rockin' onとALL OFF①

と、いうわけで昨日発表しましたが、今年のROCK IN JAPAN FES.に出演することが決定しました。
まずは色んな方からの応援メッセージや暖かいコメント、ざわつき笑、もろもろ本当にありがとうございます!!
昨日も少し触れましたが、実はrockin' onとの関係は意外に古くて、2008年にまで遡ります。
当時、いつものようにスタジオで練習していると、ベースのこっしー(当時はドラムの大槻と共に加入直後)が「rockin' onが面白いコンテストやってるよ!」と、教えてくれたのがその年から始まった「RO69 JACK」という投票制のコンテストでした。
このコンテストに曲を1曲だけ応募し、一般からの投票数で1位になれると、なんとその年のCOUNTDOWN JAPANに出られる!ということで、まだCDリリースも夢のまた夢だったオレらは「よーし、やってみよう!」と、初めてこういうコンテストに応募することになったのです。
その時応募したのが当時自主制作で出した「ALL OFF EP」という3曲入りのデモに入っている、"no understander"という曲でした。(ちなみにこの曲タイトルは完全な造語です。)
でもこの話には裏話があって、実は全く違う曲で応募する予定だったのを、深夜、郵便局でrockin' on宛に曲を郵送する時、オレの勝手な判断で急遽no understanderに差し替えたんです。理由は、「そうしないと審査に受からない気がする」と直感で感じたからでした。
今思うと、別の曲で応募していたら、ひょっとすると審査に通ることもなかったかもしれないし、例え通ったとしても入賞することはなかったかもしれないです。なのであの真夜中の郵便局での出来事は今でも鮮明に覚えています。
コンテストが始まってみると、なんと審査に通ったライバルが220バンドもいる!!
「これはさすがに無理だろ」と、内心全員が思っていましたが、それでも何が何でも優勝する、という意気込みで知り合いや友達全員に協力を呼びかけ、更にはフライヤーを何千枚も刷って外タレ邦タレ問わず行けるライブ全てに足を運んで外でフライヤーを撒きまくり、期間中ずっと投票をお願いしていました。
結果、220バンド中2位という成績を残す事が出来たのですが、残念ながら惜しくも優勝出来ず、もの凄く落胆したのを覚えてます。
でもそんなある日、rockin' onから連絡があり、なんとコンテストの予想外の盛り上がりにより、急遽3位までのバンドが全部優勝という形でCOUNTDOWN JAPANに出られることになったのです。
当時その連絡を受けた時、オレはバイトをしていて、ちょうどタイムカードを切った直後で、泣く程嬉しくてそっこーでメンバー全員に電話したのをめちゃくちゃよく覚えてます。「本当に出られるんだ!」と、嬉しいけど何だかあまり実感の湧かない気分でした。
ちなみにトップの写真はその年のCOUNTDOWN JAPANに実際に出演した時の物です。オレ完全に別人ですが笑。
CDをリリースするどころか、大勢のお客さんの前で演奏した経験すらほとんどなかったバンドにとって、初めて立つ5000人クラスのキャパのステージは圧巻そのものでした。持ち時間はわずか10分だったけど、確実にあの瞬間からこのバンドは始まったんだと思います。
そしてその日から、「いつか今度は自力でフェスの舞台に戻ってきて投票してくれた全ての人とチャンスをくれたrockin' onに恩返しをする」というのがこのバンドの目標になりました。
あれから実に6年もの歳月が流れ、今年ついに、6年前のあの日以来となるフェス出演の電話をrockin' onから受けました。(ちなみに今回はうちのマネージャーがね笑)
センスのあるバンドなら6年どころか1年で戻れたのかもしれないけど、オレらは6年もかかってしまいました。
そんなどんくさいオレらが唯一、他のバンドより並外れているのが数多くの強運と、色んな人からの絶え間ない協力でした。そしてそれは今もずっと継続中な気がします。本当に、周りの支えと運だけでオレらはここまで来ました。
あの時応援し、投票してくれ、ライブを観てくれた全ての人たちと、沢山のチャンスを与えてくれたrockin' onに改めて感謝したいと思います。オレらにとって今回の出演は恩返しそのもので、全ての人たちに成長した姿を見せたいと思います!!
8/2は楽しみにしていて下さい。そして、ロッキンファンの人たちにはもう一度、オレらの姿を観に来て欲しいな、と思います。
so-hey
ROCK IN JAPAN FES.2014 出演決定!!

ROCK IN JAPAN FES. 2014出演決定しました!!!!ありがとうございます!!!
実はオレらはデビューするずっと前、COUNTDOWN JAPAN08/09に出演したことがあって、その時はrockin'onが主催するRO69 JACKというコンテストの初代優勝バンドとして、10分間だけステージに立ちました。
それ以来、今度はコンテストではなく、いつの日か実力でrockin'onのフェスの舞台に戻ってくる事を目標にずっとやってきたので、今回の出演決定はオレらにとって本当に特別な事なんです。
この舞台に戻ってくるのに実に6年もかかってしまったけれど、諦めずにバンドをやり続けてきて本当に良かったと思います。
6年前のあの時、コンテストに投票してくれたみんなと、オレらを世の中に送り出してくれたrockin'onと、日頃応援してくれてるみんなへの恩返しの気持ちを込めて、自分たちにしか出せない音で誰よりも気持ちの入ったライブをしてみせます!!!
8/2、みんな是非遊びに来てね、よろしく!!
10 YEARS episode4&5

ALl OFFサポーターが一生懸命作ってくれた切り絵
どーも!久しぶり!最近は相変わらずスタジオと家に缶詰状態で曲を書いていてブログの更新を忘れてました。
と、いうわけで今回は10周年記念連載のエピソード4と5を一挙に掲載します!雑誌でいう合併号的な?この連載、もうお気付きの方もいるかもしれませんが相当なスローペースで書いてます笑。
1人であれこれ思い出しながらつらつら書いてるので自由気ままな回想日記だと思ってお楽しみ下さい。
ちなみにトップの画像はこないだライブの後に貰った、なんと切り絵で出来たALL OFFの写真です。真ん中にゴリラみたいなのが一匹混ざってますが。最近オレらの絵を描いてきてくれる人が何故かやたら多くて、まだまだストックがあるので随時載せていきますね。半分以上は完全にネタみたいな絵ですけどそれも愛情ということでメンバーみんなで毎回爆笑して楽しませてもらってます笑
と、いうわけでエピソード4と5です。文化祭で衝撃を受けたその後のお話!
10 YEARS -episode4-
ライブが終わり、外に出たオレはマニにいつになく真剣な表情でまくしたてた。
「来年は絶対あのステージにオレらも立とう!!」
マニもそのライブにかなりの衝撃を受けていたらしく、今度は真剣にメンバーを集めて活動しよう、という話になった。
とはいえ、高校生で楽器が出来る人間自体が少ないため、メンバーは友達を勧誘していくことになった。同じクラスの仲が良かった友達(この頃になるとオレのコミュ障ぶりもすっかり改善されていた)に声をかけると、あっさりと快諾してくれ、今回も割とすぐに2人のメンバーが見つかった。それぞれサッカー部とバスケ部の人間で、楽器には全く興味がなかったらしいが、単純に一緒にやったら楽しそう、という理由だけでこの2人を選んだ。一緒にいて楽しそうかどうか、というのは、バンドメンバーを探す時に実はとても重要な事だったりする。
しかし、2人ともギターがやりたい、と言い出したため、結局ボーカル、ベース、ギター×2、という、GLAYみたいな編成のバンドになってしまった。ドラムを探そうにも、未経験者でやりたい人間は皆無で、かと言って経験のある人間はなかなか見つからなかった。いつでもどこでも、ドラムという職業は人口が少ないということを、オレはこの時初めて学んだ。
そんなある日、どうやら1人ドラムを叩けるやつがいるらしいという噂を聞きつけ、下の階にあるそいつのクラスまで会いに行った。そいつの名前は末吉と言って、もの凄く背が低いがやたら筋肉質の、ガタイのいい男だった。プロレスとX JAPANが大好きらしく、常にハイテンションで、正直かなり絡みづらい奴だった。しかし、聞けばもう何年もドラムを叩いていて、しかもなんと、家にスタジオまであるらしい!!家にスタジオがあるなんて、海外の大物バンドのメンバーみたいだ!!そう思って大興奮したオレらは末吉を有無を言わさずバンドに引き入れ、5人体制で翌年の文化祭出場を目指す事になった。
10 YEARS -episode5-
メンバーが固まると、5人は放課後に末吉の家に集まるようになった。オレにとっての初のスタジオは、末吉の自宅だったわけだ。末吉は町田の近くにある豪邸に住んでいて、オヤジさんが企業の社長らしかった。その企業というのが、おしぼりで有名な末吉商会だった。多分、居酒屋とかでみんなも知らず知らずにここのおしぼりを使ってると思う。そこの息子が末吉だった。
末吉の部屋には大量のゲームと漫画とアイドルの写真集と、冷蔵庫から無限に出て来るジュースがあり、それら全てが使い放題だった。正直、高校生にとってはかなりの誘惑だ。しかし、それ以上に魅力的だったのは、やはりその隣の部屋にあるスタジオだった。完全防音仕様の10畳ぐらいの部屋に、専用のドラムセットとギターアンプと、更にはベースアンプとボーカル用のスピーカーまであった。サイズも街のスタジオに置いてあるそれと全く同じでかさで、ギターアンプはMARSHALL2000の本格的な物だった。
このスタジオで初めて自分たちで生の音を出した瞬間の事は今でもハッキリと覚えている。その時は末吉とオレとマニの3人だけで、マニがギターを弾き、末吉がドラムを叩いた。演奏した曲はX JAPANのSCARSだった。マニがイントロのリフを弾き、末吉がドラムをたたき出すと、たった2人だけの音なのに数ヶ月前に文化祭で見たあのときの衝撃が甦ってきた。その日以来、この恵まれた環境で、5人は放課後部活の後集まっては練習し、末吉以外の素人4人もめきめきと腕を上げていった。
ちなみにこの時ドラムに興味を持ったオレは末吉に頼んでドラムを叩かせてもらったのだが、奴は「筋トレのため」というよく分からない理由でバスドラムのペダルを尋常じゃないぐらいの固さに設定してあり、オレがいくら踏んでもうんともすんとも言わなかった。バスドラムとはめちゃくちゃ筋トレしないと踏めないんだ!!とスッカリ思い込んだオレは危うくドラムという楽器に対する興味を早々にくじかれるところだった。実際のバスドラムのペダルはすごくソフトで、足を乗せるだけで音は出る、という事を知ったのはそれからだいぶ後の事だった。末吉には是非ともあの時オレに変な誤解を与えた事を謝ってもらいたいものである。
続く