墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

Kindle化した自作小説たち

 記事名にも書いてますがネタバレあります。プレイ時間は50時間ですが、2周目終わった時点で攻略記事を解禁して、ゲームの全体像も把握しているし、クリエイターのインタビューとかも読んだので、広い意味でネタバレ嫌な人は読まない方がいい記事です。

 とりあえず、1周目終わらせて、2周目、最初に到達したのは青春編でした。
 3周目が真相解明編で、リスタート編も見ました。
 grokにも愚痴ってみたんですが、真相解明編がしんどかった(悪い意味で)ので、ちょっと吐き出してみたくなった感じです。ただ完全に嫌だってわけではなく、あのルートがある意義自体は理解できます。

 まず、1周目終えた時点でかなりオモロいなって感じでした。
 ボリューム感もあるし、1周目時点では解明できていない謎もある。厳しいシチュエーションではありながら、もっと幸せを求めることができるのではないかっていうのがモチベーションでした。

 青春編に関しては、展開は1周目を拡大してくり返している感もありましたが、少年漫画的な展開もあり、1周目では死んでしまったヒロイン霧藤希も生存し、これからの澄野拓海との恋愛を期待できるものでした。殴り合いで霧藤希と大鈴木くららが和解するシーンや、最終戦で拓海が希に告白するシーンとかめっちゃベタだけどやっぱり好き。何より、真相解明編を終えて思うのは、俺はキャラクターたちにまさに青春を味あわせてやりたかったんだ、ということです。そういう意味では俺は青春編は好きです。

 真相解明編はめちゃくちゃキツかった。真相は多分、大きなものは全部明らかになりますが、それはキャラクターたちにマイナスに働くものばかりでした。
 拓海はよりよい結末を求めてタイムリープしたはずなのに、到達した結果は最悪の一言です。
 総合して、バッドエンド感のある1周目よりもあらゆる意味で更に酷い究極のバッドエンドを見させられた感じ。
 小高さんの作家性ってこういう方向性なんですかね……。

 1周目 → 真相解明編

人類 生存 → 滅亡
異星人 生存 → 生存
登場人物たち 数人生存(霧藤希死亡) → 霧藤希以外全員死亡

 なんというか考えさせられるというか、滅びの美学というか、厭戦的感情というか(戦争ってやっぱダメだわ)的な、メッセージ性は伝わってくるんですが、物語としての納得はできないという感じです。
 つらい状況にある拓海たちに、更につらい真実ばかりが明らかになっていって、その中でもどうにか生きていこうという気持ちだったはずなのに、最後には人類も滅びて、戦争を終わらせようという風に思って、最終兵器を止めるも、全滅してしまう。
 拓海たちはそんなに悪いことをしたんだろうか。ささやかな幸せを求めてはいけないんだろうか。そして、メッセージ性があるものの、霧藤希が生き残ったとして、人類と異星人の融和は訪れない可能性の方が圧倒的に高い(真実を知られれば霧藤希は最終的には殺されるだろう)と考えると、何も残らないエンドだと思いました。
 それだったら、リスタート編の方がまだ救いがある気がします(拓海たちは生存し辛い記憶は消去される。滅んだ惑星で皆でサバイバルしていく)。絶対的な生存数で言えば真相解明編の方が多いですが、物語において感情移入しているのはあくまでメインキャラであって、その他大勢ではないので。

 明かされる真実としては、予想できるものだったというか、「え~、そうだったんだ!」的なのはあんまりないかな、という感じです。それらはあくまで拓海たちを精神的にどんどん追い込んで、生きている理由を見失わせて、自分たちの生存よりも戦争の終結を望ませるような効果しかなかったのではないか、と思います。

 そういう意味で、このハンドレッドラインの世界観においては、真実を知ることが幸福とは繋がっていないのかもしれません。
 SIREIも不気味な存在感を出していますが、ある意味完全な敵とは言えないことが示唆されている気がします。

 メインルートだからか、青春編よりもガッツリ詳細が描写されていて、しんどい面もあった反面、蒼月衛人が再び仲間になる描写は結構よかったですね。完全に1周目では敵側だったキャラが、ちゃんと説得力を持ってこちら側に立ち直る描写ってこれまでの小高作品でもあんまり見ない気がします。

 この記事を書く前に否定的な記事と肯定的な記事を一つずつ読んだのですが、ダンガンロンパV3やアクダマドライブが引き合いに出されていたので、小高メインルートと言える真相解明編と並べて見てみましょう。

 ダンガンロンパV3に関しては、ダンガンロンパが人気で求められ続けている状況について、『デスゲームが開催され続ける現状』にキャラクターに「そんなのはクソだ! もうデスゲームは終わり! ダンガンロンパは終わり!」というメタ的な宣言をさせるゲームだと思っています。それに際して、ダンガンロンパ1・2を卑下するような描写があるので、結構ファンは食らった人もいるのかな、という印象。俺は完全な賛ではないが、非でもないって感じです。個人的にはキャラたちがデスゲームにノリノリで参加してたクズだったっていうのが嫌だったんですが、それについてはプロローグを再度見直すと否定されているのかなって解釈したので。ダンガンロンパはクリエイターが明確にこのゲームは終わりだ! という宣言をした珍しい人気作なのかもしれません。

 ダンガンロンパに限らずですが、デスゲームものって、死んでいく人間の中で生き残っていく人間がいて、その残っていた人間の未来が過酷な日々を乗り越えて平穏であるといいなという気持ちが俺にはあるような気がします。
 その意味ではダンガンロンパは許容できるけれど、真相解明編はちょっとキツすぎではないか、という感じですね。
 ありとあらゆる意味で、今回のキャラクターには何の責任もないですし、そういうキャラが更に過酷な精神に追い込まれ、最終的には全員散っていくのはキツい。死の理由が結構唐突で、死ぬ覚悟でキャラクターが特攻したわけでもないので、合理性もあんまり感じられない。あくまでクリエイターのメッセージ性ありきのルートという感じです。でも、戦争モノが厭戦感情を呼び起こす的な、死の美学はあるのかな、って感じです。

 最近偶然見直していたアクダマドライブについても、結末だけ見ると、キャラクターは少年少女以外は全員死亡な感じなんで、似てるかもしれないんですけど、そもそもこれはロードムービーで、少年少女を送り届けるのが旅の目的として明確に設定されていて、登場キャラたちは全員悪役、死の意義が明確に描かれているので、どこかやり遂げたようなカタルシスも感じられるんですよね。主要キャラである運び屋は送り届けることが仕事なわけですし、詐欺師も覚悟して死亡することでディストピア的な世界の体制を崩壊させるきっかけになりました。
 真相解明編は死の原因が降って湧いた感じであんまり納得できなくて(多分、最終兵器を止めようと思った時には、全員死ぬ覚悟まではできてなかったと思う。生きる意味がわからなくなったとしても)、ひたすら可哀想って感じでした。最後に残った希に関しても、英雄を殺戮して戦争をずっと続けてきた人類の最後の生き残りなので、何も知らない子供と手を繋ぐ瞬間はあったとしても、その後の世界の融和にはならないかなって感じ(そもそも人類は滅んでますが)。

 ただ、最終防衛学園全体として見ると、(インタビューなどで見るとすべてのシナリオの基礎となったらしい)真相解明編がここまで明確なバッドエンドというのは、意味があるのかな、という感じです。
 まあ、ダンガンロンパ、小高さん好きな人が、小高メインルートである真相解明編を早めにやってしまって、納得できないまま投げてしまう場合は、かなりもったいないなって気持ちはありますが……。
 そもそも、小高さんも1ルートしかないゲームだったら、ここまで極限に尖らせたルートにしなかったと思います。しかも、真相解明編はルートロックされていない上にチャートを直進することで到達できる、早い段階でプレイされることを想定されているシナリオだと思うので、だからこそ、こういう極端なクリエイター性の発露をさせたのかな、って感じ。
 ダンガンロンパもキャラクターが魅力的だけど、やっぱりデスゲームモノなんで、彼らの幸福なIFを想像する二次創作が流行ったんじゃないかって思ってるんですけど、ハンドレッドラインはその二次創作が全部ゲームの中に詰まっているみたいな感じなんじゃないかな、と思います。
 幸福なIFをいくらでも原作の中で体験できる。
 でも、危険性もあって、やっぱり最終防衛学園の一番有名ライターって小高さんなので、どうしても小高さんルートが正史だと思わせてしまう。例えば、後でもっとマシなキャラクターが生存するルートを遊んでも、(いやあでも真実が全部明らかになったルートでは希以外全部死ぬんだよな)、と思わせてしまう可能性はある。
 けど、恐らくですが、ルートロックされているSF編がもう一人のメインライターである打越鋼太郎さんのルートだと思うので、こっちの方がゲーム内では真エンド的な立ち位置なんじゃないかと思う部分はありますね。インタビューで小高さんが全員生存するルートはあるって明言されていて、俺はそれがSF編だと思っているんです。
 序盤からできる小高ルートがかなりバッドエンドに振った内容で、シナリオロックがあるSF編が打越ルートかつ全員生存ルートなのでは、と。二人のライターが真相を解明するバッドエンドと、すべての伏線を回収するグッドエンドを担当しているということですね。小高さんも全員生存ルートを初めて見た時に感動したとインタビューで言っていますし。

 だから俺もなんとかメンタルを持ち直して、SF編まではやると思う。打越鋼太郎さんも風変わりなデスゲームモノが得意な人ですけど、AI:ソムニウム ファイルとか、割とあっけらかんとした大団円を描いてくれる人ではあるんで、そういう意味では期待してます。どういう内容かはあえて予想しないですけど、そもそもハンドレッドラインって全員生存ってだけでかなり難しいと思うので、打越さんらしいそれこそSF的なウルトラCを用意しているんじゃないかと。
 打越さんの最新作って多分AI: ソムニウムファイル ニルヴァーナ イニシアチブだと思うんですけど、俺、そこでシナリオチャート自体が物語を象徴してるっていう展開を目にして、彼のことを天才だって思ったんですよね。ハンドレッドラインでも100ルートのチャートを管理していたのは打越さんです。だから打越ルートは数多のルートの展開を束ねたようなものになるんじゃないかって思ってます。

 ハンドレッドライン、どれぐらいやり込むかによって評価が変わっていきそうなゲームですね。1周目までだったらかなりオモロいとはっきりと言えると思うんですが、小高ルートが結構ガッツリ人を選びそうなものである点、真エンド的な立ち位置のSF編までやる人がどこまでいるのかという点。100エンドまでやる人は多分数パーセントくらいなんじゃないかという点。
 俺はADV大好きなんで、終わりのない無限に楽しめるADVというコンセプトはかなり好きです。ただ、小高ルートがしばらくお休みをいただきたいほど重いルートだったので食らっているだけです。
 最近だと、パラノマサイト FILE23 本所七不思議とか、都市伝説解体センターとか、比較的コンパクトにまとまった名作のADVが話題となる中、ハンドレッドラインはそれとまったく逆行した、全部クリアしようとすると100時間以上かかるADVです。配信とも多分相性が悪い気がする。だけど、個人的にはこの気合いの入ったプロジェクトは応援しているし、成功してほしいとは思っています。
 コンパクトな短編の名作って俺も好きだし、配信者がいっぱい配信してくれるのでそれを見る楽しみもあるんですが、ノベルゲームってやっぱりエロゲとかの下手すると30~50時間かかるジャンルが源流で、長いことゲームするからこそ、キャラへの愛着が湧く部分もあると思うし、長編だからこその伏線回収のカタルシスもあると思うんですよね。

 とりあえずSF編に向けて頑張るのと、できたらですが、10ルートくらいはやろうと思っています(ハンドレッドラインは全100エンドだけど、大まかに分けると21ルート。その内、今やろうと思っているのが半分くらいって意味)。気が向いたらまた感想書きます。
 
注意事項

・駄文である。
・プロットに軽く肉付けしたぐらいの小説とは呼べないもの。
・原作の再現に忠実ではない。
・ラブコメ的な意味で誰々エンドという形にはしていない。



 今、あかねは襲撃に応じている頃だろうか。
 ルビーの代わりに襲撃犯の相手をするというアイデアは、犯人の意表を突くという意味ではいいのかもしれないが、あかねが矢面に立つ必要はあったのだろうか。かなりシミュレーションはされているはずではあるが、万一ということも当然ありえる。あかねは俺が立ち入らせない分、逆に自己犠牲的な責任感を刺激されてしまっている面はあるのかもしれない。
 その場に俺もいたかったのだけれど、こちらにも外せない用事があった。
 スマホ画面を見つめ、長いこと悩んだ後、少しだけ指を動かす。
 俺は待ち合わせに指定した地点に向けて歩き出した。宿命の相手が待つ場所へ。

「15年の嘘、あの映画で僕は社会的に殺された。なかなかいい作戦だったよね」
 カミキは道化のように手を広げる。
「しかし、アンタは少しも諦めるつもりはなかった。新野冬子を使い、ルビーを殺そうとした」
「そこまで見通されていたとはね。こんなところにいてもいいのかい? ……なんて、もう既に手は打っているってわけか」
「絶対の作戦ではないけどな。それでもすべての元凶にトドメを刺すことの方が重要だ」
 俺はナイフを取り出す。突進のように構えるがそれはフェイクだ。ナイフを一瞬で回転させ、自分へ向ける。
 しかし、その瞬間、カミキは影のようにこちらに近付き、ナイフを蹴りで吹っ飛ばした。
「なっ……!」
「アクア、君は甘いよね。君の復讐心はニセモノだ。君に僕は殺せない。それは最初からわかっていた。君はルビーを殺人者の妹にはできない。だから、僕に致命的な容疑を被せる。そんなことはナイフを取り出した瞬間にわかったよ」
 呑まれている俺に、カミキが足払いをかける。あっさりとマウントポジションを取られ、カミキの手が俺の喉に伸びた。
「ぐ、……ぅ」
「血痕が残ると面倒なんだ」
 ナイフで俺が自分を刺すことを妨げながら、こちらに向ける殺意は本物だ。言っていることが覆っているようにも思うが、ヤツがナイフを蹴り飛ばしたのはその言葉の通り、血痕がこの場に残るのが億劫だったからでしかないとしたら。
 狭まる視界の中、脳内が凄まじい勢いで回転する。
 天才的な教唆犯、それがカミキに対する俺の見立てだった。ヤツの持っているカリスマからしても、実際に手は下さず、徹底的に誰かを動かして人を害する。それが俺のイメージだった。
 しかし、それすらもヤツの一面に過ぎないとしたら? まだ発覚していない犯罪がいくつも存在するとしたら? 実際には自分が手を下しているケースがあり、それが現在まで露見しない理由は?
 ――ヤツには死体を発覚させずに処理するルートが存在する?
 今の苦境よりも、これからの未来に背筋が凍った。
 カミキは確かに15年の嘘で社会的には抹殺されるだろう。しかし、警察がその身柄を拘束するわけでもない。コイツ自体の身体は自由だ。
 今、俺が殺されて死体も上がらない。そうしたらどうなる? 最も危険な殺人者はこのまま野放しになる。
 誰がルビーを守れる?
 一瞬で感情が炸裂し、身体に抜けかけた力が戻る。
 全力で藻掻き、手で突き飛ばし、身体と身体の間に余白を作り、蹴りで跳ね飛ばす。
 立ち上がり、なんとか呼吸を整える。
 もう既に心は決まっていた。手段を問える段階ではない。こちらの用意していたカードは見切られていた。
「お前を絶対にここで殺す」
「できるのかい? 君に」
 激しい揉み合いの中、徐々に崖へと近付いていく。カミキはこちらの意図を読んでいるはずなのにも関わらず、余裕を崩さなかった。
 アイは嘘で愛を伝えようとした。カミキはそのアイに捨てられたと思い、堕ちた。そして、間接的にアイを殺した時に、壊れたのではないか? アイという輝きを潰す。それに囚われ、延々とそれをくり返し続ける。どんな輝きも自分の手で消し去らなければ気が済まないというような怪物になったのだ。
 カミキが人間なら、15年の嘘で止まったかもしれない。しかし、怪物は人間の手段ではもう止まらない。外道の愉悦こそが、ヤツの主食なのだから。
 しかし、怪物だからこその隙もある。ここまで交わした言葉からもわかる。ヤツは歪んだ自己愛の化身だ。だからこそ、捨て身で俺が本気でカミキを殺す覚悟がないと思っている。ルビーを守るために生命を賭すという精神を、本質的な意味では理解できていない。
 崖が迫った時、一瞬の隙を突いた。タックルのような体勢で、一気に崖から宙へと躍り出た。カミキと共に。
 カミキの顔は笑みを崩さなかった。自分の死の手前ですら、俺という芽を潰すことの方が喜ばしいというように。

 海面に二人共叩きつけられる。
 身体が引きつり呼吸ができなくなり、次の瞬間には水中に沈んでいる。
 眼下、俺よりも深い地点にカミキはいた。
 薄ら寒い笑みは深く沈んでいく中で失われた。藻掻き足掻き、何かを振り払うように蠢く。その度にカミキの身体は深く沈み込んでいく。俺はそれを水面に叩きつけられた衝撃の中、呆然と見送っていた。
 カミキの身体は闇に包みこまれているように見える。黒い手が、カミキがこれまで輝きを奪い、闇へと落としてきた者たち、亡者たちの手が、カミキを深くへと誘っているのだろうか。
 そして、その闇は俺をも包み込んだ。幻覚かなんなのか、視界が闇に包まれる。
 俺はどうしたかったのだろう。
 アイが殺されてから、ひたすらに復讐を考えてきた。
 それは俺の望みだったのか。それとも雨宮吾郎としての想いだったのか。
 明確には区分できなかったそれが、俺の身体から離れ、カミキを包み込む闇へと加わっていく。
 雨宮吾郎の闇が、カミキを更に海底へと連れ去っていく。
 晴れた視界の先、これも幻覚の類か、神を名乗る少女――ツクヨミがこちらを見つめていた。
「願いは叶った? これで満足?」
 わからない。ルビーが安全であること、それが第一であることは間違いない。
 しかし俺は――僕は。
 アクアとしての僕は、一体どうしたかったのだろう。
 これですべてを終わらせて、満足できるのか。
 もう何もやり残したことはないのか。
 そんな訳はなかった。
 僕は生きたかった。死にたくなかった。
 皮肉げにツクヨミは微笑む。
「そう。だったら、少し手を貸してあげる」
 鴉のように黒い翼が、大きく羽ばたくのが見える。
 神が誰かを贔屓していいのか?
「ずっと見守ってきたんだもの。最後くらいは、少しだけ贔屓してあげるわ」
 その声の響きを最後に、僕は意識を失った。

 ルビーちゃんとの成り代わりは成功し、新野冬子は逮捕された。
 現行犯を確実に抑えるための作戦だったけれど、終わってみるとだいぶ綱渡りの作戦だったようにも感じられる。
 私はアクアくんの重荷を少しでも背負わせてほしくて、自分にとってのリスクを見失っていたのかもしれない。そんなことをすべてが終わってから思った。
 いや、すべてが終わってなんかいなかったことを、私はふとスマホを確認して知ることになった。
 アクアくんからメッセージが届いていた。
 『すまない』、と。
 それを見た瞬間、目の前が真っ白になったような錯覚があった。
 アクアくんが今陥っている事態について無数の可能性が頭をよぎり、今から私がしなければいけないことについて考える。
 そして、私はそのアプリを起動させた。



 意識がホワイトアウトから徐々に戻ってくる。
 波の音も段々とはっきり聞こえてきた。僕はどうなったんだ?
「アクアくん、目が覚めた? 救急車はもう呼んであるから」
 僕はあかねに膝枕のような体勢で頭を抱えられていた。
「どうしているんだよ……」
 声が掠れている。
「付き合ってた頃に、アクアくんのスマホにGPSアプリをインストールしておいたから。いつかこんなこともあると思って」
「悪用してないよな?」
 いや、そんなことを言っている場合じゃないか……。よくここがわかったなとは思ってしまうが、これこそがあかねだとも思わされてしまう。僕がカミキと会う前に散々迷った末に送ってしまったメッセージ。
 そこからあかねは大体の事情を察し、ここまで辿り着いてしまったのだろう。あかねは探偵をしたとしても大成するんじゃないだろうか。
「もうアクアくんは死んじゃってると思った。カミキさんを道連れにするつもりなんじゃないかって」
「そのつもりだったよ」
 あかねの視線が冷えるのが見えるようだった。
「でも、それは失敗した。カミキに見透かされてたんだ。自分を刺すためのナイフを蹴飛ばされた。だから、こうして生き残った」
「カミキさんは海の底?」
「そうだ」
「アクアくん。救急車が来るまでもうそんなに時間もないと思うから、手短に話すけど、アクアくんの首元に手の痕が残ってるから、被害者として見られる可能性は高いと思う」
「ああ」
「だけど、海に二人が飛び込んで、一人が戻らず、一人が戻った。そういう状況で、アクアくんが犯人だという見方をする人は、絶対にいると思う」
 というか、実際にそうなのだ。たとえ、警察から逃れられても週刊誌の格好のターゲットになるだろう。
「だから、私が演技を教えてあげるよ。アクアくんが誰からも被害者に見えるようにしてみせるから」
 あかねはとても自然に微笑んだ。
「今度は私を共犯にしてくれる?」
「……ああ」
 じゃあ、ナイフを海に捨ててくるね、と言って、あかねは離れていく。
 僕の意識も波の音の中、また白んでいった。



 病院に運ばれた後も、意識がはっきりしない時間が続き、今も寝ているのか起きているのか自分でもよくわからない状態だった。
 そんな具合でも、そいつが訪れたら僕にはすぐわかった。
 なんというか声を聞くまでもなく、存在が騒々しいのだろう。
 ずかずかと歩み寄ってきたそいつは、耳元でまったく遠慮せずに叫んだ。
「アクアっ!!」
 思わず顔を背け、しかめる。
「何、勝手に死ぬような目に遭ってんのよ。本当にあんたは何にも言わないで――」
 地団駄を踏むような怒りの気配が伝わってくる。
「ビンタしてやるって約束だったけど、病み上がりだろうし、勘弁してあげる」
 それはありがたい。なんというか今も意識はあるのだけど、うまく覚醒できなくて、喋ることもできないし。
 少し躊躇うような間があって、しっとりとした空気で有馬は話しだした。
「あんたの推しの子になってやるって思ってた。色々あって、アイドルは辞めちゃうけどさ、でも私は諦めてない。あんたに、私の人生全部を推させてみせるって。全部、これからだから。勝手に死んでないで、見てなさいよ」
 ビシッとこちらに指を突きつける姿が見えるようだった。
 今、僕にすぐ答えを返すことはできないけれど、きっとまだこれから時間はいっぱいあるのだから、これから答えを出していけばいいのだろうと思った。
 僕はまた少しずつ眠りの方に意識を引っ張られていった。



 お兄ちゃんは今日も眠っている。私はじっとその寝顔を見つめている。
 海に落ちて生還してから、お兄ちゃんは憑き物が落ちたように安らかな顔をするようになった気がする。
 すべてを話してはくれないけれど、きっとあの海でお兄ちゃんはカミキと決着をつけたんだと思う。
 私にとってお兄ちゃんは、星野アクアなのかそれとも雨宮吾郎なのか、寝顔を見ながら考えてみるけど、答えは出ない。お兄ちゃんであり、先生である彼は、きっと私にとって一番大切な存在だ。
 もうお兄ちゃんは芸能界に立つことはないと思う。
 今も眠りがちで、段々とリハビリをしているけれど、脳に軽度の後遺症が残り、瞬時に相手に対応しなければならない現場の仕事は難しいそうだ。
 私はお兄ちゃんに何を求めていたんだろう。
 好きで、大好きで、大切な人だけれど、お兄ちゃんが寝ている姿を見ると、ふと自分の前世でずっと病室にいる時のことを思い出す。
 私の今の一番の願いは、きっと見ていてもらうことだ。
 お兄ちゃんには、病室でも、自宅でも、穏やかに過ごしてほしい。
 そして、テレビの中の私がアイドルとして進んでいく道を、ずっと応援してほしい。
 それが、病室にいた天童寺さりなにとってのアイドルの原点であり、きっとどんな場所にいる相手でも、輝きを届けられると信じているから。
 私はきっとお母さんを――星野アイを越えるアイドルになってみせる。
 それ以上の輝きをあなたに届けてみせる。
 だから見ててね、お兄ちゃん。
 私はお兄ちゃんの手を、ギュッと握った。



無粋なあとがき

 まず、大前提として、自分はそこまで推しの子のラストに不満は持っていませんでした。
 もちろん、少し寂しい気持ちはありましたが、作品の創作において、どんな結末を迎えるかは完全に作者に権利と責任があります。
 好きな作品が自分の期待通りのラストを迎えないことに対する残念さというのは確かにあるかもしれませんが、批判が高まりすぎるのはどうなのだろうと思います。
 推しの子については、カミキへの制裁が映画で行われるようになったくだりでは、復讐はちゃんと行われないのか、という意見も見たように思います。
 そもそも推しの子の最初の引き自体も、芸能界を舞台にしつつも、復讐モノであるというものだったと思います。
 ですが、赤坂アカ先生の良いところとして、キャラクターの魅力を描くのがうますぎるというのがあるのだと思います。キャラとキャラのやり取りに愛着ができ、ラブコメ的な『アクアは誰とくっつくのかな』ということにも読者は強く興味を持っていました。
 そんな中、ラストについては最初の『復讐モノ』としての展開を描ききったもので、魅力的なキャラに死んでほしくない、誰がアクアとくっつくのか知りたかった、という層に対しては受け入れがたいものになったんじゃないかな、と思っています。
 自分としては結構さらっと読了してしまったため、大きな批判が渦巻いていることは外側から見ている感じだったのですが、推しの子の最終巻が刊行されたこともあり、自分自身が推しの子のラストの展開を見ながら少しもやもやとした部分を具体化してみることにしました。
 それが結果、小説っぽい二次創作の形にまとまったわけですが、書く上で明確化した原作にもやもやしたポイントや、ピックアップしたポイントは以下のようになります。

・カミキがラスボスとしては魅力がない気がしてしまった。

 結局、動機としてはニノと同じというか、アイの輝きに囚われ、それ以上の存在を許せないという動機でした。また、教唆犯としての描き方が強かった気がします。
 今回の二次創作では、カミキがアクアを見透かしてそれによってアクアの計画が失敗し、場当たり的に事態に臨まないといけないことになるというのが一番描きたかったポイントでした。細かい部分については詰めきれていないと思いますが。
 カミキはアイを間接的に殺したことで、輝きを消すということに執着するようになってしまった。その中で闇の方向性でのカリスマというか、実行犯としても教唆犯としても多くの犯行を経験し、結果、実行犯として犯罪を犯したとしても、死体を消すことができる存在として描きました。

・神様としてのツクヨミ。

 いや、神様の謎の少女とか出したら、その存在理由はデウスエクスマキナとしてアクアをご都合主義で救い出すこと以外にないだろ!! という熱い気持ちはあります。なんか原作で鴉と関連付けられるシーンがあったような気がしたので、黒い翼が羽ばたくイメージにしました。

・どのヒロインのエンドにするか。

 これは今回の二次創作でははっきりした答えは出しませんでした。
 自分自体は若干黒川あかね推しなのですが、今回の二次創作のテーマとは少しズレるので、もっと明白に誰々エンド的なものは他の方のそれをメインとした二次創作にお任せしようという気持ちです。
 それぞれのヒロインについてですが、以下のような感じです。
 黒川あかね→原作では果たされなかった、明確にアクアとの共犯関係を担う存在になった
 有馬かな→ビンタはキャンセルした。アクアとの恋愛はまだまだこれから、そのための時間はまだたっぷりあるという感じ
 星野ルビー→彼女がアクアを兄として見ているのか、先生として見ているのかは難しい問題だと思うのですが、原点回帰というか、彼女が天童寺さりなとしてアイを応援し続けていたように、アクアに対してずっとアイドルとして輝き続きたいという気持ちがコアなのではないかと思い、こういう感じの描写になりました

 というわけであとがきでした。
 駄文駄作かとは思いますが、読んでいただけた方はありがとうございました。
 これを考えついたのはアニメブルアカ1話において、プロローグ部分の連邦生徒会長の語りにおいて、電車の向かい側に先生の姿がはっきりと描写されていることからだった。
 先生に語りかけているのだから当たり前のことなのだけれど、そのシーンとクロコによる襲撃シーンが続けて映されたことにより、時系列が意識されたのだ。
 プロローグの連邦生徒会長の語りは、最終編において再び挿入され、あたかも伏線回収のような雰囲気を出していたが、実際にはあれがどのようなシチュエーションであったのかは少しも明らかになっていない。
 連邦生徒会長は電車内で致命傷に近い傷を負っているように思える。アニメでは向かい側にいる先生は項垂れている。
 このシーンについては、クロコ世界線の出来事なのだと解釈できる。
 最終編においてはクロコ世界線の出来事を夢として垣間見ているので、それと同様なのだろう。
 クロコ世界線での先生のラストシーンは、クロコに襲撃されるシーンであるため、連邦生徒会長の語りはそれ以前のシーンであると思われる。
 そこで気になるのが連邦生徒会長の同じ状況、同じ選択というセリフである。
 連邦生徒会長がこのセリフを言った時に、クロコの襲撃は起こっていない。
 最終編において、同じ状況、同じ選択というのはプラナのセリフであり、具体的にはクロコを庇い、プレナパテスとなったことと、自分の転送枠を使い、クロコを地上に転送したことを指す。
 どちらも先生が自分の身を投げ出し、生徒を救おうとした場面となる。
 連邦生徒会長の語りのシーンではどちらも起こっていないにも関わらず、同じ状況、同じ選択という表現が使われる。
 これはゲーム的に同一表現を使っていることからも、連邦生徒会長の語りの前にも、クロコを救ったのと同じことが起こったのではないか。
 つまり、先生は連邦生徒会長をその身を挺して救おうとしたが、連邦生徒会長は致命傷を負ってしまったのではないかと、自分は考察する。
 そして、それがクロコ世界線での先生が重体になって目覚めないことと繋がっていくのではないか。
 もちろん、先生が重体となるのはシャーレでの事件の結果だから、電車のシーンと直列で繋がっているわけではないかもしれないが、関連性はあるのではないかと思っている。
 最近更新された対策委員会編第3章で、地下生活者によるシャーレへのダイレクトアタックがあり、これがクロコ世界線では先生への致命傷になったという意見もあるようだが、自分はまだ連邦生徒会の秘密金庫への襲撃がこちらの世界線では起こっていないので、違う出来事なのだと思っている。

 ただ、ざっくりクロコ世界線はバッドエンド世界線というようにまとめられているけれど、明確にメイン世界線と違う部分があって、それは連邦生徒会長と先生の関係性である。

 プロローグの語りから見ても、あの時点でクロコ世界線の先生と連邦生徒会長は、何度も面識があり、議論をしてその結論が異なったこともあるという関係性と思われる。
 しかし、メイン世界線では連邦生徒会長とはほぼ面識がないように描かれている。
 つまり、クロコ世界線とメイン世界線では連邦生徒会長の失踪の経緯が違うのだ。

クロコ世界線 連邦生徒会長と先生が会う → 連邦生徒会長と先生が議論をし、意見がすれ違う → 連邦生徒会長の電車での語り → 連邦生徒会長の失踪(恐らくヘイローの破壊) → シャーレでの事件で先生が重体に → クロコ襲撃、先生がプレナパテスに

メイン世界線 先生と会う前に連邦生徒会長が失踪、アロナと同一化

 連邦生徒会長について、突っ込んで考えたことはなかったが、クロコ世界線では先生と連邦生徒会長はバッドエンドを回避するために二人して奔走し(それこそホシノとユメ先輩のようなバディ関係だったかもしれない)、結果、連邦生徒会長は死亡し、先生はプレナパテスに至るような末期を迎えてしまう。
 クロコ世界線の連邦生徒会長は死ぬ前に何らかの手段で、別の世界線の先生にシャーレを託し、その世界線の自分をアロナと同一化することで失踪させたのかもしれない。
 とにかく最終編を経ても、この世界の核心である連邦生徒会長にはまだまだ明らかになっていないことが多い。
 最終編で多くの伏線を回収したこのお話には余白がちゃんと残されている。
 そう思うと、これからのブルアカも改めて楽しみに思えてきた。

 やる予定がある人は見ない方が吉。

 

 なんというか吐き出し口がなかったためにここに書き殴りたくなっただけなのだが、死月妖花に俺の休日がグチャグチャにされようとしている。

 死月妖花っていうのは数十時間くらいかかるよ~っていう名目のフリーホラーノベルゲームで、村とか薬とかオカルトとか、漂ってくる匂いがちょっとひぐらしっぽいゲーム。荒っぽさはあるが、めちゃくちゃ細部まで作り込まれていたりして、積みゲーをしまくっている俺の最近のメインゲーとなっていた。

 そして、このノベルゲー、なんと全体の文章量中どのくらい読んだかをパーセンテージで表記してくれるのだ。

 もう俺は残りのパーセンテージがある程度まで減っていたので、この休日中に死月妖花を終わらせよう(そして次のゲームをしよう)と思っていた。なんだかんだ測ってはいなかったが数十時間くらいはプレイしているだろう。

 最終編と思しき編でも真相がすべて見えてくるタイプではなかったが、資料が充実している作品だったので、主人公たちが知る事実ではすべては明らかにならないが、あとは資料を探って各々真相を確かめてくださいね、という形かと思っていた。

 ところが。

 100%まで進めると、衝撃の事実が明かされると共に、この物語の真のボリュームが明らかになったのだった……!

 

 現在45%……?!

 

 多分だけどこれまで30時間くらいはやっている気がする。それでも今日びエロゲとかだったら十分なボリュームだろう。

 それがこれから2倍だと!? 俺は死月妖花を終わらせてゼノブレイド3のDLCを進めようと思ってたのに……! こんなはずじゃなかった……!!

 

 総プレイ時間60時間ってそれFate並じゃん。マジでエロゲ全盛期のクソ長超大作レベルではないですか。

 どうしてくれようか……。

 真相編がどのようなノリなのかはわかってはいないのだが、ボリュームで言うとこれまで以上のものであることだけは確かだ。

 もちろん、ここまでやってクリアしないというのはありえないのだが、流石に今回の休みに一息に終えられるレベルではない。

 また、ゲームをやるスケジュールを整理しないと……。

 恐らくゼノブレイド3のDLCの方を先に終わらせることになるだろうな。

 

 結構ゲームを次々やるタイプならばわかるだろうが、なんとなくゲームのボリュームを考えつつ、スケジュールを立てたりするものなのだ。

 死月妖花、思わぬ伏兵だった。絶対最後までやるが、どういう風にプレイしてやろうか、それが考えどころだ。

 いささか懐古厨的な話題になるかもしれないが、久しぶりにカゲプロについて考えた。

 きっかけとしては、俺は普段はほとんどシャワーを浴びるだけなのだけれど、少し前に温泉に一人旅をしてから、入浴剤を買ってゆっくりと湯船に浸かるというのをたまにやっていて、今回はその時にたまたま音楽をかけていたのだ。

 音楽をじっくり聞くという機会も最近はあまりなく、たまにはアルバムをまるごと聞くのもいいかと思い、カゲプロのアルバム3枚を聞いてみることにした。

 そして、以前からカゲプロの成功と失敗について書きたいと思っていたこともあり、簡単に記事にしようと思った。

 完全に昔とった杵柄という感じでしかないのだけれど、現在は廃墟となっているこのブログは、元々はカゲプロの考察についてもよく取り上げていて、その時はアクセスカウンターが100万回くらいに達するくらいにはよく閲覧されていた。

 そんなカゲプロ考察ブログを運営していた者として、あくまで簡単にではあるが、アルバムを聞きつつ振り返ったカゲプロの成功と失敗について語ってみたいと思う。



 まあじんさんのカゲプロのアルバムの1番目には同人盤があったのだけれど、現在配信サイトで聞くことができる1枚目という意味で、メカクシティデイズを聞きながら思ったこと。

 まずカゲプロの成功したのは、



・カゲロウデイズがやっぱりめちゃくちゃパンチが強い。



 ことが挙げられるだろうが、しかし、ムーブメントに至ったのは、



・作品ファンであることを示すメカクシ団=パーカーという記号が使いやすく、流行ったこと。



 これが一番だろう。俺もカゲプロのファン人気に乗る形で、考察ブログを中心に色々と若者と交流を図り、今考えると痛々しいけれど、青春ごっこを楽しんでいたように思う。



 そして、あくまでカゲプロというコンテンツは成功した。大成功としたと言っていいと思う。ボカロPから自分が歌うようになり有名になったのは米津さんを始めとして数多くいるけれども、ボカロ曲があるコンテンツに成長し、ノベライズ、コミカライズ、アニメ化とメディアミックスへと発展した例で最も成功したのはカゲプロだろう。マネタイズもかなりうまくいったと言える。アニメDVDも小説もかなり売れた部類だろう。

 にも関わらず、どうしてカゲプロに失敗という文字がちらついてしまうかと言えば、端的に言えばもっとうまくいくと思われていたからじゃないだろうか。

 作品の面白さとして考えると、まあしょうがないことではあるのだけれど、どうしても楽曲時点がピークで、小説も頑張っていたのだけれど楽曲を越える良さがあるとは言えず、アニメ化はシャフトが手抜きをしたのもあるけれど、単純に脚本が良くない。

 しかし、今でも俺はカゲプロには物語としての面白い要素はきちんと詰め込まれていたと思う。特にアニメ化の時にそれがうまくいかなかったのはどうしてだろう。



 俺はカゲプロファンの中でも、多分初期には多かった考察をして楽しんでいたファンだ。

 どのように楽しんでいたかと言うと、カゲプロの楽曲は一つ一つが物語を作っているのだけれど、それぞれが一つの世界観の中で繋がりを持っていた。それがどのように繋がるのか、どのような時系列なのか。あるいは歌詞はどんな意味があるのか、PVにはどんな意味があるのか。ある意味では深読みを楽しんでいたわけだ。

 そんな中、もしこうなったら面白いという妄想はかなりしていたわけで、そんな自分がカゲプロのメディアミックスの時に一番面白さとして損なわれたと思ったのが、



・ヘッドフォンアクターの時に魅力的な敵役として登場した白衣の科学者を、うまく物語に取り込めなかった



 ということだった。

 ヘッドフォンアクターにおいて、実験体がいる街を丸々一つ作っておきながら、それを簡単に爆弾で破壊してしまうような、あるいは電脳空間の中でAIの完成を目指し、成功例以外は完全に捨て去ってしまうような、そんな魅力的な敵役だった白衣の科学者の設定は、小説やアニメにはうまく生かされていない。

 特にアニメでは悪役の組織が色々とゴチャゴチャしていて、まったく整理されていない。

 物語というのは大体問題を解決することで進む。ダークな要素のある異能力バトルという見方もできるカゲプロにおいて、敵が強大な組織であり、それをなんとか突破していくというプロットにできなかったのは(あくまで俺から見てだが)致命的だった。

 最終的な敵がメドゥーサに集約され、物語が個人的な小さなものにまとまってしまい、例えばメドゥーサなど異能を研究する科学者の組織というような、対立する大きな悪役を打ち出すことができなかった。これが俺がカゲプロの面白さが減じてしまったと考える理由だ。

 また、考察勢としてはまだ設定が固まっていなかった時点で出されたメカクシコードなどの楽曲がどのように物語に当てはめられるか、それが楽しみだったのだが(初期の楽曲だからこそ、歌詞に色々解釈の余地があった)、そこはあまり活かさずにただ過去の出来事として流されてしまった気がして残念だった。



 そんな感じで、考察を上回るような面白い物語というアテは段々外れてしまい、どちらかというとキャラクターコンテンツとしての側面が強調されていくように感じたカゲプロだったが、2枚目のメカクシティレコーズにおける、ロスタイムメモリーはやはり白眉の出来だと感じる。この楽曲の良さは、



・ループモノとしての作品の構成を活かし、過去を受け入れ先に進もうとする主人公と、過去に縛られ進めない主人公を二重に描写していること。

・PVに第一曲目の人造エネミーの要素をうまく取り入れていること。



 にあると思う。



 そんな感じで今聞き返しても、楽曲のクオリティーの高さを確かに感じながらも、ヘッドフォンアクターの物語のよさを感じると、どうしてもっと活かせなかったのだろうと苦々しく思ってしまう部分もある。

 それでもカゲプロは俺にとって、かなり入れ込んだコンテンツであるということに変わりはない。だからこそ、色々思い入れて、ただ単純に楽しんでいたファンよりも余計なことを考えてしまうんだろう。

 そんな風に思った。

 にじさんじのましろくんのSCP配信から興味を持って、梨さんのかわいそ笑を読みました。

 なかなか面白いホラーでした。

 アマゾンのレビューを見ると結構賛否だけれど、いわゆるホラー小説として書かれた本ではなくて、ネット上のオカルト板やブログ、記事、インタビューなどをまとめた感じになっているので、ある程度ネット知識がある方が面白いかもしれません。

 とはいえ、そこまでネット黎明期を知らない俺のような人間でも面白く読めました。オカルト板のまとめを楽しく読んだことがある人なら十分面白いと思います。

 梨さんはSCPなどの記事を書いている人で、それを紹介しているましろくんの配信で知ったのですけれど、そういった方面に明るい人なら当然知っているというか、この本も当然読んでいることでしょう。

 

 というわけで考察ですが、俺自身の考察というよりは、いくつかの考察を読んで、それらをつまみ食いし、しっくりした筋書きを自分なりにまとめたものになります。かんたんにやります。

 

 大体の人が本を読めばわかることだと思いますが、この本は横次鈴という人を貶めるために、いくつかの怪異譚を彼女を主人公に書き換え、まとめたものになっています。

 この本を読んだ人も彼女を呪ったことになり、また呪い返しの影響を受けることになるという、読者参加型のホラーとなっています(また作中QRを読むことにより、追加の情報を読むことができます)。

 

 この本の考察が分かれるところとしては、横次鈴という人物が死んでいるかどうかということだと思います。

 俺は死んだと考えています。

 死体写真や殺害時の音声などが作中に登場しており、表紙にも「死んだ人のことはちゃんと可哀想にしなきゃ駄目でしょう」と書いてあるからです。

 これは横次鈴という人物のツイッターが今も存在し、自己紹介欄が更新されていることとは矛盾してしまうのですが、まあ確かにこのホラーは明確な答えが求められるものではないのでしょう。この本の執筆を依頼した女性に悪意がある以上、情報がどこまで正しいかわからないからです。

 ですが、流石に夢の中で死体写真や音声まで取れてしまうと、リアリティレベルがかなり損なわれてしまうため、現実に横次鈴の死体は存在した、という体で考えていこうと思います。そうすると一人の女性が横次鈴への憎しみから、どんどんおかしくなっていく様が一つの物語としてわかりやすくなるように思うのです。

 

 登場人物

 

  横次鈴に憎しみを抱き、どんどんおかしくなっていった。作中で横次鈴や洋子を名乗ることがある。横次鈴を殺害し、死後その存在を貶めたのは、好きだった男が鈴に惹かれたため。

 梨 作者。に依頼されて本にまとめた。

 横次鈴 今回の被害者。明るい女性であり、が好きだった男に好かれていた。

 洋子 大学でに心霊写真を見せられた女性。は洋子の名前を騙り、作者に依頼した。

 

 第一話

 

 この話を作者にしたのはである。

 は度々、自分と交流があった誰かの視点を騙り、物語を作ることがある。

 この話で横次鈴として語られているのは、横次鈴を騙っているであり、ベッドにあったのは横次鈴の死体である。

 は嫉妬から横次鈴を殺害し、成り代わってそこで生活していた。

 殺人から生まれた災いを、自分を選ばず鈴を選んだ男へと流すため、コピー機による儀式を行っていた。

 数年経過後、死後、怨霊と化した横次鈴に呪いを流すため、コピー機による儀式に使われる顔は横次鈴のものになっている。

 

 アンソロに小説を送ったのはである。

 

 第二話

 

 ここで雑誌のインタビューを受けている女性のみ、本物の洋子である。

 切り抜かれた心霊写真を見せた友人というのは、である。は大学を休学し、連絡が取れなくなる。

 

 「りん」を名乗ってオーバードーズし、死体写真を投稿したのは

 は横次鈴を自殺を装って浴室で殺しており、その写真を掲示板に投稿した。

 男性が幻視したのは、の姿だろう。

 横次鈴の死体の写真はこの時点で呪いを帯びている。

 

 第三話

 

 メールを作者に送ったのはだが、このあらいさらしの迷惑メール自体を体験したのは別の女性だろう。

 横次鈴を殺害したは、死体を廃墟同然の公衆トイレに運び、あらいさらしの儀式を行った。

 横次鈴は、その死後、がその存在を更に貶めようという企てによって、更に呪いを強め、亡霊として存在するようになっていた。

 はその呪いを、横次鈴を選んだ男に流すため、あらいさらしに使用する名前を男のものにしていた。

 この話の後半で余裕をなくしてあらいさらしを体験した女性に電話をかけてくる男が、横次鈴を選んだ男なのだろう。男は横次鈴が失踪し、あらいさらしや掲示板に自分の名前が使われ、かつ横次鈴の死体を見てしまったことにより半狂乱になっていたのだと思われる。

 

 第四話

 

 最初の恥ずかしい小説のみ横次鈴が書いたもの。

 5/5の時点では横次鈴を殺害し、成り代わっていると思われる。

 その後、はサイトを乗っ取り、横次鈴を主人公とした怪異譚を書くが、縦書きで右上から左下に文章が流れることにこだわりがあり(その方が呪いが伝わりやすいと考えているのかもしれない)、長続きはしなかった。

 

 は夢という体で、廃墟同然のトイレに横次鈴の死体を遺棄し、写真を取り、喉を切り裂いた時の音を録音した際の経験を語っている。

 

 ヤバすぎる実話怪談宛に電話したのは洋子を装った

 声音が違う、口調が違うなど、前回とは別人というのが匂わされている。

 ただ、起きたこと自体は現実をなぞっていると思われる。

 大学を休学後、行方知れずとなっていたは久しぶりに洋子と再会する。

 は横次鈴を怨霊としようとする試みから自業自得ながら呪い返しを受け、横次鈴と同じ格好をすることによって、呪いを死んだ横次鈴に流そうとしていた。

 傍らにいる化け物は怨霊となった横次鈴だと思われる。

 

 第五話

 

 怨霊になった横次鈴の呪いを広めるため、あるいは自分がその呪いから逃れるため、は横次鈴の喉を切り裂いた時の音を利用し、HPで更に大多数にその被害を広げた。

 音声を聞いた者は呪いに取り込まれてしまう。また、この本を読むこと自体が、横次鈴の呪いに取り込まれる構成になっている。

 

 女は既に横次鈴の呪いに取り込まれ、異形と成り果てている。

 

 

 

 かんたんとか言いながら、めっちゃ長くなってしまいました。

 以上のように、横次鈴を殺害したが、横次鈴に成り代わり、死後の横次鈴を可哀想な存在にするために怪異譚と呪いを撒き散らしていく話を主軸と捉えると、わかりやすくはなるのかな、と思います。

 しかし、当然矛盾点は出てきてしまうとは思うので、わかりやすい大味な考察という感じです。

 ただ、書いていて思ったのですが、もしかしたらは、横次鈴を殺すことまではしておらず、オカルトにハマって幽霊に殺される形で自殺してしまった彼女を、一つの都市伝説として成立させるために奔走したのかもしれないとも思いました。

 そう思った理由は、まずはムカついたから横次鈴をターゲットにしたと言っていますが、そのような軽い動機の割には、横次鈴を怪異化し、書籍によってその呪いを更に拡散させるという試みはあまりにも煩雑過ぎることです。横次鈴を貶めたかっただけのはずなのに、は呪い返しによって自ら異形に成り果てています。これはムカついたというだけにしてはやり過ぎではないでしょうか? あまりに動機に比べて自分のメリットがなさすぎる行為に思えます。また、四話の夢において、あくまでは自殺した横次鈴を発見し、その物語を引き継ぐというようなことを語っています。

 かわいそ笑は百合だ、みたいな記事のタイトルをネット検索で見た気がするのですが、例えば、横次鈴とが実は親しい仲で、は横次鈴に歪んだ愛情を抱いていて、しかし、横次鈴は男と付き合ってしまい、男との関係性に思い悩み、オカルトに傾倒したこともあり、自殺してしまった。

 は横次鈴が自殺するきっかけとなった男にあらいさらしやコピー機で呪いを流し、匿名掲示板で男の名前を連投、そして、実は横次鈴自身が試みていた色々な怪異譚の主人公を自分にすることで、自らを怪異化するという試みを引き継ぎ、自ら第二の横次鈴を名乗り、死後の横次鈴を決して消えることのない亡霊としてネットと本に刻み込んだ。そこには百合的な異質で重量級な執着があった。そんな風に考えることも可能なのかもしれません。

 その場合、今、現存するツイッターで「かわいそ笑」と言われ続けているのは、であり、幽霊になった方が幸せなような状況を必死に耐えている。そういう風に解釈もできるのかもしれません。

 百合説の場合、大筋の考察は変わりませんが、一話は本当に横次鈴の友人視点であり、横次鈴も実際に異質なオカルトに傾倒しており、右上から左上に流すという考えが横次鈴からに引き継がれたと考えることもできると思います。その場合、アンソロ依頼やHPに掲載した小説までは横次鈴がやったとも捉えられます。は横次鈴の試みを彼女から引き継いだのです。

 百合ではないにしても、はよっぽど横次鈴に執着していないとこれは成し遂げられないと思います。

 いずれにしてもこうして考察してみてやや見方が変わった物語でした。

 ある一人の人間を怨霊の化け物にしてでも世界に刻み付けたいという思い。それは執着なのか憎しみなのか愛なのか。

 そんな感じでかわいそ笑の考察でした。

 読んでいただいた方はありがとうございました。

 ブルアカについて少し書いてみたい。ブルアカで一番いいと思ったのは悪が共感しがたい悪として描かれているところだ。

 

  まず、学園モノのテンプレとしては、ドタバタで、生徒が萌えキャラで、主人公の先生がちょっとエッチだけど生徒に寄り添う善意の人で……と、言ってしまえば一昔前のモノと言っていい。

  ただ、中国の開発なので、シナリオにちゃんとソリッドな、厳しい側面を入れ込むことができている。ヨースターのソシャゲはいくつかやったことがあるのだが、シリアスな面が強調されたゲームの場合、あまりにも状況が厳し過ぎたり、専門用語の羅列が多く、日本のユーザーとしては気持ちが少し萎えてしまうという部分があった。

 ブルアカが優れているのは、ヨースター的なシナリオのソリッドさを、平穏な学園モノの対比として置いたことだ。悪役は生徒たちを利用し搾取し、『それこそが大人だ』と開き直る。それに生徒と寄り添う先生を対比として置くことで、先生が主人公として輝いている。

  ディエス・イレというバトル系ノベルゲームの傑作を書いた正田崇先生は、物語を考える時に敵から考えると言っていた。物語というのは基本的に問題を解決する筋書きであることが多い。バトルものとしては問題というのは敵キャラという形で現れる。どういう敵がいるかというのはとても重要で、ブルアカにおいてゲマトリアという敵性集団は、先生という主人公にとてもマッチしている。ブルアカの魅力としてゲマトリアをすぐに挙げる人は少ないかもしれないが、メインである学園モノとしての側面が輝くのは、ゲマトリアが陥らせる危機の状況が容赦がないからだとも言える。子供たちに寄り添う先生との対比に子供たちを利用するゲマトリアを置く。こういうストレートなコントラストのよさは今の日本の物語ではなかなか味わえない。

  日本の物語というのは、もう進み過ぎてしまっていて、王道の物語というのはあまりメインストリームでは見ないかもしれない。鬼滅の敵は過去に同情すべき事情が描かれるし、あるいは呪術やチェンソーは、主人公側もダーティな振る舞いをするという方向性となっている。

  その意味で、悪は悪を貫いており、共感性が少ないキャラとして描かれ、それに対比として萌え学園モノの不殺的な善意の先生主人公を置くというブルアカのアプローチは、もはや日本では生み出されないものかもしれない。しかもそれが、とても面白いのがよかった。

  エデン条約編は広く評価されているが、上に書いた日常と敵の対比が一番よく現れている編とも言っていい。

  一番の盛り上がりであるヒフミの主張と、タイトル回収はある意味とてもクサいシーンなのだけれど、今の令和の時代に、ここまで正々堂々とクサいシーンを正面切って描ききれるゲームが他にどこにあるんだろうか? もう日本ではできないことをブルーアーカイブはやっていると思った。日本の最前線で評価される作品とは別軸の、少し古い作品のよさが確実にあって、俺の中でブルアカの評価を確固たるものにしている。

  ヒフミのシーンもそうだが、ブルアカはノベルゲームで言うイベントスチル(一枚絵)がとても美しく、映画的な盛り上がりを強調している。

  ヒフミの主張から繋がるのは、先生がこの世界にその立場として来た意味というか、まさにその役職の意味を発揮する、これもある意味での伏線回収としての活躍だ。

  その後の仲間が集結してくるイベント戦も熱い。

  先生のカードの力が発揮されるのも、メタ的で恥ずかしさもあるんだけれど、ブルアカはもう真正面から来るので逆に清々しい。『ちょっと恥ずかしいけれど、お前らこういうのが好きだろ?』という全力ストレート。それがとても心地いい。

  中国の日本のオタク文化に影響された層においては、もう既に原神で世界を獲っている現状があるものの、ブルアカのような少しレトロなタイプの学園モノについても、もはや今の日本には出せない味を出している。

  もちろん、今の日本のチェンソーマンのような『物語に慣れてしまった人が一周回って好き』みたいなところまで追いついてくるには時間がかかるかもしれないが、逆に今の日本が失ってしまった王道展開を描けるのはもはや中韓だけなのかもしれない。

  チェンソーマンについてもジャンプ連載を毎週楽しみにするという自分にとって『いまさらこんなことが起こるとは』というエポックメイキングだったが、ブルアカについても中国のヨースターが王道学園モノを描き、日本には出せない味を演出してみせたという点で目から鱗が落ちた。

  ヨースターのシナリオの一つの到達点として、間違いなく今やる価値のあるゲームだ。

・あくありうむ。はホロメンがやっているプレイ動画でしか知らない
・ざっくりと感想は調べたので、ある程度終盤の展開は知っている

 という感じなので、自分自身は未プレイですが、あくありうむ。のネタバレが含まれていると感じる場合があります。

 オチが結構賛否らしいのですが、Vtuberがヒロインのギャルゲーで身分差のある恋愛を題材にしていて、終盤にメタ展開があるという構造は結構面白いのではないかと感じ、勝手に妄想しました。



 燃え盛る屋敷からギリギリで抜け出し、僕はあくあの手を引いて走っていた。
『テオ、あくあさんを連れて逃げなさい! こちらのことはこちらでなんとかします!』
 姉さんの声が頭の中でまだ反響している気がする。しかし、今は姉さんの言った通り、あくあの身の安全を第一に考えなければいけない。
 フランソワ家の家督争いは僕が子供の頃に決着しており、父は叔父を追放することになった。しかし、叔父は貴族の権力争いからは身を引いておらず、現在では反乱軍を率い、父と戦争をしていた。
 けれど、あくあと日々を過ごしている途中で、戦争は終わり、反乱軍は壊滅したとの報を知らされ、僕はすっかりと安心してしまっていた。
 姉さんが言っていた、執着心の強い人間の怖さというものを、僕は完全には想像できていなかったのだ。
 叔父は反乱軍の壊滅の折、父の隙を突いて、少数精鋭を率いて次代の跡取りの僕がいるフランソワ家を強襲したのだった。
 ちょうど、戦争が終わったという報が来た油断。また、フランソワ家には十分な護衛がいるとは言えず、こうして火を放たれてしまった。
 姉さんとマリンさんとは燃え盛る屋敷内で離れ離れになってしまった。
「テオ、これからどうしよう……」
 現状を整理するために働いていた頭が、あくあの声で現実に戻される。
 あくあは汗ばんだ僕と握った手を、もう一度強く握りしめた。
「一度どこかに逃げ延びて身を隠せればと思ったんだけど、方向が悪いね……この先には海しかない」
 叔父さんの集めた少数精鋭の部隊は焼き討ちで僕を殺すことができなかったことを素早く察知し、更に部隊を分けてこちらを追って来ていた。
 まだかろうじて見つかってはいないようだが、それも時間の問題だろう。逃げ続けなければ捕捉されてしまうが、この先は海だ。しかし、引き返す余裕もない。正直、僕もどうすればいいかわからなかった。
「あくあ、ごめん。結局、君を貴族の都合に巻き込んで……」
「ううん、いいよ。テオは悪くない。ええと、そうじゃなくて……子供の頃はあたし、テオが貴族じゃなければって思ってたの」
「別れる原因になったから?」
「そう。貴族じゃなくてもテオはテオだし、だったらテオが貴族じゃなかったらよかったって。結婚しちゃえばずっと一緒にいられるなんて、すごく単純で、今考えるとあたし、すっごく子供だったね」
 僕は胸が痛くなった。あくあは今、子供の頃から成長したことを言っているのだけれど、もしあくあが子供の頃に言っていたような、夢のような話が現実だったらと思ってしまったのだ。僕とあくあが、二人とも農民だったなら。いつまでも穏やかな生活があったのかもしれないと。
 しかし、あくあはそんな僕の淡い想いをきっぱりと断ち切る。
「でも、テオのメイドとしてお屋敷で過ごして思ったよ。貴族として生まれて育った日々が、あたしが好きなテオを作ったんだ。テオが貴族として生まれたから、あたしとテオは、出会ったのかもしれない」
 確かにそうかもしれない。でも――
「だけど、僕が貴族だから、あくあともちゃんと結ばれることができないんだ! 挙げ句、こんな馬鹿馬鹿しい争いに巻き込んで……僕は何をやっているんだろう」
「テオ、それでもあたしは、貴族のテオと出会えてよかったよ。あの日、歌を聞いてもらって、あの雨の日にテオと別れて、それからのあたしはずっとテオのことを考えてた。あたしの人生は、テオでいっぱいだった。それが幸せだったよ」
 不甲斐ない僕を全肯定するように、あくあが僕の両手を、その両手で包み込んでくれる。
 無条件の愛情。
 僕はそれを受けるに足る人間だったろうか。
 僕とあくあが秘密の恋人同士になってからのお屋敷の日々。僕はそれを楽しみながらも、心の奥底ではきっと罪悪感があった。僕ではあくあを本当の意味で幸せにすることはできないのではないか。
 身分差がある以上、当然公表すれば僕が想像する以上の非難を浴びるだろう。けれどそれ以上に僕は、あくあに当たり前の幸せを与えられないことが、辛かった。
 告白をした時の熱を帯びるような気持ちを忘れたわけじゃない。だけど、僕の心には最後まで身分差のことが引っかかっていたんだ。
 あくあはそんな僕との関係を受け入れてくれた。でも、彼女は過去の後悔から僕にあまりにも献身的であり過ぎる気がした。
「おい! こっちだ! 跡取り息子がいたぞ!」
 そんな時、僕たちの耳にそんな粗暴な声が聞こえてきた。
 あくあとの間に渦巻く感情から、つい歩を緩めてしまっていたか。
 僕とあくあは再び必死に走り出すが、しかし、差が詰められるのはもうどうしようもないことだった。
 僕は貴族して身体を鍛えているけれど、あくあはあまり運動が得意とは言えない。彼女を連れている時点で、荒くれ者とはいえ戦闘に卓越した男たちを振り切るのは不可能だった。
 屋敷からは逃げ出せたものの、徐々に包囲網を縮められていたことから生じてしまっていた悪い想像から逃れられなくなる。
 このまま、あくあもろとも殺されるか。剣すらないがこの身一つで最後の抵抗をするか。それとも――
 僕が唇を噛み締めると、またあくあが強く手を握ってきた。
「テオ、いいよ」
 僕の考えていることがどこまで伝わっているのか。あくあは微笑みを浮かべて頷く。
 その笑みにこれまでどれだけ心を救われてきただろう。
 僕は泣きそうだった。
 岩場の陰に潜み、息を整える。磯の香りが強く漂った。もう海はすぐそこだった。
 近くには、あくあと再会したあの日、マリンさんから借りていた小説のモチーフとなった断崖絶壁の崖がある。許されざる悲恋の逸話のある崖だった。あまりにもお誂え向きすぎて、皮肉にすら感じた。
 それでも僕は、あくあを男たちに殺されたくはなかった。
 これは僕の、最後のわがままだ。
「あくあは僕のことを受け入れて、認めてくれたけど――僕は僕自身のことをそこまで好きじゃないんだ」
「あたしの好きな人のことを、テオはそんな風に言うんだ」
 あくあは冗談のように頬を膨らませてみせる。
「さっきあくあは、貴族としての僕が好きと言ってくれたけれど、僕は逆に農民として生まれたら、あくあとずっと一緒にいられたのかな、って思ったよ」
「うん。それもよかったかもね」
「僕とあくあに身分の差がある以上、こんな状況になるまでもなく、普通に結ばれることはあり得なかった。僕はもちろんどうにかしたかったけど、でも実際はあくあに告白した日に、君が言った通りだ。大勢の人を悲しませることになる。姉さんも、父さんも、領民の皆も」
「そうだね」
「僕はあくあと過ごせて本当に幸せだったし、楽しかった。でも、本当の意味で君とずっと一緒にいられるのか、君を幸せにできるのか。心の奥底から自信はなかったんだよ」
「あんなに情熱的に告白してくれたのに?」
「ごめんね。格好つけちゃったかもしれない」
 僕とあくあは顔を近づけて見つめ合う。
 視線を逸したのは僕の方だった。
「あくあ。ごめん、」
「テオ、あたしたちがずっと一緒にいられる方法が、まだ一つだけあるよ」
 僕の言葉を遮るようにして、あくあがそう言った。
 それを聞いて、僕はあくあと気持ちを一緒にしているとわかった。
 そのまま顔が近付き、唇を交わした。
 抱きしめ合う。伝わってくる鼓動が、何より僕たちの気持ちが一つになっていると伝わっている気がした。
 男たちの粗暴な声が響いてくるが、どこかそれは遠い。もう僕たちには関係のないことだから――
「あくあ、行こう。僕はどうしても君をあんな奴らの好き勝手にされるのは耐えられない」
「うん、行こう。テオ」
 あくあの震える手を抑えるように、今度は僕が強く握った。
 照れたようなあくあと微笑み合い、そのまま歩いていく。
 数分とかからず、崖の先端まで僕たちは辿り着いた。
「あたしたち、きっとずっと一緒だよね」
「うん。僕たちはこの時だけは、きっと一緒になれるんだ」
 貴族や農民なんて関係なくて、身分差という区別もない。
 だってこの瞬間、お互いを愛し合い、気持ちを一つにしていることだけは、誰にも否定なんかできないのだから。
 僕とあくあは思い切ったように手を握り合ったまま飛び降りた。
 強烈な風を感じながらお互いを手繰り寄せ、一つの生き物になったように固く抱き締める。
「あくあ、愛してる!」
「あたしも――!」
 吹き荒ぶ風に負けないように叫んだ。次の瞬間、すべてが黒の水に叩きつけられ、飲み込まれていった。



 スマートフォンのけたたましい音をようやく止めて、僕は起き上がった。この夢を見る時は、いつも酷い頭痛がした。だから悪夢と言えるかもしれないが、幸せな夢とも言えるかもしれない。
 大切な人と死んでしまう夢だけど、大切な人と最後まで一緒の夢でもあるのだから。
「はぁーーーーっ。頭痛いな」
 ため息を盛大に吐きながら僕はベッドから起き上がる。夢の中のような中世ではなく、そこは現代で僕は一人暮らしをしている。

 多分、ネット上の誰に言っても、頭がおかしい異常者と言われてしまうに決まっているが、僕にはテオという少年の記憶があった。
 それが多重人格なのか、都合のいい妄想なのか、はたまた並行世界の自分みたいな荒唐無稽な話なのか、僕にはわからない。
 自分でも気持ち悪いと思うくらいなのだ。人に話すことは絶対にないだろう。
 僕は顔を大雑把に洗うと、パソコンの電源を入れ、真っ先にyoutubeを開いた。
 まだ朝なので当然配信はない。配信のアーカイブを開く。
 しばらく待機画面が流れるのをそのままにし、その間にコーヒーを淹れた。
「皆さん、こんあくあー」
 湊あくあの配信が始まり、僕は改めて自分の夢に赤面し、大きなため息を吐くのだった。

 テオという少年の記憶は、かなり鮮明で、前世の記憶なのではと思う時もあるのだけれど、そんなことはあり得ないというのはわかっている。
 それにテオが自分自身と思えるかというと、そんなことはない。
 でも、恥ずかしながら彼に少し共感するところもあって、テオは羨ましいことにあくあと一緒に過ごしていたけれど、結局、結ばれて家族として認められることは永遠になかったわけだ。
 それと並べるのはおこがましいのかもしれないけれど、今の僕と湊あくあにだって越えられない壁がある。ある意味では身分差以上の壁がある。
 湊あくあはPC画面の中にいて、僕はもちろん彼女と付き合うことなんてないに決まっているし、それどころか一生会うこともないだろう。
 好きかどうかで言われれば、きっと間違いなく好きなんだけれど、いわゆるガチ恋的な感情と、一般的な恋愛感情が同じかどうかはちょっと意見がわかれるだろう。
 でも、僕には夢だか妄想だかわからないテオの一部分が少しだけ残っていて、そのせいでクルーの中でもちょっとだけ重めの感情を抱いているかもしれない。
 僕なんかが湊あくあに近付こうなんて、間違っても思わないけれど、きっと彼女が配信を続ける以上、僕は一生彼女を応援し続けるだろう。
 彼女が配信をやめてしまっても、その幸せをずっと祈り続けるだろう。
 僕にはきっとテオの欠片が入っているから、そんな恥ずかしいことを本気で思っていた。
 テオとあくあには身分の差があった。
 僕と湊あくあには次元の差がある。
 どちらも覆しがたい差だ。
 テオとあくあは想い合っているけれども、僕の想いなんかはただの一方的な関係なのかもしれない。
 それでも、僕は湊あくあを大切に思っている。
 一生応援し続ける。一生大切にし続ける。
 僕は信じる。
 こういう想いがきっと見えないところで絆として繋がっていって、湊あくあと僕たちクルーだって絆がちゃんと繋がっていると思うし、テオとあくあが死んだとしてもその絆は消えたわけじゃないんだ。
 そして、その絆がどこかで実を結んで、僕の知らないところで、テオとあくあが幸せになってくれればいいなと思う。
 本当のハッピーエンドが訪れてくれればいいな、と僕は妄想する。

 その世界ではテオとあくあは自分たちが好き合っていることを周囲にバラしてしまう。きっともの凄い反対を受けることは間違いないだろう。
 でも、テオとあくあは一つずつ障害を乗り越えていくだろう。マリンさんに協力を取り付け、お姉さんを説得し、最後の難関の父親に挑んでいくことだろう。
 僕が知っているテオは頼りないところもある男だけれど、熱いパッションも持っている。そして、その隣にはあくあがいて、彼を支えてくれている。
 最後の最後にはご都合主義のハッピーエンドが訪れて、きっと皆が幸せになれる結末が待っている。

 二人がタキシードに花嫁衣装の結婚式を迎えるのが、僕には見える。

 僕は信じる。
 二人の絆を。
 そして、この世界にもきっと通じている、Vtuberの、視聴者の、それだけじゃない、もっと広い意味での僕たちの一人一人の想い、その誰かを大切に想う気持ちは、きっとなにかを救えるんだってことを。その一つ一つはか細いとしても、それがたくさん寄り集まれば絶対に不可能だって可能にできるってことを。

 奇跡が起こって、それはきっと叶うって、僕は信じてるんだ。


 

 もうこのブログはまったく更新していないし、また見る人もほとんどいないだろう。

 だから単に備忘録的に書くが、チェンソーマンのアニメが『やってくれた』。

 

 チェンソーマン原作信者の俺にとって、そもそもアニメは1話から、デンジやマキマの演技や、戦闘シーンなど納得がいっていない部分があったが、その後、youtubeの配信者の同時視聴なども見てみて、気分を切り替えた。もう監督が監督なので、原作通りにならないのは仕方ない。アニメとしてのクオリティは素晴らしく、漫画以上に表現がよいと思える部分もある。アニメはアニメとして楽しめばいいではないか、と。

 

 ところで、俺にはアニメ化に際し、楽しみにしているところがあった。それは序盤にラスボスと目されて出てくる銃の悪魔の出現シーンである。これは原作でも印象的なシーンで、やがて敵として現れることになる銃の悪魔が、いかに圧倒的なのかが斬新な表現で描写されていた。

 これがアニメではどのように表現されるのか、楽しみにしていたのだ。

 

 それがこのアニメ5話で描かれたのだが……。

 結論から言うと、カットされた。

 原作では非常に印象的な銃の悪魔の被害状況のナレーションの内容が、アニメにはまったく描かれず、また補完もされなかったのである。

 

 これには俺も驚愕し、一時的にとても気分が落ちた。

 この何もわかってないスタッフにアニメ化してほしくなかったとすら思った。

 アニメ化していないのなら、チェンソーマンのアニメ化を楽しみにすることができるが、しかしこのような形でアニメ化してしまえば、チェンソーマンのアニメ化違うんだよな……という気分でこれからずっと過ごさないといけないのだ。

 今では少し気分が落ち着いているが、動揺はしばらく収まらず、普段はしないアニメまとめサイトのコメント欄に数時間張り付くということをしてしまった。それくらい誰かと意見を交換したり、共感してほしかったのだと思う。今では少し落ち着いた。

 

 それでは実際、銃の悪魔の説明は原作とアニメではどこが違ったのだろう。

 アニメでは、アキの子供時代が描かれ、それが銃の悪魔によって破壊され、マキマが銃の悪魔が5分で120万の人間の命を奪ったと説明するが、はっきり言って説明不足である。

 原作では、アキの子供時代の破滅を背景に、以下のナレーションが流れる。

 

『日本に26秒上陸 5万7912人死亡
 アメリカ124秒上陸 54万8012人死亡
 カナダ7秒上陸 8481人死亡
 中国37秒上陸 31万6832人死亡
 ソ連210秒上陸 15万5302人死亡
 メキシコ2秒上陸 6088人死亡
 インド15秒上陸 2万9950人死亡』

 

 銃の悪魔は大陸間を高速で移動し、数秒から数十秒だけ世界各国に上陸、その短い間だけで数万から数十万の人間を殺戮した。そして、その高速移動をしたからこそ、銃の悪魔の破片がこぼれ落ちたというマキマの話に繋がってくる。

 アニメ版ではこのナレーションがカットされ、また、代わりになる補完情報がまったくの皆無であったため、『銃の悪魔が世界各国に現れたこと』『高速で移動し短期間で各国で殺戮を行ったこと』などを理解することがそもそも不可能になっている。

 銃の悪魔がアメリカのテロをきっかけに出現したという表現しかないため、まとめサイトのコメント欄では、アニメでチェンソーマン初見の人が、『銃の悪魔はアメリカに出現し、そこから固定砲台で世界各国を狙った』という勘違いをしていた。

 またアメリカ人で、『アキは当時アメリカに住んでいた』と勘違いした人もいたらしい。

 それは『世界各国に高速で移動して現れた』という情報が、そもそもアニメ版に存在しないため、理解が不可能だからである。読解力の問題ではない。

 つまり、過去シーンのアキはアメリカに住んでいて、またそのアメリカが破壊されただけで120万人が殺傷されたと勘違いしても仕方ないし、またアメリカから狙撃したと思われても仕方ないということである。

 アキは当然日本人で日本に住んでいた。アキの過去シーンは日本に銃の悪魔が現れた26秒を表現したものなのだ。

 このナレーションカットは今までのバトルシーンの物足りなさとは訳が違う。『序盤に登場するラスボス格とされる存在の情報が決定的に欠けている』という、初見の視聴者を悪い意味で勘違いさせるレベルのどうしようもないものである。

 つまりこのシーンは原作を読んだ人からは物足りないし、アニメから入った人には銃の悪魔がよくわからないという二重な意味でのダメなシーンになっているわけだ。

 俺はこのシーンだけは楽しみだったので非常に残念だし、漫画でもこれから楽しみなシーンがダメになるのではないかと不安でならない。

 漫画ならではの表現を、アニメならではの表現にするのは否定しないが、情報はちゃんと補完してほしい。丸々カットではなく、アニメとして表現してほしい。これは当たり前の感情だし、アニメ化として当然備えるべき部分だと思っている。

 本当にしっかりしてくれ……チェンソーマンアニメ……。

 個人的には原作の第二部もあまり面白く感じないため、本当に第一部も面白かったのかという疑念が芽生えてくるくらいだ。

 第二部部分の売上が伸びておらず、原作ファンの評判が悪いためアニメ化からの原作の伸びが期待できるかわからないが、気になる人はチェンソーマンは原作で一度読んでみてほしいと思っている。第一部(11巻まで)は間違いなく面白いと思う。きっとアニメ版にはない斬新な表現が楽しめると思う。

 

 久しぶりにゲームレビューを書きました。Amazon用に書いたものですが、こちらにも投稿してみます。

 ゼノブレイドシリーズは特に2がスイッチで1番に好きなくらいに好みでした。そこから考えるとゼノブレイド3は残念に思う部分はあったものの、それでも十分に面白い作品だったと思います。

 

序盤からメンバーが6人揃っていることの弊害 ※ネタバレあり

 クリアまでプレイしました。間違いなく楽しめることは楽しめました。
 ただ、一応ナンバリングタイトルということもあるので、1、2との違いについて書いてみようと思います。
 ちなみに自分はゼノブレイド2が1番好きです。スイッチでやったタイトルの中でもベストタイトルだと思っています。
 軽くゼノブレイドシリーズのネタバレを含むと思います。

 今回のレビューの肝になるのは、タイトルにもしたように最初からパーティメンバーが6人揃っていることです。
 これにはメリットとデメリットがあります。
 まずはシナリオ面のデメリットから書きます。
 ゼノブレイド1・2では、メンバーは段々と揃っていく形でした。ゼノブレイド1では故郷と幼馴染についての復讐を軸とし、ゼノブレイド2では運命的に出会ったヒロインと共に、墜落する巨神獣と呼ばれる浮かぶ大地から逃れ、皆が生きていける楽園を目指します。
 基本的に主人公に旅の目的があり、違う国に移る中で他のパーティメンバーと出会います。出会う相手とは種族の差異があったり、属する国が違ったりして、背景が大きく違います。このバックボーンの差異による衝突や相互理解というのが、キャラクターを立たせるのに役立っていたのだと思います。
 表面的なキャラクター性だけではなく、背負っている背景が1人1人違う中で、旅を共にしていく。これがゼノブレイドシリーズの冒険感・旅情感を際立たせていました。
 しかし、ゼノブレイド3は初めてからしばらくして、いざ旅をしようという時にはもう6人のパーティメンバーが全員揃ってしまいます。しかもそのメンバーは全員10才の状態で生まれ、10年の寿命しかなく、ケヴェスとアグヌスという2国に分かれ、寿命をエネルギーとして奪い合う戦争をしているというかなり複雑な状況です。ケヴェスから3人、アグヌスから3人、特別な機会を得て、戦争の運命から逃れた6人が旅に出る訳ですが、この状態でいきなり6人に感情移入していくのは難しい。出生や人生がかなり特殊な上に、これまでずっと戦争していた同士が共同生活を送るに至るまでの衝突も十分に描けているとは感じませんでした。
 プレイを進めると、段々とこのメンバー達が仲を深めていく良さは感じられるものの、これまでのシリーズのように1人1人が深堀りされるとは感じなかったし、世界観が狭いように感じてしまいました。
 その理由は何かというと、ゼノブレイド3の世界は実質1つのルールで縛られており、メンバー6人は全員背景が同じなのです。だからこそ、文化の違いによる衝突や相互理解による深堀りが十分にできなかったのではないかと感じました。メンバーが1人1人加入するのではなく、6人一気に揃うのもそれに拍車をかけています。
 異様な自然でない世界観がどのように成り立ったのか、その1つの大きな謎が物語を牽引していて、それはそれで面白くはあったものの、これまでのゼノブレイドのように色々な国を旅して、様々な背景のキャラクターと出会い、そして最後には世界の存亡をかけて戦うというような、物語のスケール感が感じにくかったのが大きかったです。
 敵側がわかりやすく悲劇を愉しんでいるようなキャラ付けなのもあり、どこかセカイ系やデスゲーム的というか、箱庭の中の話という感を強めている気もします。

 以上がシナリオ上のデメリットです。メリットとしてはこれまでのシリーズでバトルが1番スムーズだったかな、というのがあります。
 最初から最後まで基本的には6人のバトルというのは変わらず、少しずつ要素を足していく形で、チュートリアルも十分にあったので、これまでで一番戦闘はやりやすいと感じました。
 雑魚相手には開幕インタリンクで蹴散らせばよく、ボス格にはチェインアタックを使って経験値を稼ぐなど、終盤までほぼレベリングを意識することなく進めることができました。

 ここからはネタバレありの感想です。



 自分が一番シナリオ上で『よくやるなあ……』といい意味で思ったのは、ゼノブレイド1でもあった主人公と同じ顔をした高位の敵と対決する下りです。
 また、ミオというヒロインの寿命問題も、世界の秘密がわかり、ドラゴンボールみたいな感じで蘇らせるのかと漠然と予想していたのですが、あんなウルトラCを用意しているとは思いませんでした。
 思わずテンションがおかしくなり、笑ってしまいました。
 あんな寝取りだか寝取られだかわからない方法で突破するとは思ってもみませんでした。プロデューサーも傲慢な敵を挫くのに、最近の流行を取り入れたのでしょうか?

 ラストについては、冒頭やシナリオ中である程度そうなるということが示されていたというか、ファンタジー系の物語ではよくある系のオチに感じました。冒険の最中に得たものは目に見える形で何も残らないけれど、心に残ったものを支えにそれからの人生を生きていくという感じです。
 ただ、結局どういう理屈でそうなったのか、そういう説明が薄い気がしたので、そこら辺は追加ストーリーを楽しみにしたいと思います。

 総合して、十分楽しめるタイトルではあったものの、終盤は戦闘の量が重めで少し手が止まりがちになったり、主人公やラスボスのキャラが少し薄めだったりして、感情移入が十分ではなかったかな、と思いました。
 敵側が生死の悲劇を愉悦するというテンプレ、主人公側がとにかく性善説で前に進もうとするというテンプレに思え、お互いに様々な事情が絡み合い、ぶつかり合うしかないというような必然性や盛り上がりを感じにくかったです。

 それでも1つのゲームタイトルとして楽しめたことには違いないのですが、ゼノブレイド2に続くタイトルとしては、シナリオの冒険感や規模感が進化したとは言い難いかな、と思いました。ゼノブレイド1と比較すると、シナリオの完成度、憎しみの連鎖、神の支配から抜け出すというような強いメッセージ性を感じられない。ゼノブレイド2と比較すると、様々な背景を持つ仲間やラスボスたちのキャラ立ちや、王道の冒険ストーリーの魅力に及ばない。
 少しコンパクト目なシナリオの佳作という感じです。



※とてもネタバレを含む追記

 クリアしてからしばらく経ち、やはりラスボス戦がちゃんと盛り上がりきらなかったことが満足度が落ちる原因となっているかもしれないと思いました。
 自分的には一番盛り上がったのは上にも書いた通り、ミオの寿命の問題が解決されたり、その後の世界の謎が解き明かされる辺りでした。
 ラスボスの魅力が薄いのは、造形がテンプレ的な悲劇嗜好のキャラクターになってしまっていること。前に進むことを恐れる集合的無意識と、前に進むことを望む主人公達という単純な二元論になってしまっていること。
 しかし、本質的にはこの世界観は、2つの世界の衝突により、消滅の可能性がある世界の時間を、敵であるメビウスが止めているというものでした。
 2つの世界のその先に再生が待っているとしても、それは確定されたものではなく、この時間を動かせば世界はなくなってしまうかもしれない。
 そう考えると、主人公の側に絶対の正義はないということがわかります。
 明日になれば世界は消滅するかもしれないし、再生するかもしれない。その二択であった時に、それならば永遠に今日に留まればいいのではないかと考え、それが実行できた時、今日に留まり続けることはかなり人間的な感覚だからです。
 その対立軸をはっきりさせ、ラスボス側に『お前たちは決して勇者ではなく、魔王となる可能性も孕んでいる。選ばれた存在が、その他大勢に消滅の可能性を強いている』と言わせたらよかったと思います。主人公達は決して正しい選択をしているとは言えないのかもしれない、それでも進みたいという意志こそが、意味があるものだと思うからです。
 そういったそれぞれのバックボーンがあるけれども、それでも主人公達側にはやりたいことがあり、それを押し通すといった決断や選択がちゃんと見えるとよかった。
 進もうとする側と留まろうとする側という善悪二元論的なものではなく、もっと決意がはっきりとプレイヤーに見えやすい形にできたら面白かったのではと思います。
 例えば、プレイヤー側がゲーム冒頭に示された通りに、ラスボスを倒したら何も知らないままの子供時代に戻されてしまうことを明示されても、同じ思いでラスボスを倒せたでしょうか?
 そう考えると、そういった色々な未来の可能性を考えても、それでも進むということを示すために、『ラスボスを倒したらどうなるのか』『それでも未来に進むのか』というのを十分に描写すべきだったと思います。