【追記あり】『フォレスト・ガンプ』観ました | ¡Viva ワイン!

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ワインを飲みながら、気になったことを書いていきたいと思います。

多分、出会うべくして見た映画なんだろうな…って思います。DVD、最初レンタルしようかな~と思ったのですが、昔の作品なんでね、安かったのでアマゾンで購入です。

1994年のアメリカ映画で、日本公開は1995年。95年の1月に阪神で大きな地震があり、3月には父が脳卒中で倒れ、そして地下鉄サリン事件があった年でした。

だからなのか、こんなに素晴らしい映画だったのに、一度も見るチャンスがなく私の中でずっと忘れ去られていた映画でした。日本のタイトルに『一期一会』が入っているのですが、何故でしょうね?ご存知の方がいらっしゃったら教えて下さい。

何故にこの映画に興味を持ったか…。それは、先月に行ったロサンゼルスのエビ屋(名前はババ・ガンプ)。それが、『フォレスト・ガンプ』に出てきた黒人兵士、ババの名前だったとは映画を見て知りました(その前に映画をご覧になっていたAXさんから教えていただいたのですけれどね)。

そのレストラン、ババ・ガンプとの絡みはすっかりクリアになりまして、でも、それよりも尚、フォレストと関わりをもった人々の行く末が非常に気になりました。『一期一会』と日本語でくくることはたやすいけれど、それ以上のことだと思います。もっと適切な表現はなかったのかな…。

実は私、この映画の存在は知っていました。しかしながら、「ベトナム戦争の映画」としか認識していなかったことを今更ながらに恥じております。

フォレストがずっとバス停のベンチに座って、(来るはずのない?)バスを待ちながらの回想シーン。あれ?ここはもしかしてベトナムなの?と思いながら、あ、私はハノイには行ったことがないのに、何故にサイゴンの町を連想してしまったのだろう…と。映画を観終わってから思いました。結局、彼の行く場所はバス停からほど近い場所だったのですけれどね。

無意味なベトナム戦争(というか、戦争自体に意味はあるのだろうか…)から奇跡的に生き残ったフォレスト、そしてその上司のダンとの会話は記憶に残ります。

そして、フォレストのお母さん。無償の愛を息子フォレストに捧げ、癌で逝ったお母さん。「人生はチョコレートの箱みたいなもの。食べてみなければ分からない。」という名言があるようですが、自分にとってチョコレートは「うーむ」だし、「食べなくてもある程度予測は付く」という代物なのですが…。この名言は共有出来ないですね。

フォレストの愛した人が他界してしまう。フォレストの愛した子どもと共に、彼はどこに行くのでしょう…。と何かインフィニティーマーク(∞)を連想した私でした。

あれ?軽く書くつもりが熱く語ってしまったかしら…。

『フォレスト・ガンプ』、明日もう一度最初から観ます。

【追記】です。

お風呂に入りながら映画のことを考えていたら、あれ?って思ったことがあって…。それは、フォレストがエビの事業で成功してから、中尉がその資金をアップル社につぎ込んだところなのだけれど、フォレストは「フルーツの会社に資金を委ねた」とさらっと言っていて、94年ー95年当時のアップル社って既に現在の地位にあったんだ!って今更ながらに思った次第。でなければ、何のジョークにもならないってことだよね。

それから20年以上経過しても、フルーツの会社はもっと大きくなって、創始者が亡くなっても会社は存続しているよ。ひとり歩きしているってことなんだろうね。

ちなみに、私がパソコンを買ったのは1997年だから、『フォレスト・ガンプ』の日本公開から2年後でした。その当時、この映画を見て「フルーツの会社」のジョークが分かっただろうか…。そうそう、当時買ったのは、ウィンドゥズ95が搭載されている中古でね、3.5インチのフロッピーに記録させておりました。何だか懐かしいね~ww