昨日は手術でした。
備忘録のために残します。
記事は手術に関するものです。
流産宣告をされてから2週間。
昨日で9w3dでした。
結局最後までお腹に残っていた赤ちゃん。
朝からざんざぶりの雨。
もうこれまでだって十分さんざんあったけれど
いざ、手術ということになったら
そして前日になるとやっぱり
たとえ赤ちゃんが死んでいたとしても
別れがつらくなってきて。
でもちょうどテレビの映画で
「私の中のあなた」をやっていた。
(キャメロン・ディアスが出てるのです)
この映画を観るのは2回目だったけれど
今回はもし仮にこの子が生きて産まれてきて
白血病みたいな疾患を先天的に患っていたとして、、と
その映画の中の少女と重ねて合わせてみたりしたから
助からないと分かっていても
あきらめずに何回も何回も手術を繰り返そうとする
その母親と自分が重なって見えたりもして。
あぁ、これじゃダメだ!と思い直す。
結果からいえば
そうは手術はそんなにしんどいものではなかったです。
採卵と一緒と言えば一緒。
採卵し慣れてしまったからそう思えるのかも。
最初に体外やったB病院の院長の採卵はへたくそで
それに比べればある意味全然ましでした。
採卵と違ったことといえば
前処理で子宮口を開かせる方法
私はラミセルというものを入れる方法だったんだと思うけれど
(またしても何の説明もなかったけれど、棒状のものを入れたらしい)
その後、小さな陣痛みたいなのが定期的に押し寄せてきて
それに耐えながら2時間も待つってことくらい。
それから静脈麻酔を入れて意識を飛ばして
でもこれも麻酔打ちすぎてもうあんまり効かなくなったのか
やっぱり最後台から下りるときに
看護婦さんにこの足はここで、、
と言われたこともしっかり覚えていて。
それからは車いすに乗せられてベッドに戻されてさらに2時間。
一人で帰れるかな?とも思っていたけれど
ネット情報によると気分悪くなって嘔吐したり
すごい人も結構いたから心配になっていたら
夫が早退して迎えに来てくれました。
夫から病院に着いたとメールがあって
それ返そうと思って必死で打ってると
(くらくらしてたから尚更遅い)
夫が病室に入ってきて。
姿みたらなんだか急にほっとした。
夫とは血がつながってる訳でもなんでもないんだけど
もう両親より兄弟よりも近い一番の家族なんだな、、と思った。
それから
不育医のところに赤ちゃんの半分を
検体として届けなければいけなくて
歩いて50mくらいしか離れていないんだけど
時間をかけながらえっちらおっちら歩いていって
そして受付ではい、お願いします、と渡すと
待ってください、診察ありますから、と呼び止められる。
診察?と思ったけれど(←看護婦さんは前届けるだけって言ってた)
短いお話ですから、、ということで待つこと小一時間。
何かにもたれていないとすごくしんどい状況で
あぁもう待つの無理と思ったから
「どうしても今日じゃないといけない話ですか?」
と受付にもう一度言いにいくと
あ、じゃ、すぐにお話できるようにしますから待ってくださいと
また引き留められる。
そして不育医との面談。
産婦人科で染色体検査します。
うちではその半分を病理検査します。
(←それ前に既に聞いています)
染色体検査は1ヶ月かかります。
それ終わったらうちにその結果また届けてください。
。。。おわり。
。。。っておわりかよ。。怒
。。。やっぱりな、どうせそんなことだと思ったよ。。。
お会計は謎の3500円弱。
検査費用だったら納得するけれど
さっきの話の料金だったら絶対暴れてやる、、と思い
ムカムカしながら病院を後に。
朝から何も飲まず食わず(水もダメと言われた)
そして採卵だったら点滴されて
それなりに空腹もおさえられますが
そういうのも全くなかったので
とにかく力が出なくてヘロヘロでした。
なので、駅まで必死で歩いて
(夫はタクシーで行くか?と行ったけれど
歩けそうだったから歩いた)
やっと見つけた
街中のうどん屋さんに入った。
普通のおじちゃんおばちゃんがやってる
変な時間でも営業している普通のおうどん屋さん。
とにかく温かいスープが飲みたかった。
あーやっと。。。
一口ごくりとお出汁を胃に流し込むと
緊張の糸がぷつりと切れて涙が出てきた。
あぁおいしい。。。
そして号泣。。(←おばちゃんの不審そうなまなざし)
関西風のお出汁のきいたおうどんは
小さい頃から風邪を引いたら必ず母がつくってくれて
そういうときは小鍋に鍋焼き風につくってくれて
卵をぽとりと落としてねぎをいっぱいいれて。
大人になってもやっぱり
苦しいこと、悲しいことがあると
なんだか無性に食べたくなって
自分でもわざわざかつおをうんと効かせたお出汁をとって。。
関西風のお出汁のやさしいおうどん、
私のソウルフード。
帰り電車から空を見上げると
厚い雲の向こうから青空が出ていました。
そして一日明けて。
今日は普通の生理くらいの出血がダラダラ続くけれど
まぁ普通に暮らせています。
ただ、ここで無理すると後々の復帰が長引くので
大事をとって。
といっても、病院が言ってるみたいに安静なんてのは無理で
今日の午前はどうしても仕事休めなかったからがんばって行って
少し休んで、今日またこれから産婦人科へ。
手術でうまく取り切れていなくて
また手術やり直しってことにならなければいいな、、と
心から願っていますが。
流産宣告された7w4dが水曜日。
その週の日曜日でした。
8w1dか。
夜、寝ていたら突然歯がガタガタなるくらいに寒気が襲ってきて
本当に歯がガタガタいってたんだけど
寒い、寒い、毛布、毛布、、と押し入れがさごそやったら
夫が起きてきて。
それで私の体をさわったら体温ないみたいに冷えてたって。
歯がガタガタ言うくらいの震えは止まらなくて
なんで、夫が自分の寝ていた布団に私を移動させて
あわてて厳寒期用のパジャマ着せてくれて
毛布だして、お布団ももう一枚出して
それから夫が私を抱えながら
自分の体温で必死に体温をあげようとしてくれて。
足の先まで氷のようだったそうです。
しばらくすると歯のガタガタがなくなって
体が温まってきたらまただんだん眠くなって。。
朝起きてから、昨日のは一体なんだったんだろう?と
二人で首をかしげるも
たぶんあの子になんかあったんだね、、と話し合ってました。
憶測にすぎませんが
これがあの子の最期だったんじゃないかな、って思います。
私たち、ちゃんと川の字になれてました。
夫がいるときに
二人でちゃんとお別れできてほんとによかった。。。
それからも脈はさわっていたけれど
(素人判断だけど)脈は一向に衰えることはありませんでした。
でも今日朝脈をみたら、全然違う脈になってた。
絨毛から出るHCGが胎嚢を大きくさせたりするっていうから
やっぱりHCGを察知して、
私の体が赤ちゃんを守ろう守ろうとしてたのかな、と思います。
私の子宮そして卵巣、
フル回転で本当によくがんばってくれました。
体温、まだ測っていませんが
なんだかぐっと下がった感じもしています。
足下からぞくぞくするくらい寒い。。。
やっぱり長い長い2ヶ月でした。
そして
この2ヶ月の間に季節がすっかり変わってしまいました。
備忘録のために残します。
記事は手術に関するものです。
流産宣告をされてから2週間。
昨日で9w3dでした。
結局最後までお腹に残っていた赤ちゃん。
朝からざんざぶりの雨。
もうこれまでだって十分さんざんあったけれど
いざ、手術ということになったら
そして前日になるとやっぱり
たとえ赤ちゃんが死んでいたとしても
別れがつらくなってきて。
でもちょうどテレビの映画で
「私の中のあなた」をやっていた。
(キャメロン・ディアスが出てるのです)
この映画を観るのは2回目だったけれど
今回はもし仮にこの子が生きて産まれてきて
白血病みたいな疾患を先天的に患っていたとして、、と
その映画の中の少女と重ねて合わせてみたりしたから
助からないと分かっていても
あきらめずに何回も何回も手術を繰り返そうとする
その母親と自分が重なって見えたりもして。
あぁ、これじゃダメだ!と思い直す。
結果からいえば
そうは手術はそんなにしんどいものではなかったです。
採卵と一緒と言えば一緒。
採卵し慣れてしまったからそう思えるのかも。
最初に体外やったB病院の院長の採卵はへたくそで
それに比べればある意味全然ましでした。
採卵と違ったことといえば
前処理で子宮口を開かせる方法
私はラミセルというものを入れる方法だったんだと思うけれど
(またしても何の説明もなかったけれど、棒状のものを入れたらしい)
その後、小さな陣痛みたいなのが定期的に押し寄せてきて
それに耐えながら2時間も待つってことくらい。
それから静脈麻酔を入れて意識を飛ばして
でもこれも麻酔打ちすぎてもうあんまり効かなくなったのか
やっぱり最後台から下りるときに
看護婦さんにこの足はここで、、
と言われたこともしっかり覚えていて。
それからは車いすに乗せられてベッドに戻されてさらに2時間。
一人で帰れるかな?とも思っていたけれど
ネット情報によると気分悪くなって嘔吐したり
すごい人も結構いたから心配になっていたら
夫が早退して迎えに来てくれました。
夫から病院に着いたとメールがあって
それ返そうと思って必死で打ってると
(くらくらしてたから尚更遅い)
夫が病室に入ってきて。
姿みたらなんだか急にほっとした。
夫とは血がつながってる訳でもなんでもないんだけど
もう両親より兄弟よりも近い一番の家族なんだな、、と思った。
それから
不育医のところに赤ちゃんの半分を
検体として届けなければいけなくて
歩いて50mくらいしか離れていないんだけど
時間をかけながらえっちらおっちら歩いていって
そして受付ではい、お願いします、と渡すと
待ってください、診察ありますから、と呼び止められる。
診察?と思ったけれど(←看護婦さんは前届けるだけって言ってた)
短いお話ですから、、ということで待つこと小一時間。
何かにもたれていないとすごくしんどい状況で
あぁもう待つの無理と思ったから
「どうしても今日じゃないといけない話ですか?」
と受付にもう一度言いにいくと
あ、じゃ、すぐにお話できるようにしますから待ってくださいと
また引き留められる。
そして不育医との面談。
産婦人科で染色体検査します。
うちではその半分を病理検査します。
(←それ前に既に聞いています)
染色体検査は1ヶ月かかります。
それ終わったらうちにその結果また届けてください。
。。。おわり。
。。。っておわりかよ。。怒
。。。やっぱりな、どうせそんなことだと思ったよ。。。
お会計は謎の3500円弱。
検査費用だったら納得するけれど
さっきの話の料金だったら絶対暴れてやる、、と思い
ムカムカしながら病院を後に。
朝から何も飲まず食わず(水もダメと言われた)
そして採卵だったら点滴されて
それなりに空腹もおさえられますが
そういうのも全くなかったので
とにかく力が出なくてヘロヘロでした。
なので、駅まで必死で歩いて
(夫はタクシーで行くか?と行ったけれど
歩けそうだったから歩いた)
やっと見つけた
街中のうどん屋さんに入った。
普通のおじちゃんおばちゃんがやってる
変な時間でも営業している普通のおうどん屋さん。
とにかく温かいスープが飲みたかった。
あーやっと。。。
一口ごくりとお出汁を胃に流し込むと
緊張の糸がぷつりと切れて涙が出てきた。
あぁおいしい。。。
そして号泣。。(←おばちゃんの不審そうなまなざし)
関西風のお出汁のきいたおうどんは
小さい頃から風邪を引いたら必ず母がつくってくれて
そういうときは小鍋に鍋焼き風につくってくれて
卵をぽとりと落としてねぎをいっぱいいれて。
大人になってもやっぱり
苦しいこと、悲しいことがあると
なんだか無性に食べたくなって
自分でもわざわざかつおをうんと効かせたお出汁をとって。。
関西風のお出汁のやさしいおうどん、
私のソウルフード。
帰り電車から空を見上げると
厚い雲の向こうから青空が出ていました。
そして一日明けて。
今日は普通の生理くらいの出血がダラダラ続くけれど
まぁ普通に暮らせています。
ただ、ここで無理すると後々の復帰が長引くので
大事をとって。
といっても、病院が言ってるみたいに安静なんてのは無理で
今日の午前はどうしても仕事休めなかったからがんばって行って
少し休んで、今日またこれから産婦人科へ。
手術でうまく取り切れていなくて
また手術やり直しってことにならなければいいな、、と
心から願っていますが。
流産宣告された7w4dが水曜日。
その週の日曜日でした。
8w1dか。
夜、寝ていたら突然歯がガタガタなるくらいに寒気が襲ってきて
本当に歯がガタガタいってたんだけど
寒い、寒い、毛布、毛布、、と押し入れがさごそやったら
夫が起きてきて。
それで私の体をさわったら体温ないみたいに冷えてたって。
歯がガタガタ言うくらいの震えは止まらなくて
なんで、夫が自分の寝ていた布団に私を移動させて
あわてて厳寒期用のパジャマ着せてくれて
毛布だして、お布団ももう一枚出して
それから夫が私を抱えながら
自分の体温で必死に体温をあげようとしてくれて。
足の先まで氷のようだったそうです。
しばらくすると歯のガタガタがなくなって
体が温まってきたらまただんだん眠くなって。。
朝起きてから、昨日のは一体なんだったんだろう?と
二人で首をかしげるも
たぶんあの子になんかあったんだね、、と話し合ってました。
憶測にすぎませんが
これがあの子の最期だったんじゃないかな、って思います。
私たち、ちゃんと川の字になれてました。
夫がいるときに
二人でちゃんとお別れできてほんとによかった。。。
それからも脈はさわっていたけれど
(素人判断だけど)脈は一向に衰えることはありませんでした。
でも今日朝脈をみたら、全然違う脈になってた。
絨毛から出るHCGが胎嚢を大きくさせたりするっていうから
やっぱりHCGを察知して、
私の体が赤ちゃんを守ろう守ろうとしてたのかな、と思います。
私の子宮そして卵巣、
フル回転で本当によくがんばってくれました。
体温、まだ測っていませんが
なんだかぐっと下がった感じもしています。
足下からぞくぞくするくらい寒い。。。
やっぱり長い長い2ヶ月でした。
そして
この2ヶ月の間に季節がすっかり変わってしまいました。