赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」 -184ページ目

アストンマーティン@文化遺産!

アストンマーティンがハンドメイドと呼ばれていた時代の写真がこれ!


チョット前のヴァンキッシュまではこのようにして1台1台手作りで大切に作られていました。


シャーシはこのような状態から。


昔からフルアルミボディのアストンマーティンも、シャーシはスティールです。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


タイヤが付くであろう部分が出来上がると、車のシャーシであると言うことは想像がついてきます。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


本当に職人がフェンダーを一枚づつ丁寧にたたいて形を作っていきます。


もちろんフリーハンドではなく、木型に合わせてたたきます。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


ドアは何枚かの複合構造ですが、ここも一枚一枚丁寧に溶接して造りこんでいくんです。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


90年代のV8シリーズのフロントマスクです。


グリルは同じ物が付くので、そのためにはマスクも同じように形成していかなければなりません。


手たたきではそこが難しいところ・・・


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


ボディにフィッティングされてからも、ラインの形成をするためにこのようにパテで処理がされていきます。


そのパテの量が想像を絶するほど多くてこれを知った時はビックリでした。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


イギリスのニューポートパグネルにある(あった)アストンマーティンの生産工場には、ロボットと呼べるような機械は見当たりません。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


これはボンネットでしょうか。


独特で柔らかなアールはこうやって職人が出していたんです。


叩いた面をこうやって磨いていくのも手作業です。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


ここまで来ると、どんなモデルなのか想像ができます。


ボディのアウターはルーフまで含めて全てアルミなのがお分かりいただけると思います。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


オーポントップの布製ルーフはこんな感じで作られていました。


まさに車を生産しているというよりは、ソファーとかバックとかを作っている感じです。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


コノリーレザーを贅沢に使った内装は、こんな感じで作られていました。


ロールスロイスやベントレーとはまったく違った規模で、ハンドメイド感たっぷりです。


この時点ですでにシャーシ番号で内装が割り当てられています。


造られた全ての部品の裏側に手書きでシャーシ番号が書かれています。


本当に全ての部品です。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


室内の作業はペイントが終わってから。


赤根宏幸 の 「No ASTON MARTIN No Life !」


本当に手作業ですすめられていたアストンマーティンの生産も、ニューポートパグネルの工場閉鎖に伴い新しく変わりしました。


1台の生産に費やす時間は1000時間を越えていた(たしかV8ヴァンテージは)とか。


現在でも1台の生産にかかる時間は200時間ほどだとか。



アストンマーティンとしてメーカーが量産車を生産し始めてからの台数と、DB7を生産した台数がほぼ同数だったと以前に発表があり、DB7はアストンマーティンの歴史上大成功を収めたモデルだったといっていました。



でも・・・


こんな風に少し前まで、一台一台手作り(本当に手作り!)で作っていたのがアストンマーティンなんです。


クラフトマンシップ感溢れまくりのアストンマーティンは、全てが希少な文化遺産なんだといつも思っているんです。




そんなアストンマーティンにいつまでも乗り続けて行きたい・・・