今回から作詞家列伝という企画を始めることにした。
ヴォーカリスト列伝、ギタリスト列伝、ベーシスト列伝、などはよく見る。
作曲家列伝、というのもあるかもしれない。
プロデューサー列伝、というのはある。
しかし作詞家列伝というのは、あったろうか。
不勉強なもので、私は知らない。
そこで私がやることにした。
とりあえず、私のお気に入りの/尊敬している/影響を受けた作詞家たちを紹介していく。
~~~
第一回は、北山修だ。
北山修。1946年生まれ。ベーシスト、作詞家、精神科医。
こうして並べてみると謎の肩書きだ。
「精神科医、作家」とかなら、よく見る。
北杜夫、なだいなだ、香山リカ、斎藤環etc.
しかし、ベーシスト、作詞家、ともなると、そう、いない。
「あの素晴しい愛をもう一度」という歌をご存じだろうか?
北山修はこの歌の作詞者である。そして、サイドボーカルも取っている。
「赤とんぼの」ではじまる2番アタマは、彼のソロ歌唱である。
他にも「戦争を知らない子供たち」や「風」など、一世を風靡した歌の作詞を手がけている。
さて、なぜ、精神科医がこんなヒット曲の作詞を手掛けているのか?
まあ……、どちらかというと、ヒット曲の作詞家が精神科医になった、
といった方が時系列としては正しいかもしれない。
~~~
もともと、彼はフォーク・クルセダーズ(フォークル)というバンドのベーシストだった。
このバンドは全員が歌うので、ヴォーカルでもある。
当時北山は医大生だった。
趣味として加藤和彦、はしだのりひこらとともにフォークルというバンドを組んで、活動していた。
地味~に活動していたのだが、そろそろ解散するかと
「帰ってきたヨッパライ」を発表したら、これが大ヒット(ちなみにこの曲は北山の作詞ではない)。
学生なのでということで、一年の期間限定で活動を開始。
山のようなヒット曲を残し、約束通り一年後に解散した。
その後、北山は大学院に進み、表立った活動はしなくなるが、
ときどき歌詞を提供したり、偽名でバンドを組んだりしている。
2006年の一夜限りのフォークル再結成では久々に人々の前に姿をあらわし(一応サングラスで変装していた)、演奏にも加わった。
医者としても順調に活動し、精神分析の世界ではそれなりに有名な人物のようである。
著作も何冊か読んだが、精神科医でありながらカウンセリングも重視する姿勢のようだ。
最近はあまり見られなくなったタイプの精神科医のように想う。
アカデミック・キャリアとしては九州大学の教授をつとめ、昨年退官した(ちなみに退官記念講演ではなく、退官記念コンサートが開かれた)。
~~~
まあ、北山の経歴については私がくだくだと説明するのも野暮だろう。
私よりも詳しい人もいるだろうし、ネットで調べればわかる話である。
ここからは個人的な、見解を書こう。
~~~
北山には、個人的には、かなりシンパシーを感じている。
私はバンドではベーシストで、作詞家だ。
ギタリストのもってきた曲に詞を書いて、まあ、ダメだしされたりしている。
つまり、バンドの中での立ち位置が、北山に近いと思うのだ。
さて、そんな私の視点から北山について見ていこう。
まず、ベース(えっ、作詞家列伝なのに? まあ、いいではないか)。
そんなに、上手くない。
ウッドベースを弾いているときと、アコベを弾いているときがある。
エレキベースを弾く姿は見たことがない。
基本、ルート弾きだ。アコベのときは、親指弾き。
リズム感にも、取り立てて見るべきものはない。
たまにギターを弾いていることがあるが、これも普通だ。
アコギコード弾き。それも一人で弾くことはなく、たいていバックでも弾いている人がいる。
北山の音はあまり聴こえない。
そして歌唱。
これは、かなり評価できる。
リズム感は独特で、音域も狭いのだが、
低音域での音の伸びは素晴らしいものがある。
私は彼の歌が、けっこう、好きだ。
~~~
そう、作詞の話だった。
元々、彼はプロの作詞家ではなかった(もしかしたら、今も違うのかもしれない)。
フォークルの歌も、メインの曲は有名な作詞家、詩人に外注して、
お遊び程度の歌は外注せずに、メンバーの北山が作詞するというスタンスだったように思える。
ところが北山の作詞は、めきめきと向上していく。
それはそうだろう。
サトウハチロー、寺山修司、五木寛之といった、そうそうたるメンバーの書いた詞のB面に
自分の詞が収録されるのだ。
下手な詞は書けないというプレッシャーもあっただろうし、
大物詩人たちの書いた詞から学んだことも多かっただろう。
そしてフォークル解散後、彼のもとには様々なバンドから作詞の依頼が来るようになるのである。
~~~
北山の作詞は、素直なことが特徴だ。
平和な日々の美しさ。
それは例えば、空が青いとか、花がかわいらしいとか、夕焼けが切ないとか、
そんな何気ないことなのだが、
それを素直に歌いあげている。
若者の歌もあるが、これも素直だ。
時代のせいもあるのかもしれないが、未来への希望をなんの屈折もなく、歌っている。
悲しい歌でも、北山の歌う悲しさはストレートだ。
なんというか、スレていない、純粋な悲しさなのだ。
加藤は北山のある詞を見せられたとき、「こんな恥ずかしい詞に曲なんかつけられるか」
と突き返したそうだが、まあ、そういう、まっすぐさがあるのである
(ちなみにその詞には、後に杉田次郎が曲をつけて発表した。「戦争を知らない子供たち」である)。
~~~
私は北山の詞は、大好きだ。
聴いていると、澄んだ空の下で昔懐かしい日本の風景を見ているような、感覚に包まれる。
だから北山は、好きな作詞家ではある。
だが、影響を受けたかというと、私は北山の影響下で詞を書いたことはないように思う。
というのは、北山のような純粋な詞は、私には書けないのだ。
それは私個人が不純だとか、そういうことではなくて、たぶん、時代の問題なのだろうと思う。
北山の時代と比べて、今の時代は、良くも悪くも、人がスレてしまっている。
私もそうだが、聴き手もそうだ。
純粋な幸せや悲しみを歌っても、人はそれを、生活感のない、絵空事のように感じてしまうのだ。
~~~
だから私は、北山の詞を自分の作詞の参考にはしない。
それでも北山の詞は好きだし、
彼のやっているラジオ「きたやまおさむのレクチャー&ミュージック」は、毎週欠かさず聴いているのだ。
~~~
ついでに書いてしまえば、北山修のようになりたい、と思うことがある。
ミュージシャンとして歴史に残るようなバンドで活動し、
作詞家として数々の名曲を手がけ、
さらには医者としても成功をおさめ、
社会的地位も手に入れた。
今では仕事に忙殺されることもなく、
充実した日々を送っている。
精神科医としてしか北山を知らない人は、
「えっ、北山さんって精神分析で有名な精神科医でしょ? ミュージシャンだったの?」
と言うらしい。
私もいつか、こんなことが言われてみたい、などと思うことがあるのだ。