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5分読み切りなので楽しんで下さい!

再構築の努力を地道に続けて半年が過ぎた頃。

季節は巡り、あの「春の雨の出会い」を思い出させるように、桜が街を薄紅色に染め始めていた。

​「健人さん、今日は結婚記念日だから、特別にフレンチを予約したの」

​両親が週末に子供たちをお泊まりで預かってくれることになり、僕たちは久しぶりに一晩、完全に二人きりの時間を過ごすことになった。

​ドレスアップした夏実は、あの見知らぬ香水ではなく、独身時代に僕が好きだった、ほんのりと甘い花の香りを纏っていた。その控えめな配慮が、僕の胸を静かに、そして深く打つ。

​落ち着いた照明のレストランで食事をしながら、僕たちはワイングラスを傾け、出会った頃のことや、不妊治療で苦しんだ日々のことを、穏やかな微笑みと共に語り合った。

「あの雨の日、健人さん、すごく緊張して震えてたよね」

「傘に入れてもらったのに、頭が真っ白で何話したか覚えてないよ」

​かつては傷跡が痛んで口にするのも辛かった思い出話が、今はようやく、純粋な愛おしさとともに蘇ってくる。

​ほろ酔い気分で自宅のマンションに戻ると、静寂が二人を包んだ。

子供たちの声がしないリビングは、少し広すぎるように感じられたが、決して冷たくはなかった。

​「……美味しかったね。健人さん、ありがとう」

ソファに座り、僕の肩にコテンと頭を預けてくる夏実。

その柔らかな温もりと、懐かしい甘い香りが、僕の中にずっと封印していた「男としての本能」と、狂おしいほどの情熱をゆっくりと呼び覚ましていく。

​「夏実」

僕は彼女の肩を抱き寄せ、その大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。

薄暗いリビングの照明の下、彼女の瞳もまた、潤んだ熱を帯びて僕を見つめ返しているのが分かった。

​言葉はもう必要なかった。

僕はゆっくりと顔を近づけ、彼女の唇に、半年ぶりとなる深いキスを落とした。

​「んっ……」

夏実の喉から、甘く掠れた吐息が漏れる。その声を聞いた瞬間、僕の中で理性のタガが外れ、彼女の細い背中に腕を回して強く、痛いほどに抱きしめた。

​「健人、さん……っ」

「夏実、愛してる……俺には、君しかいない」

​唇を離すことなく、僕は彼女を抱き上げて寝室へと向かった。

ベッドに倒れ込み、互いの衣服を急かすように解いていく。露わになった肌に触れるたび、以前とは違う、震えるような感覚が指先から伝わってきた。

​それは、ただの純粋な欲望だけじゃない。

一度は失いかけたこの温もりを二度と離さないという切実な祈りと、互いへの深い懺悔が入り混じった、狂おしいほどの情熱だった。

​「ごめんね……っ、健人さん、ごめんね……っ」

行為の最中、夏実は僕の首にすがりつきながら、何度も涙をこぼして泣きじゃくった。僕の背中に爪を立て、僕の存在を自分の魂の奥深くに刻み込もうとするように、激しく求めてくる。

​「謝らないで……っ、俺も、本当にごめん……夏実、好きだ……大好きだ」

僕も、気づけば涙が止まらなかった。

互いの涙と汗が混ざり合い、生々しい肌の熱が、僕たちの間にある不純物を、罪悪感を、すべて焼き尽くしていく。

​過去の過ちを消すことはできない。

他の誰かに触れられたという事実も、一生消えない傷跡として残るだろう。

しかし、その傷跡があるからこそ、僕たちは互いの痛みを芯から理解し、こんなにも深く、魂を削り合うように愛し合うことができるのだと知った。

「健人さん……っ、あぁっ……!」

「夏実……!」

​甘く深い絶頂と共に、僕たちは完全に一つに溶け合った。

荒い息を整えながら、汗ばんだ彼女の体を強く抱きしめる。夏実は僕の胸に顔を埋め、安堵したように静かに微笑んでいた。

​嵐が過ぎ去った後の、焦土のようだった僕たちの寝室。

そこに再び灯った情熱の火は、かつての若く青い炎ではなく、これから先どんな逆風が吹いても決して消えることのない、赤く、静かで、そして途方もなく力強い炎となっていた。

​僕たちはついに、本当の意味で「夫婦」として、ゼロからの再出発を遂げたのだった。