ビックの短編小説

ビックの短編小説

色々な短編小説を執筆していきます!

5分読み切りなので楽しんで下さい!

カチリ、とタイムマシンのダイヤルを「西暦1864年(元治元年)」に合わせる。


男の名はビック。歴史に名を残す偉人たちの、教科書には絶対に書かれない「中間管理職としての悲哀」を覗き見るのが生きがいのタイムトラベラーだ。


​今回の目的地は、幕末の京都・壬生(みぶ)村。


お題は、新選組を率いて池田屋事件などで京都を震え上がらせた最強の剣客集団のトップ、近藤勇(こんどういさみ)である。


​「愛刀『虎徹(こてつ)』を振るい、尊王攘夷派の志士たちを次々と斬り伏せた鬼の局長……。さぞや血の匂いを纏い、道場で部下たちに凄まじい檄を飛ばしているんだろうな」


​ビック氏は、新選組の屯所(八木邸)の奥座敷へと忍び込んだ。未来のステルス迷彩スーツを着ているため、門番をしている凄腕の隊士たちの目すら欺くことができる。


​「あが……あががが……ぐおぉぉぉ!」


​部屋の奥から聞こえてきたのは、気合いの入った剣の素振り音ではなく、何かが詰まったような苦しげなうめき声だった。


ビック氏が覗き込むと、そこには厳つい顔をした近藤勇が、鏡の前に正座し、自分の巨大な右拳を、無理やり大きく開いた口の中にねじ込もうとして涙目になっていた。


​彼こそが近藤勇。


イメージしていた血も涙もない鬼の局長とは程遠い、完全なる「明日の大宴会でスベらないために、身体を張った一発芸を深夜に猛特訓している宴会部長」の姿がそこにあった。


​「あ、あの……近藤局長?」


ビック氏が思わず声をかけると、近藤はビクゥッ! と飛び上がり、「ポンッ!」と良い音を立てて口から拳を引き抜いた。


​「だ、誰じゃお前は! 長州の密偵か!? それとも、副長の土方(歳三)の差し金か!?」


​「あ、怪しい者じゃありません。未来から来たビックと言います。あの……泣く子も黙る新選組の局長が、まさか裏でそんな『一発芸(拳を口に入れる宴会芸)』の練習で涙を流していたとは……」


​ビック氏が恐る恐る尋ねると、近藤はハァと深いため息をつき、顎の関節を痛そうにさすった。


​「未来の者か……。いいか、誰にも言うなよ。世間は俺を『新選組のトップ』と恐れておるがな、実権は全部、あの『鬼の副長』こと土方歳三が握っとるんじゃ! あいつが作った『局中法度(きょくちゅうはっと)』、マジで狂っとるんだぞ!」


​「『局を脱するを許さず(脱走禁止)』とかの厳しいルールですよね?」


​「そうじゃ! ちょっとでもルールを破ったら、土方のヤツはすぐに『はい切腹!』『はい士道不覚悟で切腹!』って言い出すんじゃ! おかげで屯所の中は常にピリピリ、離職率というか生存率が異常に低い、超絶ブラックな職場環境になっちまった!」


​近藤は涙目で訴え続けた。


「沖田(総司)も斎藤(一)も、若い隊士たちはみんなストレスで胃に穴が空きそうになっとる。だから、名ばかりの『温厚な局長』である俺が、宴会の席でこの巨大な口に拳を突っ込むという身体を張ったギャグを披露して、必死にガス抜きをしておるんじゃ! なのに最近、顎関節症(がくかんせつしょう)気味で拳がスムーズに入らなくてな……。ここで俺がスベったら、新選組は内部崩壊してしまう!」


​幕末最強の剣客集団を裏で支えていたのは、局長による「涙ぐましい顔面崩壊ギャグと、中間管理職としての圧倒的気配り」だったのだ。


​ビック氏はその凄まじいプロ根性に深く同情し、ポケットから未来のアイテムを取り出した。


「よし、これを使ってください。未来の『顎関節ケア用・超音波温熱マッサージ機』と、筋肉を極限まで柔らかくする『プロアスリート用・筋膜リリースジェル』です。それと……これ」


​ビック氏が差し出したのは、未来の「チタンコーティングスプレー」だ。


「近藤さんの愛刀の『虎徹』、実はそれ、ただの贋作(偽物)ですよね? 実戦で折れたら困るでしょうから、これを刀身にスプレーしておいてください。鉄パイプでも両断できる強度になります」


​「な、なぜ俺の虎徹が偽物だと知っている!? ……いや、それよりこのマッサージ機……す、凄いぞ! 顎の関節がジンジンと温まり、長年のコリがウソのように消えていく! 口が……信じられないほどスムーズに大きく開くぞ!」


​近藤勇の目が、かつてないほどの絶対的な自信に満ちてギラリと輝いた。


​「ビックとやら、大儀であった! これで俺の一発芸は完璧じゃ! 虎徹もこれで絶対に折れん! もう土方のヤツのブラックマネジメントも怖くないわ!」


​トントン、と部屋の襖が叩かれた。土方歳三の声だ。


「近藤さん。池田屋に不逞の輩が集結しているとの情報が入りました。直ちに出陣を」


​「よし、行くぞトシ!」


近藤は未来のジェルでツヤツヤになった顎を引き、完璧な「局長のドヤ顔」を作って立ち上がった。


​ビック氏がタイムマシンのボタンを押すと、彼の体は光に包まれ始めた。


​「恩に着るぞビック! 明日の宴会では、拳どころか両手を入れてみせるからな!」


​高らかに笑いながら愛刀(超強化済み)を提げて飛び出していった彼を最後に、ビック氏は現代へと帰還した。


​後に残された京都では、近藤勇が池田屋で凄まじい働きを見せ、彼の「虎徹」は激戦の中でもただの一度も刃こぼれしなかった。そして事件後の大宴会では、顎の滑りが最高潮に達した局長の「拳丸飲み芸」が大爆笑をさらい、新選組の士気はかつてないほどに高まったという。


​歴史の影には、中間管理職の涙と、未来の温熱マッサージ機があったのである。