赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」 -183ページ目

Only one ASTON MARTIN !

「ASTON MARTIN ATOM」


第2次世界大戦をさかいにアストンマーティン社は新しいオーナーを探さなくてはならなくなりました。


その際アストンマーティン社が自社の技術の集大成とも言える車を作ってアピールに使ったのがこの「ATOM」と言われています。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


1939年に造られた「Type C」をツアラーにしたようなデザインのボディは、当時としては空力までも考えたとても斬新なデザインであったのでしょう。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


この「ATOM」を見て後のオーナーである「デヴィッド・ブラウン氏」がアストンマーティン社の買取を決断したという話もあったほど。


魅力のある出来栄えならではの話です。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


プロトタイプとしてこの世に生まれたこの「ATOM」が基本モデルになり、「デビッド・ブラウン アストンマーティン社」の生産型第一号車の「2-Litter Sport」(DB1)が後の1948年に出来上がる。


1950年代後半のDB2/4シリーズまで、この「ATOM」で使われた基本構造は使われていく事となった。


アストンマーティンの「A」をモチーフにしたと言われている伝統的なグリルも、このモデルではプロトタイプらしい繊細なつくりで、とても量産車にはフィードバックできそうもないところです。




DB1もたったの15台(14台)しか作られていないモデルなのですが、やはり世界にたった1台だけには目移りしてしまいます。


アストンマーティンの殆どのモデルを実際に目にしてきましたが、この「ATOM」を目にしたことはまだありません。


アストンマーティンの歴史上とても大事なモデルですので、1度は目にしてオーラを感じてみたい物です。



No ASTON MATIN No Life !