my fuck'in daze -6ページ目

10 YEAR -episode3-


ちょうど10年前ぐらい前の変な写真を発見笑




と、いうわけで少し間が空いてしまいましたがepisode3です。最近は缶詰状態で曲を書いていて気がついたら全開の更新からだいぶ空いてしまいました!今回も長いですがどうぞ!本気でバンドをやろうと思ったきっかけのお話です。




10 YEARS -episode3-

無事バンドを組んではみたものの何をして良いか全く分からない。そこで、とりあえず好きな曲をいくつか上げていって、それぞれ家で練習してこよう、ということになった。その時に選んだ曲は相変わらずラルクやGLAYなどの、J-POPが中心だった。素人の高校生4人には少々難しいバンドばかりなのだが、そんな事を知るはずもないので楽器屋でスコアを買い、おのおのが練習した後にスタジオに入ろう、ということになった。初めてスタジオに入る!その事に内心かなりわくわくしていたのだが、残念なことにオレの人生初のバンドはただの一度もスタジオに入ることなく終わりを迎える事となる。
「手が小さ過ぎてFが弾けねぇ。」
という衝撃的な理由により、川田 脱・退!!残された3人の熱も次第にトーンダウンしていき、名もなきこのバンドは自然消滅的な感じでいつしか終了した。時間にしてせいぜい2ヶ月ぐらいの命だった。トクさんの家にどんなドラムセットがあったのか、それ以前にそもそもあいつは本当にドラムが叩けたのか?今となっては確かめようもない。



バンドが終わってからも相変わらずオレとマニはしょっちゅう遊んでいて、音楽の話ばかりしていた。いつかもっかいちゃんとしたバンドがやりたいな、という話をしていたものの具体的な行動に移る事も無く、普通の高校生活が流れていった。そんなある日、高校生活初の文化祭がやってきた。正直オレのクラスが何の出し物をしたのか、全く覚えていないが、そんなこと以上の衝撃がオレを待っていた。同級生の3ピースバンドが文化祭でライブをやるらしい、という噂がオレの耳に回ってきた。そういえばバンドをやると言いつつ、オレは生の演奏という物を生まれて一度も聴いたことがないぞ、という事に気付いたオレはマニと一緒に観に行くことにした。

彼らは生徒の投票によって選出された、学年で一番のイケメンがボーカルを務めるバンドで、それはそれは見栄えも良く、また高校生にしてはかなり楽器の演奏力も高い上に高校の近くの町田にあるライブハウスにもよく出演しているという。当時のオレにとってはライブハウスに出演している、ということ自体がもう信じられない事で、もう半分プロじゃん!!と思っていた。そんな彼らのライブがあるという事で、多目的ホールに集まった学校中の連中と、体育座りでライブの開演を待った。位置は確か最前ぐらいだった気がする。ステージがある部屋ではなかったので、観客は自然とみな座ってライブを見ることになった。ギター、ベース、ドラムのシンプルな編成の3人が登場した。そしてそれぞれが位置につくと、何を喋るわけでもなく、いきなり全員で1発目の音を鳴らす!!

その時、オレの中に衝撃が走った。生のコンサート自体をロクに見た事がなかった高校生にとって、目の前で鳴らされる生楽器の爆音は凄まじい衝撃だった。ギター、ベース、ドラムというたった3つの楽器の音が鳴っているだけなのに、それがまとまって爆音で放たれた瞬間のそのインパクトは、今まで自分の中にあったありとあらゆる価値観全てを問答無用で変えてしまう程の「何か」だった。目の前にいる威風堂々とした3人はオレの普段知っている3人ではなく、遠い星からやってきたロックスターそのものだった。

この時の1発目の音がオレの人生を変えた。あの瞬間、バンドの事しか考えられない頭になった。




続く


10 YEARS -episode2-


オレを音楽の世界に引きずりこんだALL OFF初代ベーシスト・マニ




と、いうわけでepisode2です!!


毎度の事ながら長いです。結成から10年、という事で、バンドの歴史を振り返るという趣旨のもと、徒然なるままに書いてます。興味とお時間ある方は是非お楽しみ下さい。今回は初めてバンドというものを組んでみた高校生の頃の話。







10 YEARS -episode2-

先のカラオケで手応えを得たオレは、それからはよくカラオケの誘いに乗るようになった。中学生活も終わり、高校生活が始まる頃にはすっかりオレのカラオケ好きは定着していて、しかも「あいつは歌だけは割と上手い」という評価を貰えるオマケ付きだった。



4月になり、いよいよ高校生活がスタート。いじめられっこだったオレの高校に求める条件は、とにかく「心穏やかに過ごせるならどこでもいい」という一点だけで、まるで安息の地を求めるかのようにそれまで通い慣れた横浜市内のエリアを離れ、都内の私立高校に入る事を志望した。正に心機一転、人生のやり直しをかけた高校受験だった。幸いな事に、幼少時から小学校高学年くらいまでずっと海外生活だった事もあり、唯一、英語だけは出来たので、その唯一の武器を生かしてその志望していた高校へ無事入学することが出来た。



入学式。これまでの経験から、「なめられたら終わる」という事を学んでいたオレは、決していじめられまいと、初日から態度の悪さ全開で過ごし、怖い人を演じ続けた。結果、いじめられる事はなかったが、代わりに「暗くてよく分からない危ないやつ(犯罪者的な意味で)」というレッテルを貼られてしまった。そのせいで最初の1ヶ月ぐらいは周りとのコミュニケーションを取るのにめちゃくちゃ苦労し、心底後悔することになる。完全にオレの心は中2のままだった。



ちなみに、もしも今いじめで苦しんでいる人がいたならどうか安心して欲しい。その苦しみは一生は続かない。環境が変われば人も変わるし、いじめる側もいじめにあう側も次第に大人になり、人との付き合い方を学んでいく。人生最後に勝つのは最初だけ早いうさぎじゃなく、どんくさいながらも失敗と成長を糧に常に諦めずに歩き続ける亀だとオレは思う。正直、その苦しみを真に理解してくれる人はなかなかいないかもしれない。そもそも周りの大人たちが言うように、気軽に人に打ち明けられるような悩みなら、とっくにそうしているだろう。それにそういった実体験のない周りの大人が何を言おうと、あまり心に届くものではない。でも今は将来バネにするための力を蓄えられるチャンスだとむしろ思って、自分の中で何か楽しめる事を見つけて乗り切って欲しいと思う。事実、当時上手くソリが合わなかった連中が、長い年月を経た今では死ぬまで大事にしたい、最も身近な友達になっていたりする。人生は長い目で見なければ分からないものだとオレは思う。



さて、高校入学後まもなく、クラスの親交を深める目的でレクリエーション合宿のような旅行があった。全学年が参加するイベントで、他のクラスの人間と接する機会もあったのだが、その中に「マニ」と呼ばれている男がいた。こいつが後のALL OFFの初代ベーシストで、オレをバンドの世界に引きづりこみ、運命を変えることになる。ちなみに何故マニかと言うと、「顔がマニアックだから」というだけの理由で入学後間もなく、同じクラスのイカツイ野球部の男にあだ名をつけられてしまったらしい。結局こいつもオレと同じような人種でイヤと言う事が出来ず、一生ものの変なあだ名を入学直後に背負うハメになった。ちなみにマニは今でも大親友だがオレはこれまでただの一度もこいつを本名で呼んだことがない。



マニとオレは共通の知り合い(オレと同じ中学からこの高校に進学し、マニと同じクラスに配属された男)を通じてすぐに仲良くなり、旅行が終わる頃にはクラスの誰よりも心許せる存在になっていた。まさに類は友を呼ぶ、である。どうやらマニはバンドに興味があるらしく、その共通の知り合いからオレが歌が割と上手な事を聞きつけると、すぐに「バンドを組もう!」と言ってきた。



しかしオレは相変わらず漫画とゲームが大好きだったし、カラオケには行くようになったものの音楽を演奏する事自体には全く興味が無かった。そのためしばらくその誘いを断り続けていたのだが、マニがギターを弾けるということを知り、好きな曲の話をしたり、放課後楽器屋に寄って遊んだりしているうちに、遊びでちょっとやってみようかな、という気になってきた。



この頃になるとオレのカラオケでの調子乗りぶりは手に負えないレベルになっていて、色んな奴とカラオケに行っては歌いまくり、「あいつは歌に関しては学年でNo.1」とまで言わしめ、自分自身もスッカリ天狗になっていた。今思えば恐ろしい程の勘違いだが高校生というのは耳もまだ肥えてないし、ちょっと人より物事が優れているだけで誉め称えて過剰に持ち上げてしまうものである。オレの場合も例外ではなく、本気で「オレは歌なら誰にも負けない」と思い込んでしまっていたのだが、結果的にこの根拠のない自信が今の今までオレに音楽を続けさせている原動力となっているのもまた事実だ。



そんなわけで次はバンドという形で歌ってみよう!!と意気込んだオレはマニをギターに、ベースとドラムを新たに探すことになった。



メンバーは程なくして見つかった。マニと同じクラスのトクさんと川田という男だ。トクさんはメガネをかけた小男で、家にドラムセットがあるらしく、しきりにドラムが叩ける話をしてきたため即決で決まった。一方の川田は背の高い陽気な奴で、全くの素人だったが、マニとトクさんと仲が良いということで入ることになった。やり取りは「おーい川田、バンドやろーぜー」「おー、いーよー」という至極シンプルな物だった。しかし川田が「オレはギターがやりたい」と言い出したため、マニはここでも良い奴ぶりをいかんなく発揮して自分はベースに回った。こうして、オレの人生初のバンドが絵に描いたような有りがちな展開で始まった。



続く

10 YEARS -episode1-


中学生の頃はそれはそれは悲惨なダサさでした(画像はイメージ)




と、いうわけで、今日からバンド結成10周年記念ということで、バンドの成り立ちや自分の音楽人生を振り返る連載を始めることになりました!!


大して振り返る程の人生では正直ないんですが笑、それでも書き始めてみると色んな出来事があって、ついつい楽しくなって軽いエッセイみたいになってしまったので、結構1回1回が長いです笑


なので、興味と時間がある人は良ければ、という感じで見て下さい。10周年という節目の年にバンドの歴史をひも解く、という趣旨で気ままに書き続けてみようと思います。


では始まり始まり~







10 YEARS -episode1-



中学の頃、オレはどうしようもなくダサかった。何がダサいとかじゃなく、見た目も中身も、ついでに行動も、とにかく全てが見事にダサかった。いじめられっこだったし、運動も勉強も大して出来ないし、弱気で内気で陰気なガキだった。好きな事と言えば、オリジナルの漫画を書くことと、家でゲームをすることぐらいだったが、その両方すらハンパなく下手くそだった。正に、取り得ゼロ。面白いことを言えるわけでもなく、誰からも相手にされない、学校で最も底辺に位置する存在だった。正直、今思い返しても悲惨だ。



悲惨な事と言えばもう一つあった。オレは歌がハンパじゃない程下手クソで、病的に音痴と言ってもいいレベルだった。それがあらわになったのが中2の頃。音楽の授業の課題で一人一人前に出て課題曲を歌わされた時、その見事なまでのジャイアンリサイタルぶりでクラス中をドン引かせたことがある。その様子を見ていた先生は「声変わりの時期で音程を取るのが難しいだけ」とフォローしてくれたが、その日以来、オレは歌だけは生涯人前で歌うまいと心に誓い、たまにカラオケなどに誘われても決してついていく事はなかった。オレに取り得はない、と心底思い知らされ、鬱々とした毎日が過ぎて行った中学時代だった。


しかし、ある日、意外なところに楽しさを見つけることになる。それは中学生活も終わりに近づいた頃、卒業前の思い出作りに、と半ば無理矢理連れて行かれたクラスメイト大人数でのカラオケ大会だった。正直、生涯人前で歌は歌わないと決めていたオレにとってその空間は地獄でしかなかったが、参加してしまった以上抜け出すわけにも行かず、周りの人間が歌うのをただ黙ってじっと聴いていた。


当時世間を賑わせていたのはラルクやGLAY、LUNA SEAなどのいわゆるビジュアル系のバンドたちで、友達が歌う選曲も大体がそのあたりで、オレ自身もそういったバンドたちを聴く分には好きで、密かに家で歌詞カードを見ながら流行りのシングル曲を口ずさんでいたものだった。すると突然、誰かが
「おい、お前も1曲ぐらい何か歌えよ。」
と、ふいにマイクをよこしてきた。普通ならここでみんなが振り向くようなシーンなのだが、もともと視聴率ゼロの空気以下の存在だったので、そのマイクをよこして来た奴以外は完全にくっちゃべっていてオレには何の注目も集まっていなかった。



いじめられキャラだったオレは断るわけにも行かず、まさに「しぶしぶ」という具合に当時よく聴いていた曲の一つを入力した。正直心臓もバクバクだし、その場から今すぐ消え去りたいほど歌う前から緊張と恥ずかしさが極限まで高まった状態だったので、何の曲だったかは全く覚えていない。それに、思い出されるは一年前のあの音楽の授業だ。またあの地獄絵図の再現になるかと思うと今すぐ死にたい気分だった。



イントロが流れると同時に集まる視線。
「誰?ああ、なんだあいつか。てか、いたの笑」
声に出さずとも表情から伝わって来るそのハンパじゃない程の期待値の低さ。
「もうとりあえず自分が気持ち良く歌えればそれでいいや!」
1曲だけ思い切り歌って早くこの場を切り抜けよう、という一心で歌い始めた。



すると意外な事が起こった。信じられない事に、今回はちゃんと歌になっていた。しかも、自分でも分かる程、周りの人間より余程上手く歌えていた。声も気持ちよくキレイに伸びるし、音程も取れていた気がする。理由はよく分からない。オレの溜まりに溜まった、屈折しまくった鬱憤がその一曲に宿ったのだろうか。はたまた1年前は本当にただの声変わりの時期だったのか。何にしろ、オレにとっては自分でも良く分からないがこれまでに感じたことのない種類の手応えを感じた瞬間だった。



「上手いじゃーん!!」
歌い終わった瞬間、女子の1人が興奮気味に叫んだ。少しだけざわつく室内。正直歌い終わった後もただただ恥ずかしさで一杯だったが、同時に心の中で「あれ?ひょっとしてオレこいつらよりよっぽど上手く歌えんじゃね?」と密かに感じていたのも事実だった。



その日のオレの出番はその1曲だけで終わり、解散となったのだが、何も無かった中学校生活の最後の最後で、一筋の光が差した瞬間だった。それまでのどんよりとした帰り道とは違った、どこか清々しい気分で、その日の家路を歩いた。



続く