短編小説 | ビックの部屋

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私は花火。正確に言えば、熟練の花火師が半年かけて丁寧に作り上げた、直径30センチの「尺玉(10号玉)」だ。


​何重にも貼られた頑丈なクラフト紙の殻の中に、夜空を彩る「星」と、それを吹き飛ばす「割薬(わりやく)」がギッシリと詰まっている。普段は火工所(かこうしょ)の薄暗く涼しい火薬庫の中で、出番の夏を静かに待っている。


​私の花火生において、最高にハイで誇らしい瞬間。それは何と言っても、打ち上げ筒から大空へ放たれ、夜空で巨大な花を咲かせる瞬間だ。


「点火!」の合図とともに、ドンッ!という腹の底を揺らす音で筒から押し出され、上空330メートルまで一気に駆け上がるあの猛烈な疾走感。そして導火線が割薬に達した瞬間、夜空に直径300メートルもの巨大な「黄金しだれ柳」を咲かせる。


ズドォォォン!という轟音とともに、地上で見上げている何万人もの人間たちの「たまやーっ!」という歓声と拍手を一身に浴びる。たった5秒間の儚い命だが、自分が世界の夜を完全に支配し、全員の心を一つにするあの圧倒的なカタルシスは、何物にも代えがたい究極の芸術なのだ。


​しかし、夜空のスターである私には、常に絶望的な恐怖と理不尽な悲哀が隣り合わせでもある。


​私が最も恐れ、憎んでいるもの。それは「湿気」と「雨」だ。


私たち花火にとって、水分は死を意味する。もし打ち上げの前に雨水が染み込んだり、導火線が湿ったりしたら最悪だ。筒から上空まで打ち上げられたはいいものの、爆発できずにそのまま落ちていく「不発弾」になる恐怖。


あんなに観客の期待を煽っておいて、ただの重くて危険な火薬と紙の塊として、ヒュルルル……と無様に落下していく屈辱たるや、割り箸の斜め割れや、スプーンの米粒放置の悲劇など生ぬるいと断言できる。落ちた後は、防爆スーツを着た警察に回収され、地面の穴の中でひっそりと爆破処理されるという、花火としての尊厳を粉々にされる最期が待っているのだ。


​さて、そんな栄光と恐怖を胸に抱えていた、ある夏の夜のこと。


絶好の晴天。微風。最高のコンディションの中、私は県内最大の花火大会のフィナーレを飾る「特大スターマイン」の主役として、打ち上げ筒に装填された。


​(さあ、いよいよだ! 世界の夜空よ、私の黄金の輝きを目に焼き付けるがいい!)


​ドンッ!!


凄まじい衝撃とともに、私は勢いよく夜空へ飛び出した。ぐんぐんと高度を上げ、風を切る。頂点に達し、空中でピタリと静止した瞬間。私は全身の力を込め、爆発のスイッチを入れた。


​……プスッ。


​(えっ?)


なんということだろう。装填する直前、夏の暑さで親方の額から落ちた「一滴の汗」が、私の導火線の根元にピンポイントで染み込んでしまっていたのだ。私の命の火は、割薬に届くほんの数ミリ手前で、無情にも消え去ってしまった。


​「う、嘘だろおおおおおっ!?」


​私は巨大な花を開かせることなく、真っ暗な夜空から猛スピードで自由落下を始めた。眼下には、花火会場から少し離れた、山奥の高級温泉旅館が見える。


私はそのまま、旅館の自慢である「絶景大露天風呂」のど真ん中へと、強烈な水柱を上げてダイブしてしまったのだ。


ザッパーーーン!!


​(ああ、終わった……。誰にも怪我をさせなかったのが唯一の救いか。私はこのまま濡れたゴミとして回収されるんだ……)


私はお湯の底で絶望し、静かに溶けていくのを待った。


​しかし、奇跡は起きた。


私の中には、色鮮やかな光を放つための「星(金属の粉末)」と、爆発するための「黒色火薬」が大量に詰まっている。そして黒色火薬の主成分は、硝石、木炭、そして『硫黄(いおう)』なのだ。


​熱いお湯の中で私の紙の殻がふやけて破れた瞬間、強烈な硫黄の成分が一気に露天風呂全体に溶け出したのである。さらに、赤(ストロンチウム)や緑(バリウム)に光るはずだった金属の粉末も、お湯の成分と奇妙な化学反応を起こし始めた。


​「おっ、なんだこれ! 急にお湯が白濁して、ものすごくいい硫黄の匂いがしてきたぞ!」


​露天風呂に浸かっていた宿泊客のおじさんたちが、急激な水質の変化に歓声を上げ始めた。


「それに見てみろ、お湯が月の光に反射して、赤や緑にオーロラみたいに輝いてる! こんな凄い温泉、見たことないぞ!」


​現在、私は夜空にはいない。


高級旅館の露天風呂のお湯と完全に一体化し、効能バツグンの「超特濃・極彩色サイケデリック硫黄泉(天然ド派手入浴剤)」として、第二の人生を送っている。


​もはや轟音を響かせることも、大輪の華で夜空を支配することもできない。それは少し寂しい。


しかし、不発弾として忌み嫌われ、暗い穴の中で処理されるはずだった私が、お湯の中で静かに成分を咲かせ、おじさんたちの肩こりや腰痛を芯から温めて癒やし、「いやぁ、最高の名湯だなあ」と大絶賛されているのは、夜のスターだった時代とは違う、じんわりとした温かい喜びに満ちている。


​ただ一つだけ問題があるとするなら。


お湯に大量の「火薬の木炭」と「金属成分」が溶け込んでいるため、お風呂から上がったおじさんたちの体が、まるでジャングルでの過酷な任務を終えた特殊部隊員のように真っ黒に染まり、さらに暗闇に行くとストロンチウムの効果でうっすらと赤や緑のネオンカラーに発光してしまうことである。


「光る美肌の湯!」として若者の間でSNSで大バズりして旅館は連日満室になっているが、いつ保健所の水質検査が入って成分のカラクリがバレるかと、私はお湯の底で密かにヒヤヒヤし続けている。