ハワイの友人に誘われて以来、最初は渋々だったのが、
今は毎週日曜日に教会に通ってる。
最初は付き合いで渋々来ていたことを皆に話すと、
牧師さんの奥さんが「顔に出てましたよ」って言ってた。
バレバレやったのね。f^_^;
出会った牧師さんの親切さや集う人たちのフレンドリーさが
とても気に入って、今では毎週通って聖書も学んでる。
だだ、ひとつだけ苦手なのがあって、それは賛美歌を歌うこと。
一番の理由は音程を外してしまうからなのですが、
正直に言うとあまり好きな音楽のジャンルではないからかも。
洋楽のロックとポップが大好きっていうのもあると思う。
最近読んで心に響いた、映画『ナルニア国物語』の原作者の
C・S・ルイスのいろいろな言葉。
クリスチャンでもある彼の言葉の中で、
教会に通うことや賛美歌についても共感した。
クリスチャンになった当初、
私は自分だけで信仰者としてやっていけると思っていました。
部屋にこもって神学書を読めば、
教会に行く必要などないだろうと…。
私は教会で歌われている賛美歌が大嫌いでした。
私には質のあまり良くない歌詞が、
それよりさらに質の悪い調子っぱずれなメロディに
のっかっているものとしか聞こえなかったのです。
しかし後に教会に集うことに
大きな意味があることを知るようになりました。
見た目も教育レベルもまったく違う人々に出会うにつれ、
最初私の中にあった自惚れは徐々に剥がされていきました。
賛美歌は、たとえ音楽的には調子っぱずれであったとしても、
心を込めて歌われていたことを、
そして隣の席でゴム底の靴をキィキィいわせていた老人は、
実は素晴らしい神の人であり、
私はその靴を磨く資格すらない者であったことを知ったのです。
教会は人を独りよがりな自惚れから引き出してくれるのです。
教会に通う前は、私も聖書のイエスの言葉について、
自分でしっかり学んでいて教会に行かなくても理解している、
そう思っていた。
しかし、それは今回紹介した言葉にあるように、
独りよがりな自惚れで、徐々に剥がされてゆくことになった。
老若男女が集まる教会で、愛を学ぶ子どもたちの純真な心や
人生経験を積んだ方々の親切な姿に教えられることが多い。
ここに通っていると、自惚れようとする心が内に現れるとき、
すぐに気づくことができるようになった。
そのことが、私を謙虚な心へと成長させてくれている。
ある日、教会に長く通われている女性が私の横に来て、
「この教会がフレンドリーと言ってくれたことが嬉しかったです」
と笑顔で話してくれた。
私は「ここはいい教会ですね」と答えた。
さて、あとは賛美歌を心を込めて歌えるようになるといいな。
必要なのは、音程外しても歌える勇気だね(笑)
今回の曲は、カントリーシンガーのアラン・ジャクソンの歌で、
邦題は『いつくしみ深き』という賛美歌。
一度は聴いたことがあるのではないかなぁと思う曲です。
私もこんな風に歌えたらいいんだけどなぁ… (^_^)
What A Friend We Have In Jesus / Alan Jackson