「ふぅ…。どーすっかなぁ、これ…」

自宅に帰ってきて、スライムまみれの上着を床に放る。どうやらお袋は買い物か何かで出ているらしい。
明日も学校だから、洗濯するわけにはいかないし、しかも制服の替えはない。
…更に言えば、乾燥機なんてご大層な物は我が家には存在しない。

「………洗い落とした後にアイロンかけりゃ平気かな?」
「それでしたら、私がやっておきます。」「…。ミオ、頼むから気配を消して近づくのは止めてくれ。心臓に悪い…」

ものすごく、びっくり。

「…すみません。癖の様です。」
「ま、それはそれとして。アイロンくらい自分でやるさ。別にやることもないし。」

真面目な学生なら予習復習するんだろうが、俺は生憎そこまで真面目じゃない。


「いえ、それがそうもいかなくなりました。」
「…まさか…仕事か?」
「はい。」

ミオの抑揚の少ない言葉で仕事と聞くと、否が応でも気が引き締まっていく。しかもこの時間…夜の仕事となれば、気を抜いていては命取りになる。

「…『蛇』が以前よりマークしていた密輸商に動きがあったようです。品の中身は解りませんが、状況に応じ的確な対応を、と。」
「密輸か…『蛇』が目をつけてたってことは、麻薬だとかそういう「小さい物」じゃなさそうだな。」
「はい。ですから、私はこちらを引き受けます。ガルド様以外に依頼するには荷が重いかと。」

僅かに微笑み、床に広がった制服を拾い上げる。

「OK。お袋への言い訳は任せるよ。」
「はい。…一つ、よろしいですか?」
「ん?」
「…髪に、ついてます。」
「はい?」

それだけ言い、ミオは部屋を出ていった。
何がついてるのかと、鏡を覗きこんでみる。

「…スライムの取り残し…。ひょっとしなくても、これつけたまま外歩いてたのか? …最悪だ…」




──深夜零時、某所──


「……。………………」
「…………? ………。…………。」

不法投棄されたゴミの山。その陰から覗く俺の視線の先で繰り広げられる、いかにも怪しい取引。
だけど……話が全っ然聞こえねえ。

「………。……………。」
「…………! ……………!!」
「………。……。…………?」
「!? ……………~~~!!!」

お? 空気が変わったな。真ん中にいる二人だけじゃなく、周囲で見守ってる連中にもピリピリとした空気が広がっている。何やら雲行きが怪しい模様…。この騒ぎに乗じて、中身の確認をっと…。

「いい加減にしろ! 私がどれだけ苦労して手に入れたと思っている!」
「これはあくまでビジネスだ、条件を呑まないならば他を当たるまで。」

…どうやら、品物の値についてのイザコザみたいだな。事前に話を通してないとは、失策も失策。こういう取引は短時間で迅速にっていう鉄則が守れてない。
そうこうしてる内によく見えるポイントに到達。見張りが数人いるが、そいつらの意識は二人へと向いている。物音を立てでもしない限り見つからないだろう。…ま、こういう時にこそ周りに気を配れないんじゃ、見張りとしても三下だな。

「どれどれ…」

ポケットから折り畳み式の望遠鏡を取り出して覗く。
トランクの中身は…っと…。

「…成程、『蛇』から目をつけられるってのはコレか…」

レンズ越しに見たのは黒鉄。それも、かなり重厚で、人間程度なら一瞬で葬れるモノ。

…銃だ。


「…見たこと無いデザインだな。型番までは流石に見えないが…新型か? …オーソドックスな9mm弾使用、弾倉は…14かそこらか。」

これだけ見れば普通のオートマのハンドガンの様にも見えるが、そんな物がこうも大きい騒ぎにはならないだろう。何らかのギミックが仕組まれてるか…あるいは何らかの機密に触れているのか。
…とにかく、今回の仕事の真意はアレの確保といった所だな。

「さて、それじゃ仕掛けますかね。」

望遠鏡を戻し、ゴミの山からわざと音をたてて飛び降りる。案の定、見張りのヤツがこちらに気づいた。

「悪いね、そこまでにして貰おうか。」
「何だテメェ。 ガキが首突っ込んでいい話じゃねェぞ!」
「んー…残念ながらそうもいかないんだな。こっちも久しぶりの仕事なわけで。」


両手を挙げてふらふらと手のひらを揺らしながら、気づかれない程度に体重を前へと傾け、足の筋肉へ力を溜める。


「あ? 何言って…」

男が気を抜いた瞬時、足に溜めた力を解放し、推進力へと変えて間合いを詰め、油断した顎をカカトで蹴り上げる。
クリーンヒット。一撃で男は夢の世界へと飛んでいった。

「なっ!? テメェ、ザケやがって!!」
「おっと。こらこら、日本語は正しく使いましょう…ねッ!」

殴りかかって来た男の拳を避け、掴み、勢いのまま思い切り投げ飛ばす。
ゴミの山に埋まる男その2。…哀れ。

「いい加減にしとけや、ボウズ。今ならまだ見逃したる、さっさと帰って大人しく寝てな。」

どこからか取り出した物をこちらに向ける男3と4。…銃だ。まあ、銃の取引してる時点でもういくつかは持ってるんだろうなーとは思っていたが。

「あらら、物騒なモン持ってるねぇ…」
「コイツァ脅しじゃねぇ。下手に動いてみな、ドタマの風通しよくなるぜ?」
「はぁ…。ま、それじゃしょうがないね。」

内心、陳腐極まりない脅し文句に笑いつつ手を上に挙げる…のではなく。
腰に持っていたソレを抜く。

「先に抜いたのはアンタらだ。文句は受け付けねぇぞ。」

右手に輝く白銀。それは夜の闇に溶けることなく、自ら光を放つかのように輝く。

「あ? オモチャでビビるとでも思ってんのか? どーやらマジで痛い目見たいみてぇだな!」

男3の指がトリガーに掛かる、が。

「残念。御託無しにさっさと撃ってりゃよかったのに。」

刹那。パシュ、という微かな音と閃光、ほぼ同時に男の持つ銃が爆発した。
皮膚は灼け、砕け弾けた銃身の破片に引き裂かれ、骨は衝撃で砕け、筋肉や神経もボロボロだろう。
あーあ、右手はもう使い物にならないな、ありゃ。

「ぎ…ぎゃああああぁぁぁぁあぁあ!?」
「なっ…!? 何しやがった、ガキ! このっ!」

仲間の怪我と予測していなかった出来事に取り乱したか、男4ががむしゃらに引き金を引く。

「…銃の欠点って、知ってるか?」

間違いなく俺の体を軌道に捉えていたはずの弾は無く。俺は傷一つ負っちゃいない。

「弾道ってのは直線だからな。銃口の角度から着弾を予測する事も出来る。」

男の銃がカチン、カチンと虚しい金属音を立てる。

「そ、そんなバカな!? 化け物か…!!」

完全にパニック状態になっている男に、むしろゆっくりと近づき…腹部へと拳を触れた。

「なーんて、な。さっきアンタが撃ったハズの弾、全部銃の中に残ったままだぜ。」

…って、もう聞こえてないか。力なく地に崩れる男を見下し、その手から落ちた銃を拾い上げた。


「…お前、何者だ。」

直接に取引をしていた男が初めて声を発する。どうも、コイツは他の奴とは多少違うみたいだな。

「ありゃ? …品がそこにあるってことは、交渉は終わったみたいだな。」

先刻までトランクにあったソレは、男の手に握られて銃口をこちらに向けていた。闇商人の方の姿が見えないが…逃げたか。まあ、どーせ『蛇』がどっかで伏せてるんだろうしな、すぐにとっ捕まるだろう。つかもう捕まってるかもな。


「質問に答えろ。銃口を的確に撃ち抜き、或いは自分の弾丸で寸分違わず撃鉄のみを破壊した、その業。何なんだ、お前は。」

へー、あれが理解できたのか。一応それなりに修羅場は踏んでるらしい。その割に取引はグダグダだったみたいだが。

「まあ、な。俺は…」

男の指がトリガーを捉え、俺は同時に駆け出す。放たれた弾丸は地を深く抉るが、俺には触れない。
2発目が放たれるより早く、俺の右足は奴の手首を砕いた。弾き飛ばされた銃が高い音を立てて転がっていく。

砕けた手首に眉をしかめつつも、残った左手で振り上げられた足首を掴みに来る。だが、それを許すほど俺は甘くない。


「VIPER所属、第三位。ガルド・アルティスだ。」

体を大きく捻り、振り上げた足の勢いを加速させるように体を支える左足も大きく振り、大きく円を描くように軌道を変えて掴みに来た左手もまた、左足が弾き飛ばす。


「そうか…子供だとは聞いていたが、お前があの黒白の天使か…。」

足が地についた流れを殺さず、遠心力に後押しをされた左足を後ろ回し蹴り気味に突き出し…嫌な感触を足裏に感じつつ、肋骨を砕かれた男は大きく地を転がっていた。

「…悪いな、その呼び名…嫌いなんだ。」

3つ目の扉。これまで遭遇した魔物は最初の狼だけ。…嫌な予感。ここまでを順調に進んできて、障害があれだけなんて。

「……うん」

意を決して扉を開く。やはり特別な障害はなさそうだ。私は邪気を滲み溢れさせる鏡を砕き、そのまま踵を返す。




─ずるり─

何かが動いた


    ─ずるり─


私の後ろで


        ─ずるり─


何かが

─ずる、ぴちゃり─



私を狙っている──!!


「レイ・アローっ!」


振り向きざまに魔法を放つ。私の目に映ったのは、割れた鏡から次々と沸き出す無数の触手。粘液を纏い、滴らせ、赤いカーペットを汚い紫色へと濡らしている。


「っ!」

あまりの気色悪さに声が引きつる。今まで多くの魔物を倒してきたが、こんな悪趣味なのは見たことがない。
しかも、放たれた魔法に数本が吹き飛ぶが何も感じていないかのように別の触手がすぐに私を狙う。
これにだけは勝てない。私は瞬間的に本能でそれを察し、一気に出口に跳んだ。

─ばしゅっ─

「あうっ!?」


だが、それを予測していたように触手が足に絡みつく。勢いを殺されガクンと視界がブレ、一瞬思考が凍ってしまう。その一瞬で、触手に足をとられて私は無様に地を転がっていた。そしてそのまま引き寄せられていくようだ。床をドロドロと汚した粘液は私の体を滑らせ、触手が足首から膝、太ももへと這い上がってくる。


「…嘘…」

これ…私に何する気?─
私は生理的嫌悪感に流されるまま魔力を手に集中し、絡みつく触手へ向けて一気に放つ。

「不浄なるものを灼き尽くせ、《シャインフレイザー》っ!!」

高圧放射能にも似た極光が触手を灼き、その隙に後ろへ転がって逃げる。身を灼かれ千切れても、絡みついた触手はまだ私の足で蠢く。背後へと転がりながら、思いっきり足を振って残った肉片を払い飛ばす。


―ああ、このソックスもう使えないかな―


邪魔なものを振り払った事で気が緩んだのか、頭のどこかでそんな事を考えていた。だが――


─ぐちゃり─


背中に嫌な感触と生温い液体。認められない現実を頭では理解して…その理解を認めたくない一心が、思考を完全に止めていた。認めてはいけない、認められない、認めてはいけない、認めたくない、認められない、認めたくない。でも。確かめなくてはいけない。


必死の思いで首を          ─見るな─

背中がぶつかった          ─見るな、見るな─

何かに向け───          ―見るな、見るな、見るな!!―

「あ…、うぁ…」

声が出ない。
時間すらも凍り付いたような感覚を覚え──本当に凍り付いていてくれたらどんなに救われただろう──私の全身が何かに包まれる感触で意識を引き戻した。

「ぃ…いやぁぁぁぁぁっっっ!!!!! むぐぅっ…!?」

腕も、足も、胴も、頭も異臭を放つ汚液が絡みつき、喉や口の中にも入り込んできた。

(ああ…私、どうなるのかな…)

意識の薄れていく中、やけに冷静な私がここにあった。

「にゅっふふ~♪ 大漁大漁~♪」


こいつは工藤早苗。一応、小中高と一緒の「幼馴染」というやつ。親父さんが空手道場師範を務め、コイツ自身も空手の有段者だ。俺も一時期、その道場で学んでいたこともある。
姉の方は、正反対にお淑やか…なんだけどな。

で、その早苗が上機嫌に先を歩いている。その手には大量のぬいぐるみや色々な景品類。
全部ゲーセンで取ったものだ。
…まぁ、実際にやったのは俺なんだけどね?
おかげで財布が大分軽くなってしまった。でも、文句は言わない。
手に入れた景品を、コイツがどう使うか知っているから。

…こうしてれば結構可愛いんだけどね、コイツも…

「ちわーっす!」

早苗が蹴破るかのような勢いで開け放った、古ぼけてはいるが綺麗に掃除の行き届いた施設の扉。
ここには、年端もいかない子供たちが何人も暮らしている。そう、いわゆる孤児院だ。
現代でこそ大分少なくなってはいるが、それでも孤児とはいるもの。理由は様々だ。

「こんにちは、早苗さん。いつも来てくれてありがとうございます。」

奥から出てきたのは、孤児院院長。二十代前半の、知的な印象を思わせる美女だ。
一見、冷たそうな印象があるが、それがなかなか子供好きの優しい「お姉さん」だ。

「ガル…輝さんも、いらっしゃい。今、お茶を用意しますね。」
「ああ、お構いなく。いつもの事だから。」

…もう気付いた人もいるだろう。この孤児院院長は、俺のもう一つの顔を知る人間だ。
名を速水 百合。もう一つの名はユリ・レイデン。レイデンの階級は、俺のアルティスの一つ下…すなわち、彼女は俺の部下という扱いになる。

「あー! サナエだー!」
「今日は何持ってきてくれたのー?」
「あっはははは、今日はいっぱいあるからね、好きなの持っていきな。」

腕に抱えていた景品たちをテーブルに広げると、子供たちが我先にと集まる。
俺とユリは少し離れた場所からそれを見ていた。

「いつもありがとうございます、ガルド。」
「気にすんなって。これも仕事みたいなもんだし。」
「…はい。」

元気よく遊び回る子供たち(と早苗)を優しく見つめるユリ。
…なんつーか、こうしてると「姉」ってより「母」って感じだな。

「…私はまだ21歳です。母と言われるほど老成はしていませんが。」
「うえ、 俺もしかして声に出してた?」

ユリの冷たい視線がもの凄く痛かった。


「…にしても、子供は元気だねぇ…」

壁に寄りかかったまま、あくびと共に背を伸ばす。

「そうですね。子供の体力に底は…あ、危ない!」
「はぇ? …ぶぁっ!?」

一瞬だった。ユリの警告も間に合わず、俺の顔面を覆う生暖かく粘ついたゲル状の物体。
剥がしてみれば、それが透明な緑色をしているのがわかった。
…そう、スライムだ。

「あははははは! あきらにーちゃんダッセぇー!」

…投げたのは奴か。フフ、絵に描いたようなやんちゃ坊主だ。男の子はそれぐらいで丁度良いさ。

…だが、それとこれとは別。

「こ…こんガキゃぁぁぁーーーッッッ!! 口ん中入ったじゃねーかっ!!」
「わー、逃げろーっ♪」
「ふぅ…。程々にしておいて下さいね…」