これまでに地球破壊爆弾を「可愛さ」だけで不発に終わらせるという、兵器の概念すら超越した奇跡を(主にビックの寿命の限界と引き換えに)生き延びてきたビック&スモール探偵事務所。今日のビックは、前回の心中未遂事件の冷や汗を拭いながら、段ボールの床の上に、青い「N」と赤い「S」が書かれたシンプルなワッペンを置いた。
🤵 ビックの完璧なプレゼンテーション
「いいかスモール。我が事務所はこれまで数々のフィジカルな暴走に巻き込まれてきたが、今回は『物理法則』、すなわち磁石の力を使って対象の行動を完璧にコントロールする、22世紀の最もシンプルで安全な誘導ガジェットだ。これなら部屋が粉々になる心配はない」
ビックが提示したのは、子供の服につける名札の土台のような、フェルト製の小さくて可愛いワッペン。
「先輩、またそんな小学校の図工で使いそうなワッペンを……。あ、でもその赤と青のコントラスト、なんだかレトロなキャンディーみたいでちょっと可愛いですね! 私のほっぺにペタッと貼ってもいいですか?」
床に直に座り、今回はモバイルオーダーで頼んだシェイクを美味しそうにちゅーちゅーと飲んでいたスモールが、大きな目をきらきらさせて指を伸ばしてきた。相変わらず守ってあげたくなる美少女だが、ビックは知的な動作で人差し指を立てた。
「頬に貼るな!!! 剥がすとき痛いぞ! これはあの、強力な磁力を発生させる伝説のガジェット、**『NSワッペン』**だ」
「えぬえすわっぺん……? 貼ると、中から美味しいNS(ナポリタン・スパゲッティ)が飛び出してくる、食いしん坊専用のワッペンですか?」
「略し方が炭水化物に偏りすぎだわ!!! パスタの話じゃない、磁石の『N極』と『S極』だ! 仕組みを論理的に説明してやる。このワッペンは、局所的な電磁気学の因果律を変調させ、貼り付けた対象に強力な磁性を持たせる道具だ。使い方は極めてシンプル。『一方の人間(または物)にNのワッペンを貼り、もう一方にSのワッペンを貼る』。すると、磁石の法則通りに【NとSは猛烈に引き合い、NとN、SとSは猛烈に反発し合う】んだ」
ビックは腕を組み、フッ、と知的な笑みを浮かべた。
「これさえあれば、逃走する犯人にSを貼り、自分の車にNを貼るだけで、犯人を自動的に吸い寄せて逮捕できる。まさに探偵界の電磁気学レボリューションだ。……理解できたか?」
スモールは、きらきらとした純粋な瞳で赤と青のワッペンを見つめていた。そして、ポンと手を叩き、天使のような満面の笑みを浮かべる。
「なるほど! つまり、**『これを背中に貼ると、私のやる気が100倍になって、先輩の説教を【光の速さ(N)】で【スルー(S)】できるようになる、全自動現実逃避ワッペン』**ですね! 完全に理解しました、ビック先輩!」
「すでに光の速さでスルーしてるからこれ以上加速するな!!! 精神の話じゃない、物理的な磁力(じりょく)の話だ!」
ビックは早くも胃をキリキリと痛めながら、ワッペンを差し出した。
「いいか、論より証拠だ。実験として、俺の胸に『N』を貼る。お前は『S』を持って、少し離れたところに立って――」
「わあ、楽しそう! さっそく貼っちゃいまーす!」
ペタッ!!!
「人の話を聞けと言って――」
👧 スモールの「完全な理解」
スモールはビックの説明が終わる前に、赤い「S」のワッペンを自分の胸元(パーカーの上)にペタッと貼り付けた。
すでにビックの胸には青い「N」のワッペンが貼られている。
22世紀の超科学電磁気学ジェネレーターが、二人の胸元で同時に駆動し始めた。
ビキビキビキパチパチパチッ!!!!!
「お、おい、スモール、なんか胸のあたりが妙に熱いというか、引っ張られる感覚が――」
ビックが言い終えるより早く、二人の間に**「絶対的な磁力の引力」**が発生した。
N極とS極。引き合うのは宇宙の真理。
ズドォォォン!!!!!
「ぶふぉっ!?」
次の瞬間、数メートル離れていたはずのスモールとビックの体が、まるで透明な巨大ゴムで引っ張られたかのように猛スピードで引き合わされ、正面から完璧にガッチャンコと激突した。
ビックは息の根を止められ、背中からコンクリートの床に叩きつけられ、その上にスモールが完全に重なる形で二人は床に転がった。
「いったーーい! 先輩、やっぱりこれ、私と先輩を【物理的に合体】させる、お色気トラップツールじゃないですか!」
「お前が勝手に貼ったんだろ!!! 痛い! 胸の磁力が強すぎて、離れようとしても体がビタッと張り付いて動かん!」
二人がどれだけ腕の力で突っぱねようとしても、22世紀のNSワッペンが放つ磁力は、超強力なネオジム磁石の100倍近いパワーを誇っていた。胸と胸がガチガチに密着し、離れることが1ミリもできない。スモールの柔らかくて、ほんのりシェイクの甘い香りがする体がビックに全力で圧着されている。
ビックの脳内はパニック度100%のラッキースケベ状態だが、スモールの脳内フィルターは、すでにこの密着状態を利用した「最強のくっつき虫」としての暴走へとシフトしていた。
「先輩、この『ナポリタンワッペン』の、本当の素晴らしい価値が分かりました」
「NSワッペンだ……で、どんな価値だ……?(※顔が近すぎて目が泳いでいる)」
「これって、**『私が先輩にずーーーっと張り付いておくことで、先輩のサイフから自動的におやつ代を吸い取り続ける、最強の寄生虫(くっつき虫)ツール』**ですよね?」
「発想がただのヒモなんだよ!!! 離れろ、恥ずかしいわ!」
「いきますよー! スモールちゃん、先輩の体の一部(サイフ)になります! はあああーーーっ!!」
スモール(脳内ヒモモード)はきらきらした笑顔のまま、自分のパニック脳波(「先輩から絶対におやつ代を毟り取るぞ!」という執念)を発動させてしまった。
🚨 終わりなき電磁気学のカオス(反発と吸引)
彼女の歪んだ脳波を検知したNSワッペンが、異常な高出力モードに突入し、磁力の波形をさらにデタラメに反転出力し始めた。
ピカピカピカピカカラーーーン!!!!!
「あ、大変です先輩! 磁石の向きが変わっちゃいました!」
次の瞬間、胸のワッペンが「NとN(あるいはSとS)」の反発モードへと急変した。
ドゴォォォン!!!!!
「うわあああーーーっ!?」
密着していた二人の体が、今度は大砲の弾のようにお互い真逆の方向へと猛烈に弾き飛ばされた。
ビックは事務所の右側の壁に背中から激突し、スモールは左側の壁に激突。
「いたたたた……! 弾かれたと思ったら、また引っ張られるーーーっ!!」
磁力は一定ではない。スモールのポンコツ脳波と同調しているため、数秒ごとに「吸引」と「反発」が交互に繰り返される、最悪の永久機関(デス・ループ)が完成してしまったのだ。
ガッチャンコ(激突・密着) ➡️ ドゴォォォン(反発・壁に激突) ➡️ ガッチャンコ(激突・密着)
「きゃー! 楽しい! 一人称視点のパチンコ玉みたいです!」
「楽しむな死ぬわ!!! 服が摩擦でボロボロになる!」
事務所の中を、二人の探偵が超高速で往復しながら、くっついたり離れたりしてコンクリートの壁をメキメキと凹ませていく。老朽化した雑居ビルが、二人の人間バイブレーションの衝撃でみしみしと悲鳴を上げ始めた。
「スモール! 早く服を脱げ! ワッペンを引き剥がすんだ!」
「無理です先輩! 磁力が強すぎて、服の繊維が先輩のスーツと分子レベルで噛み合っちゃってます!」
次の「吸引モード」がやってくる。時速50キロで引き合う二人。
激突の直前、ビックは死に物狂いで知性回路をフル回転させた。
(くそっ……激突する瞬間のコンマ1秒の隙間に、俺の『N』のワッペンを剥ぎ取るしかない……!)
ガチッ!!!
二人が再び強烈に胸をぶつけ合ったその瞬間、ビックは痛みに耐えかねて涙目を流しながら、自分の胸元のフェルトに指をかけ、火花を散らすワッペンを「フンヌーーーッ!!!」と力任せに引き剥がし、更地(床)の外側へと投げ捨てた。
パサッ。
床に落ちた青いワッペンの光が消え、事務所を包んでいた狂気の磁力フィールドが一瞬にして完全に消滅した。
現実の物理法則が、一瞬にして正常に戻る。
「ぶふぉっ……ハァ、ハァ、ハァ……」
重力と磁力から解放されたビックは、服がボロボロの雑巾のようになり、全身の骨がバキバキに軋む音を聞きながら、コンクリートの床の上に大の字になって倒れ込んだ。
「終わった……。磁力の拷問が終わった……。全身の細胞が引きちぎられるかと思ったわ……」
ビックは床の上で完全にノックダウンし、白目を剥いていた。
すると、スモールがトタトタと近づいてきて、自分の胸の『S』のワッペンを可愛らしくピッと剥がして床に捨て、ビックの胸の上にちょこんと馬乗りになる形で座り、上目遣いでウルウルとした瞳で見つめてきた。
至近距離にある、激しい往復運動で少し紅潮した可愛い顔と、きらきらした大きな瞳。それは、22世紀のどんな電磁気学ジェネレーターよりも確実に、ビックの心臓を一瞬で吸引(ノックダウン)するほど可愛かった。
「……先輩。お疲れ様でした。壁はちょっと凹んじゃいましたけど、私……先輩と何度もガッチャンコして離れられなくなったとき、なんだか胸の奥が、磁石よりも強力にギュギュッて引き寄せられちゃいました。……これ、ワッペンの磁力のせいじゃないですよ?」
その破壊力は相変わらず国宝級にピュアで、そして悪魔的に可愛かった。
「……スモール」
「はい……?」
「明日から、我が事務所は『すべての極性(プラス・マイナス)の保持』を禁止する。お前は明日から、電気を帯びることも静電気を発生させることも禁止だ。常に放電された『ただの粘土の塊』のように無機質に暮らせ」
「え〜! 粘土はフラペチーノが飲めないから、絶対に嫌です〜!」
「お前の存在そのものが我が事務所の超重力ブラックホールだ」
……ちなみに、ビックの胸のあたりには、何度もスモールと激突した瞬間の、柔らかくて温かい感触の残響が、胃薬をいくら飲んでも消えずにジンジンと残り続けるのだった。
