カルマは罰でダルマはご褒美?

 

簡単に言うと、人類にとってカルマはネガティブな行為によるネガティブな結果で、ダルマはポジティブな行為によるポジティブな結果です。

 

しかしここでは、もう少し広い視点で見てみましょう。

 

宇宙には、その均衡を保つための法則が存在します。したがって宇宙で起こるすべての事象は、それらの法則と関係があり、カルマとダルマも例外ではありません。

 

「二元性の法則」は、全ての物事が「善と悪」「陰と陽」「光と影」のように、対立する二つの要素で成り立っているという考え方ですが、カルマとダルマも対極にあってバランスを保っています。

 

また「循環と繰り返しの法則」によって、人は繰り返し新たな肉体を与えられて似たような人生を繰り返し、過去世での行為の結果として、カルマやダルマが作用します。

 

 

 

宗教では、生前の行いを裁く閻魔大王がよく知られていて、嘘をついたものは舌を引っこ抜かれるなんていう話もあります。

 

しかし実際はそんなおっかない閻魔様ではなく、聖なる法廷の42人の裁判官が行います。彼らは人々の善行や悪行、美徳やエゴを天秤で計り、その人が次の人生で目覚めるために必要なものを与えます。

 

それが、カルマとダルマです。

 

したがって、ネガティブだから悪くてポジティブだから良いと言う単純なものではありません。これは人間の捉えかたの問題です。

 

たとえば若くしてガンのよう重い病気に罹った人がいます。一見とても不幸なことです。「なぜ自分がこんな苦しい思いをしなければならないのか」と考えるでしょう。それでも病と戦って、後に大きな気づきを得て同じように苦しんでいる人々を助ける事で幸福になる人がいます。

 

また大金持ちの家に生まれ才能にも恵まれた人が、悲しみに暮れて自ら命を絶ったりもします。

 

現実には不運も、幸運も、偶然も、不公平も存在しません。起こった出来事をその人がどう捉えるかによって、良くも悪くもなるのです。

 

カルマは悪い事として捉えるべきではありません。犯した間違いによる苦しみやマイナスな結果は常に魂の向上、成長、学びにつながるからです。

 

ダルマによって与えられたものも当たり前とは思わず、他人の幸せのために利用できると良いでしょう。

 

言うのは簡単です。

 

でもそういう真理を少しでも理解していれば、あるとき自分の身に何か起こった時に、「あっこれか」と気づくことができ、人生を修正していけるかもしれません。

 

私たちの人生において起こる全ての出来事には理由があり、全てはカルマとダルマの法則によって管理、コントロールされているのです。

 

 

 

 

 

 エゴを手放すべき?

 

エゴはエッセンスの対極にあるもので、思考、感情、ネガティブな行動によって表現されるネガティブなエネルギーの集まりです。

 

源から出た時、善や完璧を知るために、私たちの魂はエゴを受け入れました。なのでエゴは本来の私たちではなく、目覚めのプロセスに使うツールです。

 

色々なスピリチュアル系のテーマを発信している人がいて、その中で「エゴを受け入れましょう」「エゴと共存しましょう」という言葉をよく見かけます。

 

もはやエゴは私たちの一部であることは間違いありませんが、「受け入れて共存する」と言うのはどうでしょう。

 

「自分にエゴがある事を受け入れる」ことはとても大切なことですが、共存し続けると、ネガティブな思考、感情、行動に支配されてしまい、いつになっても目覚めることはできません。

 

たとえば、いつも何かに腹を立てて攻撃的な人や自分は不幸だと感じていつも愚痴を言っている人がいます。そう言う人は無意識的にその状態を楽しみ、そう言う自分が好きだとさえ思っています。

 

でもそれって真の幸福と言えるでしょうか。

意識が眠り、エゴに支配、操作されているのではないでしょうか。

 

エゴに対するさまざまな考えがある中で、ここで書くことは私の考えです。

 

エゴは排除しなければなりません

 

自らエゴを受け入れておいて今度は排除するために頑張らなければならないなんて、普通に考えると無駄な動きしてますよね。

 

光を知るためには闇を知らなければならない。

上るためには一度下らないとならない。

 

こういう宇宙の法則があるのです。

 

何万年もかけて私達は大きな7つのエゴを持つ現在の状態に行きつきました。

 

それは、怒り、強欲、嫉妬、傲慢、怠惰、暴食、色欲です。ご存知のとおりキリスト教では7つの大罪として知られています。

 

それぞれのエゴはもっと細かく分かれて、私たちのエッセンスがそれらによって縛られています。

 

宇宙の多くの人類も、戦争、貧困など、私たちと同じ経験をしてエゴを受け入れるプロセスを踏んできました。すでにそれを克服して、霊性が高いレベルに達しているものもいれば、種族によっては文明を自己破壊したものも存在します。

 

残念ながら私達はその種族と同じような道を進み、戦争が私たちの文明を終わらせる寸前まで来ているようです。

 

私達はエゴの言いなりになって生きることが好きで、それは非常にネガティブな結果を引き寄せるでしょう。

 

私たちのエッセンスは宝石の原石のようなものです。

それぞれの原石自体も十分に美しいものですが、周りにへばりついている余分なものを削って磨いていけば、光り輝く美しい石となります。

 

それが私たちの本来のあるべき姿なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は死んだら終わり?

答えから言うとNoです。

 

いわゆる死とはエッセンスが肉体を交換するためのもので、次の人生を始めるために今までのステージを終わらせるプロセスです。

 

地球のほとんどの人は、死んだら終わりと考えているため、死は怖い、悲しいというネガティブなイメージを持っていると思いますが、これは肉体への執着かもしれません。今一度、私たちは肉体ではなく魂であると認識した方が良いでしょう。

 

しかしこの3次元の住人である限り、肉体の死はいつか訪れます。

 

輪廻転生のブログで、人は324000回の人生を与えられていると書きましたが、私達の問題は、意識が眠っていることで過去世を思い出せないことです。

 

せっかくやり直すチャンスをもらっているのに、同じ過ちを繰り返すことを避けることができずに再度同じ問題で苦しむことになってるんです!

 

私達は前の人生の悪い行いによるネガティブな結果や、良い行いによるポジティブな結果によって同じ人達と出会い、彼らとまた同じシチュエーションを生きることになります。

 

たとえば過去世で、喧嘩、死のようなひどい結果をもたらす人と出会ったとします。でも覚えていないので、また同じ過ちを犯してしまうかもしれません。

 

ではどうしたら良いのでしょうか。

 

それはエゴを手放すことです。

 

エゴとは全てのネガティブな思考や感情ですが、自己観察を一瞬一瞬していれば、怒りのエゴが出てきた時に気づくはずです。そして相手を殴りたい気持ちを堪えて意識的に問題を回避できるのです。そうすれば、今まで繰り返された間違いのループから脱することができ、それと同時に私たちに降りかかるカルマを避けることができるのです。


1秒1秒を意識的に生きることは簡単なことではありません。

でもやってみる価値はありそうです。

 

これが私たちに用意された目覚めるためのトレーニングだと思いませんか?