エゴを見つけたらすること

 

心を鎮める方法、あるいは抑制する方法、さらにはエゴを忘れる方法など、現在はインターネットや書籍などでたくさん紹介されているのを目にすることができます。

 

しかし残念ながら、それらは私達の思考、感情、行動から完全にエゴを取り除くというものではありません。

 

エゴを手放すと言うことは基本的には魂の目覚めを促すためのものです。

 

従って霊的目覚めのためには、単純にエゴを抑制することではなく、エゴをきちんと処理して排除しなくてはなりません。当然それは簡単にできることではなく、人はエゴに面と向かって戦うために多くの努力、犠牲、意志の力が必要となります。

 

スピリチュアルマスターであるV.M.ラボルはこのワークを「生きながらの死」と表現しました。

 

「死」という言葉を使うと何やら物騒なイメージですよね。でもそれは肉体の死ではなく、エゴという自分のネガティブな部分の死です。

 

つまり生活の一瞬一瞬において自己観察をしながらエゴを手放すワークを実践し、それまでの自分(エゴ)が死ぬことで、その都度新しい自分が生まれるということです。

 

エゴ手放す方法は、呼吸法を組み合わせたり、エゴを丸い塊に見立てて遠くに投げるなど、自分に合った方法を試してみると良いでしょう。

 

ただ一つだけ、とーっても大事なことをこれに追加してください。

 

それは、エゴを排除する際に聖なる母(内なる母)に祈ることです。

祈る方法は非常に簡単で、次のように頭の中で行います。

 

「聖なる母よ、このエゴを取り除いてください」

 

ここまで引っ張っておいて、それだけ? 神頼み? と思うかもしれませんが..........

 

実は私たちのエッセンスにエゴを手放す、あるいは排除する力はありません。あるのは「エゴを排除したい」という意志だけです。

 

そのため高次のエネルギーが必要不可欠なのです。


聖なる母は主にエゴを手放すために助けてくれるエネルギーです。そして私達の内なる自分でもあるため、これは内なる自分と繋がるワークでもあります。

 

 

聖なる母に祈ることをせずに無理矢理エゴを抑制した場合、一見抑えられた様に見えても、痛みの原因を解決せずに痛み止めで症状を抑えただけのような状態になります。それだと病気そのものは治せませんよね。

 

エゴが毎日のように思考や感情を使うことを許すことによってエゴは成長し、それを繰り返すことで強くなっていきます。

 

大事なのは、どんなスピリチュアルマスターも、霊能者も、宇宙人も、あなたのエゴを消すことはできないということ。繰り返しますが、エゴを排除できるのは、あなたの意志と聖なる母の力を合わせた時だけです。

 

今の自分を変えたい、心の平穏が欲しい。

 

そんな心の声が聞こえたら、それは内なる存在が「やってごらん」ってメッセージを送っているのかもしれません。

 

はっきり言います。簡単なことではありません。

 

同じエゴがモグラ叩きゲームのように何回も繰り返し出てきます。

 

数ヶ月で手放す事ができる小さいエゴもありますが、何年もかかるものもあります。

 

全ては過去世から引き継がれてきたエゴの強さによるのです。

 

 

 

 

 

自己観察が第一歩

 

エゴは私達の心理を構成する全てのネガティブなエネルギーの集合体です。それが、個人の不幸だけではなく、戦争、飢餓、貧困などの私達の世界に存在する不幸の原因となっています。

 

なぜなら私たちが見ているこの世界は、私たち一人一人の内面を写した鏡のようなものだから。

 

 

ネガティブな考えが私達の頭の中でぐるぐると回っているとき、またネガティブな感情がみぞおちの辺りを重苦しくするとき、それらのエネルギーがエゴに栄養を送っています。

 

そしてネガティブな言動によって私達が間違いを犯すと、同じくエゴは栄養を与えられ、同時にカルマを生み出すことになります。

 

すべての人間は怒り、強欲、嫉妬、傲慢、怠惰、暴食、色欲の7つの主要なエゴを全て持っていて、そこからさらに細かなエゴが派生しています。

 

それでは、私達はどのように自分のエゴをコントロールすれば良いのでしょうか。

 

人がエゴを手放すことを始めるための条件の一つは、エゴの存在を受け入れ、それがどういうものかを知ることです。

 

そこで「自己観察」と呼ばれるワークが必要になります。

 

エゴは私達を構成する一部であるため、それを知ることは自分自身を知ることでもあります。

 

実際のところ、人々は思っているほど自分のことをよく知りません。自分自身を深く知るためには私達の潜在意識の中にどのようなタイプのエゴが存在しているのかを知ることが不可欠です。


例えば「私にはエゴなんてありません」という人がいますが、その人は気づいていないだけか、受け入れたくないのだと思います。

 

ちょっと人がぶつかってきただけでイラッとしたり、まだ起こっていないことが無性に心配になったり。

 

常に自分の思考や感情を観察していなければ受け流してしまうようなものもたくさんあります。

 

ではどのように自己観察を進めていけば良いでしょうか。

 

まず起床時から注意深く自分の思考を観察してみましょう。すると目覚めた瞬間から思考は多くの事を考えていることに気づき、そこでたくさんのエゴの活動をみることが出来ます。

 

そして1日を通して、家族や友人、職場の人との交流時の様子や、目や耳から入る情報に対して起こる心の動きを観察すると良いでしょう。

 

また夜には、まるで映画を見るようにその日の色々な場面を思い出しながら1日の分析を行うことが出来ます。注意点は、感情を追体験するのではなく傍観者のように見ることです。

 

そうすることで、自分の人格を特徴づけるエゴに気づくことができるでしょう。

 

 

 

 

 

 

私たちが繋がっているもの

以前のブログで、自ら経験を選んだ魂が「源」から飛び出して、魂の旅を始めるというお話をしました。それはモナドという塊ですが、それが後に聖なる父(内なる父)、聖なる母(内なる母)、内なるキリストという3つのエネルギーに区分されます。

 

聖なる父は創造主の男性エネルギー、聖なる母は創造主の女性エネルギー、キリストは創造主のキリストというエネルギーです。

 

その後その3つのエネルギーに分かれた塊は、さらに双子の魂、ハイヤーセルフ、守護天使、人間の魂などに分かれますが、元はその3つのエネルギーから生まれたので、私たちは常にそれらと繋がっています。

 

 

何千年にも渡って魂は、源から離れて様々な異なる次元を通過し、スピリチュアルな部分をそこに残してきました。最終的に私達が持つ唯一の魂は、小さな魂のかけらであるエッセンスという部分です。

 

エッセンスは源から離れるに従って多くを忘れてしまいました。

 

高次元に残してきた内なる存在の部分を思い出すことができないので、それが魂の孤独を引き起こして苦しみの原因となっています。

 

特に理由はないのに、空を見て悲しくなったり、孤独を感じたりすることはありませんか?

 

それはエッセンスが孤独を感じ、残念なことに内なる父と母がいることさえ知らず、彼らから切り離されているからです。

 

さらに残念なことに、人は自身のエッセンスが持つ霊的繋がりの存在に気づかない時、エゴのみと繋がります。

 

 

私達はエッセンスという魂のかけらによって、高次元に存在する私達自身の一部と再び繋がることができることを思い出す必要があります。

 

実は私たちはその回線をうまく繋げていないだけなのです。

 

完全に切っちゃっている人もいますが、これではいつまで経っても、孤独感、閉塞感、不幸感からは抜け出せません。

 

目覚めのプロセスを始めたい人は、まず内なる父と内なる母と繋がりましょう。準備された呪文を唱えたり、神秘主義グループや宗教団体などに属する必要はありません。


なぜ目覚めのプロセスを始めるために内なる存在と繋がる必要があるのかと言うと、エゴを手放したり、マインドフルネスで生きるためには、内なる父と母の助けが必要だからです。

 

ここで、じゃあ内なるキリストって何?って思いますよね。

 

内なるキリストはもっともっと霊的レベルが上がって、最後のエゴの根っこをやっつけるときに必要となります。そう簡単にはそこまで到達できないので、当面は内なる父と母が大切な存在となります。

 

毎日、就寝時と起床時に内なる父と母に自分の言葉で語りかけてください。

 

そうすれば私達は彼らと常に繋がりを保つことが出来、直感や夢、その他の色々な媒体を通して私たちに語りかけてくれるでしょう。