ビック氏は、一分一秒を惜しんで働く男だった。
「時間は金だ。いや、私のような『ビッグな男』にとっては、時間は金以上の価値がある。移動時間などというものは、人生における最大の無駄遣いだ」
そんな彼が、出張先の見知らぬ街で、風変わりなレンタカーショップを見つけた。
店構えは古臭いが、看板には最新式のフォントでこう書かれていた。
『瞬間レンタカー――目的地は、すでにあなたの後ろにある』
ビック氏は興味を惹かれ、店に入った。カウンターには、事務的な微笑を浮かべたアンドロイドのような男が立っていた。
「いらっしゃいませ。当店の車は、従来の移動概念を覆す『プロセス・スキップ機能』を搭載しております」
「ほう、それはどんな機能かね?」
「簡単です。車に乗り込み、行き先を入力してスタートボタンを押すだけです。すると、道中の退屈な運転時間はすべてカットされ、瞬時に目的地へ到着した状態になります」
ビック氏は感心した。
「素晴らしい! 渋滞も、信号待ちも、景色の変化に付き合う必要もないというわけか。これこそ、私のような多忙な人間にふさわしい」
ビック氏は、最新の高級セダンを借りることにした。
車内は驚くほど静かで、ハンドルもペダルもない。ダッシュボードにあるパネルに、彼は次の商談相手が待つ「市内最高の高級ホテル」と入力した。
「さあ、私の貴重な時間を節約してくれたまえ」
ビック氏がスタートボタンを指で押した。
――カチリ。
次の瞬間、ビック氏はホテルのエントランスに停車した車の中にいた。
時計を見ると、ボタンを押してから一秒も経っていない。しかし、窓の外を見ると、太陽の位置は明らかに変わり、街の空気も夕方のそれに変わっていた。
「驚いた。本当に一瞬だ。……だが、少し体がだるいな。長旅をした後のような疲れがある」
商談は大成功だった。ビック氏は調子に乗って、その後の予定もすべてそのレンタカーでこなすことにした。
「次は自宅へ」「次は別の街の視察へ」「次はバカンスのビーチへ」
彼はボタンを押すたびに、望む場所へ、望む結果へと「ワープ」した。
煩わしい交渉、準備、移動、それらすべてのプロセスを「無駄」としてスキップし続けたのだ。
彼はわずか数日のうちに、数年分に相当する仕事をこなし、名実ともに業界の頂点へと登り詰めた。
しかし、ある時、ビック氏は重大なことに気づいた。
鏡に映る自分の顔が、ひどく老け込んでいるのだ。髪には白いものが混じり、肌には深い皺が刻まれている。
彼は慌ててレンタカーショップへ引き返した。
「おい! この車はどうなっているんだ。私はまだ四十代のはずなのに、これではまるで老人のようじゃないか!」
店員は、相変わらず無機質な声で答えた。
「お客様、何か勘違いをされているようですね。当店の車は『時間を消去』するものではありません。単に、目的地に到着するまでの意識を『スキップ』させているだけなのです」
「……何だと?」
「物理的な体は、目的地にたどり着くまでの時間を、通常通りに消費しています。あなたがボタンを押すたびに、あなたの肉体は数時間の運転をこなし、数日の旅を続け、それ相応の加齢を重ねてきたのです。あなたはただ、その間の記憶を『無駄だ』と判断して、自ら捨て去ったのですよ」
ビック氏は震える手で、自分の手首を見た。
そこには、スキップし続けた数々の「プロセス」の代償として、枯れ木のように痩せた皮膚があった。
「私は……私は、ビッグな成功を手に入れたかっただけだ! そのための時間を節約したかっただけなんだ!」
「ええ、お望み通り、あなたは最短距離で頂点にたどり着きました。……さて、次のお貸出しはどうされますか? このまま『人生の終着点』までスキップなさいますか? そちらのボタンを押せば、死の恐怖も病の苦しみも、一切感じることなく到達できますが」
ビック氏は、返事をすることができなかった。
彼が節約したかった「無駄な時間」とは、実のところ、彼が生きているという実感そのものだったのだ。
彼は、もはや重くなった足を必死に動かし、店を逃げ出した。
だが、店の外に広がっていたのは、彼がスキップし続けたせいで、何一つ思い出のない、見知らぬ「未来の街」の光景だった。