Vallespirのピソ(アパート)~エレベーターのない家~ | ¡Viva ワイン!

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ワインを飲みながら、気になったことを書いていきたいと思います。

さてさて昨日の続き、2ヵ月近く家を留守にして、帰ったとたんに家を引き払えと言われた私です。


まあ、バルセロナ生活も半年(中抜け約2ヵ月ありますが)になり、結構知り合いも増えてきました。


私が家を探している事を知った日本人の女性が私にコンタクトをしてきました。


彼女はレストランで食事をしている時に、隣の席に座っていたスペイン人に話しかけられ、使っていないアパートがあるけれど、誰かに住んでもらわないと傷むし、きれいに使って欲しいからあなたのような人が良いのだけれど、と言われたそうなのです。


彼女はパリにフランス語の勉強に行っていて、日本に帰る前にバルセロナにしばらく滞在するつもりで遊びにきていたそうです。


彼女に話しかけた男性は、私が部屋を借りることになる大家さんなのですが~つい、大家さんと書いてしまいますが、貿易会社を経営している社長さんです~彼女は(日本語と)フランス語しか話せず、大家さんもフランス語が話せたので、意気投合したらしいです。


一目で彼女を気に入ってしまった大家さんは、彼女に無償で私が住むことになるアパートを貸していたそうなのです。彼女もいよいよ日本に帰る事になり、彼女を通してすっかり日本が好きになってしまった大家さんは、家を貸すのは日本の人が良いということで、誰かいないかと探していたとのこと。


物事が進む時は労せずともとんとん拍子に進むということなのでしょうか。


5000ペセタ(=4000円)値上がりはしたけれど、部屋も広くなり、ルームシェアもしやすくなって、日本人の女性と一緒に住んでいた話は先日の記事 で書いた通りです。


元々、大家さんがこのピソ(アパート)を買ったのは、バルセロナ・オリンピックでの値上がりを当て込んでいたらしく、きれいに使ってもらって高値で転売しようと思っていた節がありました。


Vallespir通りにあったので、Vallespirのピソ(アパート)と呼ぶことにします。


一応、4階の2号室という書き方をするのだけれど、スペインの場合、日本の1階に当たる部分をplanta bajaと呼び、2階に当たる部分を1階と呼ぶのです。それに加え、私が住んでいたピソには中2階があったので、4階ということは日本でいう所の6階に相当しました。


で、エレベーターがないガーン


ホテル・リッツのはす向かいのピソには年代物ですが(箱を釣っているロープが見えて、箱は木でできていました)一応エレベーターが存在したので、重い荷物がある時は重宝しました。


当時は今よりもお金がなかった私は、ワインというと1L80円くらいのを近所のBarで量り売りで買っていて、空いた飲料水の5L入りボトルに入れて買いに行っていました。


この5L入りの水を持って上がるのも、ワインを持って上がるのもなかなかの重労働でしたが、飲みたいからには仕方ありません。頑張って運びましたよ。


まあ、エレベーターがないくらいは全く問題ありませんでした。何しろ日本でいう所の6階(一番上)だったから見晴らしは良かったし、大きな窓があり風が入ってきます。TVも電話もついていました。


しかし、このピソも古かった。


壁に電気のコードや水道管などが埋め込められている事が多く、Vallespirのピソもご多分に漏れずそうでした。


借りている家だったので、何かあっても勝手に修理することも出来ず、その都度、大家さんに連絡を取って処理をしてもらわないといけません。これはどこで家を借りていても同じことだとは思いますが、スペインではこの一連の作業がとても遅いのです。


このピソに住んでいた1年弱の間にも結構トラブルが起きました。


電気代、ガス代、水道代は家賃に含まれていたのですが、電話代のみ大家さんからの請求に従って払っていました。例えば日本に国際電話をする事もあるだろうからという訳です。


ルームシェアをする人が住む事になった時に、大家さんが気を効かせて、通話の都度、その通話の長さが分かるようにとcontador(通話時間カウンター)なるものを取りつけてくれました。


しかし、それからしばらくしたある日、街でばったり友人に会った時に、あなたの家、いつも話し中なのね~、何度も電話したのにーと言われたのです。


私はその当時そんなに頻繁に電話をした記憶はないし、シェアしてる人が長電話していたのかも、と言って、軽い気持ちで別れたのですが、家に帰ってから受話器を取ってみると何の音もしません。何度か電話器の受話器が当たる部分を押してみると、ツーっという音がするではありませんか!


contadorをつける前まではこんなことはなかったので、contadorをつけたことで、電話線と電話器の接触が悪くなったのだと思い、大家さんにすぐに直してくれるようお願いをしました。


幸いなことに(ラテンには貸すなというくらいのお方だけあって)、彼は言えばすぐに動いてくれます。次の日に、大家さん(貿易会社の社長)の秘書が新しいcontadorを持って家に来ました。午後には電話会社の人が付け替えてくれるから…と。


電話会社の人も予定通り来ました(良し良し)。そして受話器を取り、何の音も出ない事を確認してから、しばらく電話器の受話器が当たる部分を押して(私がやったことじゃん!)、こうおっしゃったのです。「yá está!」(OK!)と…。勿論、ツーっという音がしていました。


私の頭の中ではいかりや長介の「だめだこりゃ~」の言葉が鳴り響きました。


で、電話会社の方には丁重にお帰りいただいて…


どうしたと思います?


自分でcontadorをはずして、電話線を電話器につないで元の状態に戻しました。


人間、やれば何でもできちゃうもんですね~


それから2度とcontadorを使う事なく過ごしたのです。


もうひとつ大変だったのは水道管が漏れたこと。


これは写真に撮ってあったので、載せますね。


階段を6階まで上がってくる時、ある日、あれ?と壁にシミがあることに気がつきました。


気のせいか日に日に大きくなっている気がしたので、写真を撮ってみると…


Viva ワイン! 気づいてから数日経った時の壁です。この時点で大家さんに言いました。



Viva ワイン! ますますひどくなる壁の様子。


水道屋さんが直しに来るのかと思ったら、まず初めに壁屋さんが来ます。どのあたりが漏れているのか見当をつけて、壁をひたすら壊すのです。



Viva ワイン! これは、すでに新しい水道管が取り付けられてから撮った写真ですが、壁が壊された状態で2~3日経って、壁の水分が飛んだ頃に水道屋さんが来て直してくれました。


水道管は直っても壁屋さんが来るまでは、又しばらくこの状態が続きました。


この水道管事件からしばらくして、今度は突然居間の電気が消えたのです。


もしやブレーカー?と思い(ブレーカーも下りていました)元に戻しても電気は点きません。


壁に埋まっている電気の線がどこかで切れて漏電しているに違いありません。


しかし…帰る日をあと半月弱に控えていた私は、居間の電気のスイッチをオンにすることはなく、電気スタンドをつけてひっそりと暮らしたのです。


この水道管事件がなければ、きっと大家さんに言って直してもらったことでしょう。


こんなに鮮明に漏れている場所が分かっている場合でさえ、非常に面倒で、非常に時間がかかった事を知らなければ…です。


私が帰ってから、次に入った(かどうかは不明)ラテン以外の人がどのような処置を取ったか知る術はありませんでした。


まだまだエピソードはありますが、第1部はここで終了に致します。


長い間お付き合いありがとうございました。