こんにちは、アルマです。
あなたは、”瞑想”と聞いて
どんなイメージがありますかーーー
今日は瞑想に出会ったばかりの時の力み過ぎていたお話です。
わたしはね、
ちょっとスピリチュアルなことに
憧れていたので
「なんだか特別な力が身につくのでは!?」
と張り切っていた時期があったんですよ。
そんな わたしがハート瞑想を始めたころ、
第6チャクラが開いたら「すごい!」と思っていたんです。
*第6チャクラは、眉間のあたりにある直感や洞察を司る場所。
”第3の目”とも言われていて、スピリチュアル界隈では「見える人」になる印象のある場所です。
「紫の光が見えたら、すごい」
「何かが開くはず!」
と信じていて…
瞑想中も、目を閉じながら
「……今、なんか紫きたかも?」
「いや、さっきより薄いか?え、あれ青紫?」
「ねぇ、これは“正解の紫”?!?」
もはや完全に、
“紫ハンター”状態に![]()
目指すは”覚醒”![]()
今となっては、
なんのこっちゃって感じなんですが。
眉間にしわを寄せて、
全くリラックスできてない。
ハート?どこ行った?
しかも
「見えた!やった!」って
選ばれし者ものに
ひそかになろうとしてたんですよね~![]()
今なら、わかります。
あれ、完全にスピかぶれ期だったな。
あるとき、
瞑想の先生に言われた言葉。
「第六チャクラは、
開こうとして開くものじゃない。
生きていれば、勝手に開くから。
それより、まずは1・2・3チャクラを整えることが大事。」
その瞬間ーーー
…え、わたし、下半身ノーガードで
やばいやつだった?
そりゃあ、
あちこち足ぶつけて青あざつくって
夢見がちだったわけだ。
それからです。
「地に足をつける」って、こういうことなんだと、少しずつ理解できるようになったのは。
だから今、ハート瞑想で何が見えるかよりも、
自分の中の”静寂”や”安心感”があるとき、
「つながってるな」って感じます。
わたしは、
映像がよく浮かぶタイプではありますが、
もしあなたが瞑想を始めたばかりなら、
何も見えなくても、見えても、大丈夫です。
大切なのは、
地面にしっかり立って、ハートで感じること。
覚醒するか、しないか。
今はもう、それがどうでもよくなりました。
見えなくても、大丈夫。
うまくできなくても、大丈夫。
大切なのは、あなたが“いま、ここ”にいて、
自分のハートとともにいること。
それだけで、十分だったんだと思う。
生きるって、そういうシンプルなことなんだと思います。
(追記)
ちなみに、
今は足をぶつけて青あざを作ることが全くなくなりました。昔は地に足つかずふわふわしてたんでしょうね![]()
ハート瞑想を知りたい方はこちらもどうぞ。
▶︎ハート瞑想とは?
体験セッションが気になったらこちら:
深呼吸してゆったりお過ごしくださいね。
では、またね~![]()


