろうか。


警察各署のそれなりの地位にいる人物ならば「蛇」へのた協力義務が発生するし、教育関係でもそれぞれの長は俺たちの存在を知っている。政治家にもなれば言わずもがな。そのおかげで、仕事における職・学への影響は抑えられ、また社会的な保護も持ち合わせている。「殉職」についても何らかの調整というか「不自然にならない死因」がでっち上げられたりもする。…それがいいか悪いかは別として、だ。




さて、何でこんな話を物語の間に挟んだのか説明していなかったな。

この先は、俺だけでなく周囲のフォローがなくてはどうにもならない状況になる。そうなったとき、「こいつ何?」となるのは嫌だろう? 俺も置いてけぼりにはしたくないしな。

まあ、説明しておきたい事は他にもあるが…それはまた今度にしよう。あまり長くなってもよくないしな。

今はとにかく、「得体の知れない組織と、流されるままに不相応な地位を与えられてしまった」のが俺のことだと理解していて欲しい。それがいつか、カギになる筈だから。

「ここと…ここ、あと、こっち。…お願い。」


深夜、エトラで取った宿のこの一室。シオンの緊張感の無い寝息をBGMに、アスカが地図を広げて墨で印をつけていく。

私はアスカやリュウのように鋭敏な観測能力を持ってはいない。事実、二人の気づいていた「街の異常」に気づけなかった。…それを少し悔しくも感じるが、今はそれを考えている暇は無い。


「東南西…か。ここに「何か」があると。」


「そう。…行って来る。」


それだけ言って、アスカは部屋を出て行った。そして、それに続くように隣室でも扉の閉まる音。

残されたのは、私と一枚の地図…そしてうにゃうにゃと寝言を漏らすシオンだけだった。





シオンを叩き起こし、灯の落ちた街を歩けばそれがよく解る。…人の気配が全く無いのだ。多くの人々が寝静まっている夜ならばこそ、一部の酒場や宿で活動する人の営みというものが浮き彫りになる。それが感じられない。


「うえー、不気味な静けさっていうのかしらねえ、これ…」


シオンもこの「夜」に不穏なものを感じているのだろう。視線はあちこちをさまよい、どうにも落ち着きがない。…まあ、元よりシオンというこの少女に落ち着きという言葉ほど似合わないものも無いが。


「…シオン、止まれ。」


ここまで近づけば私でも気付くことが出来る。…濃密な魔力の気配だ。街門の少し内側、広場のようになっている場所に、視覚で捕らえることの出来ない魔術式が大きく刻まれていた。アスカの話によれば、コレが現在の街を覆う幻術…を構成する一つの要素なのだそうだ。

私は右手に魔力を紡ぎ、広場を覆う魔術式の対となる式を即興で組み上げていく。魔力や異変を察知する能力こそアスカに何歩も譲るが、こと魔術式や魔法の扱いに措いては私に利があると言える。そういう意味でも、この役回りは初めから決まっていたようなものだろう。


「…魔術式:消滅《コード:デリート》」


右手に構成した魔術式が、広場のそれにするりと入り込み、式を書き換え解いていく。わずか数秒で、広場を覆っていた高濃度な魔力は空気中に融けて消えた。



その後は順調なものだった。東と南の術式を片付けて、残るは西の式のみ。これが実際にどういった効力を持っていたのかも、術式を読み解く内に理解できてきた。

…結論から言えば、この街を覆い隠していたものは幻術などという生易しいものではない。

本来この街に生きていた存在…言葉にすれば「魂」を強引に土地に縛り付け、生きていた時の生活を延々と繰り返させる。そしてその魂に肉体を与えるのが、街の三方に刻まれた魔術式。

これはつまり、魔術の中でも禁忌とされている、屍法魔術《ネクロマンシー》に属する外法だ。

交易都市とまで言われるエトラが、丸ごとゴーストタウンになっていただなんて…にわかには信じられない事だ。


「消滅確認。これで最後よね?」


シオンの示す通り、最後の魔術式が解けて消えたのを確認し、地図と見比べてみる。東南西、アスカに示されたすべての箇所を制圧し、残るはアスカとリュウが向かった中央のみ。北側に設置は無いのかとアスカに尋ねたところ、北側は魔力の流れが悪く術式を設置できる環境ではないと説明を受けている。


「そうだな…私たちの役目はこれで済んだ。二人に合流しよう。」


シオンと共に、踵を返して街の中央に堂々と座する、古い洋館へと歩みを進め…


ようとして気付いた。消滅し、空に融けたはずの魔力が再び収束し始めている!


「シオン、気をつけろ。どうやらまだ仕掛けが残っていたらしい。」


大方、全ての術式が解除ないし異常が起きた場合にのみ発動する保険のようなものだったのだろう。魔力が凝結し、新たな魔術式が組みあがり…


「あは、あはは…冗談でしょ、こんな…」


私たちの目に映るのは、粘性の高い嫌な音と共に地の底から這い出してくる、黒紫色の蛭のような…無数の触手だった。