ミケランジェロの素描に加え、彫刻の模写もしていた学生は
画家志望だった。
絵を描く技術に関しては、同年代の中でも上位にあり、それは
自分でも気づいていて、自意識も、身に着けるコントラストの強い
洋服に表れているように高かった。
しかしその才を上手く生かしきれず、大画家とはならなかった。
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この過去世については、ここまで。
ダヴィンチではなく、視えたのはミケランジェロだったが、これに
ついて少々調べてみると、以下のような事が判った。
この青年が通っていたかもしれない美術学校はパリ市にある
エコール・デ・ボザール
ではないかということ。
というのも、この350年以上の歴史を持つフランスの国立高等
美術学校は、立地が市内を流れるセーヌ川のすぐ近くだから。
そして、育成プログラムの中に、ローマへ留学できる(現地に
在ローマ・フランス・アカデミーを設けている)『ローマ大賞』という
コンクールがあり、受賞者にはローマで研究するための全額給与
の奨学金が与えられていた。
つまり、ローマの芸術に関するカリキュラムが組まれていたわけで
この青年もその内容に沿った学習をしていたのではないか--
ということは、視えたものはミケランジェロの模写だったが、ダヴィンチも
当然模写していたと思われる。
年代が違うし、環境も違うので、ダヴィンチの弟子ではないにしても、
イタリアの芸術を学んでいたということに矛盾はないと思う。


