ご無沙汰してます。
1年以上ぶりの更新になるのかな。
なんだかあまりにも希望のない放置の仕方だったので
気になっていたので、後日談を少しばかり。
あの後(流産→新しい神戸の病院に転院の後)、
1年弱、うまく行きませんでした。
というか、採卵すらもできなかった。
というのも、秋に転院し、
3月に採卵しようと思っていましたが
仕事で忙しいのも重なって体調がすぐれず
450単位という過刺激も重なって注射2日目で発熱し
卵が数育っていないため
夫のTESEと同時進行という1回しかできない採卵で
それはないだろうということになり
やむなく途中棄権。
その周期はインフルエンザにもなって高熱もでましたが
きっと体がホルモン剤を排毒したいのだろうと
薬を使わず、解熱もせず、なんとかやり過ごしました。
やり過ごしたらすこーし
体がよくなった気がしたようなしないような。
その後、その失敗周期の過刺激の影響はなかなか抜けず
生理周期が60日近くに延びても卵ができなくなって
5月頃気分はどん底。
もう私は卵すらも採れないのか、、と悲壮感いっぱいでした。
が、それから東洋医学の先生方に励まされ
もう一度体づくりからやってみようと決意。
スイミングを始めて、もりもり泳ぎ始めました。
ジムじゃなくスクールだったので、スパルタでした。。。
バタフライとか何往復も何往復もさせられ
はじめはアップアップでしたが
段々楽しみになるほどはまった水泳。
そして、過刺激の周期、
流産した直後みたいにガタガタになってしまった骨盤関係も
整体でしっかりと整え、針や漢方にもまた通い
そうこうするうちに私のお得意の夏がやってきて
いずれの先生にも「また体調絶好調になってきたね」と言われる
コンディションに復活し
7月に再チャレンジしたんだけどFSH高すぎにてまた流れる。
一瞬心折れそうになったけれど
8月に満を持して再々チャレンジしたところ
結局6つの成熟卵ができてそのうち3個がきれいな初期胚になり
うち1個を前回妊娠できたように3日目初期胚で戻したところ
ミラクルにまた妊娠できました。
(残り2個は凍結してあります)
結果論ですが
神戸の病院では採卵は結局それが初めて
移植もその周期が初めて
すべて1回目のチャレンジでうまくいったのでした。
そしてまたこれも結果論ですが
夫のTESEは、石川先生の素晴らしい手術のおかげで
手術中・直後は全然痛くなかったけれど
その後、1週間くらいはずっと生理痛みたいな鈍痛が続き
とても仕事できる状況ではなかったので
ちょうどお盆休みの前に手術ができ
会社に1週間近く行かずに済んだので
日程的にもパーフェクトだったのでした。
判定日のHCGは800近くて
私の年齢だとそのときの妊娠継続率は90%を超えていましたが
やはり前の妊娠が流産だったので
13週まではハラハラしていました。
4週目から不育医のところにまたお世話になり
今回はアスピリン+オルガラン注射をすることに。
オルガランは費用も痛いですが(月12万くらい払いました)
注射の痛みも相当なもので
毎日祈るような気持ちで痛みに耐え打ち続けること21週まで。
アスピリンは32週くらいまで飲んだかな?
不育医のところのエコーで生存確認+成長確認するのが楽しみで
それだけを心の頼りに
(いや、実際は自前の心拍ドップラーも買ったので、
14wからはちょくちょく生存確認してました。)
21週くらいまで毎週通いました。
それから月一診察になったけれど
最終卒業したのは32週。
よく通いました。
そしてそれとは別に
産科の診察で14wのときに子宮頸管(産道)短いゆえ
まさかの早産の可能性大宣言。
これは予想外だったのでとても焦り落胆しました。
というのも、知り合いの人で同じように切迫早産でほぼ寝たきり
(ベッドに体を起こしてもいけない)の人がいて
とても大変だったんだけど
その人の数値より悪かったので。
でも、これもまた結果論ですが
その後、あわてて不育医のところで測ってもらって
モニターし続けたんだけど
「普通ちゃうかな??」ということで
赤ちゃん言葉でしゃべる
研修医?女医ちゃんの雑な測定による
測定ミス?ということになりました。
でもこれ、モニターし続けて
大分後にそうかも、、と言われただけで
一回短くなってしまったものは伸びることはなく
もしかしたらそうなってしまった可能性もぬぐいきれないため
安静にしておいたほうがいいよ、と不育医のところでも言われて
まだお腹も小さいうちから安静を余儀なくされ
(仕事はその段階で妊娠中はすべてお休みさせてもらうことに)
不安な毎日を過ごしました。
その疑惑の直前
ちょっとハードに仕事してお腹が張って苦しい、、というのも
実際あったので。
で、そうこうするうちに
妊娠後期に突入。
私はお腹が張りにくい人だということも分かって
不育医のところも卒業し、
だいぶ楽になりましたが
やはり生まれるまでは生きた我が子と会えるのだろうか?と
ちょいちょい不安になりつつ臨月。
そして、予定日ぴったりに
娘が誕生しました。
すべて結果論ですが
私は良い受精卵さえできれば
比較的妊娠しやすい人だったと思うし
(移植トータル3回中2回妊娠)
血流はオルガラン打っても
11週あたりに「うーん」という周期はあったけれど
それ以外は何の問題もなく、いや普通の人以上に良好だったし
子宮頸管も問題なく、お腹も直前まで張りにくく
そして良い陣痛が来たおかげでスピード安産で
妊娠中、糖尿病になることも高血圧になることもなく
とても良好な結果を辿って出産まで至ることができました。
もちろん、これはすべて東洋医学の先生方の
バックアップあってのことです。
心配ばかりしている私のために
筆ペン先生は38週分まで処方してくれました。(臨月まで通った)
産後の肥立ちがよいように、と処方してくださったせいで
妊娠中だけでなく、産後の今も非常に良いコンディションで過ごせています。
また、針は安産灸を教えてもらって
6ヶ月から毎日自分で三陰交にお灸してました。
私は毎日やるといいと言われ、
人によって隔日とか適正なスパンがあるそうなので
いちがいには勧められませんが
(初期にやると流産する可能性があるのでご注意)
これ、すごく効いたと思います。
臍の緒を太くし、血流をよくして胎児の発育をよくしたり
有効な陣痛を起こして、短期決戦安産に導いたり
また妊娠中のむくみをとったり、
本当に数え切れない良い効能があるそうで
毎日、本当に一日も休まずやり続けて良かった!と今心から思います。
整体も妊娠前にゆるむ体づくり、
正しい骨盤を整えてもらったおかげで
妊娠中、腰痛とは無縁でした。
母親学級で知り合った他のお母さん、
後期にはみんな腰痛でひーひー言ってましたが
出産で一番大切なのは腰だということが
経験してみてとてもよく分かったので
腰痛持ちの人は妊娠前に絶対治しておくべきだと思います。
また安産の秘訣はゆるむ体だと思うので
(最高にゆるんだ状態じゃないと出てこない。
でもあの痛みの中でゆるむのは訓練してないと至難の業)
さまざまな状況の中、イチローのようにゆるめる体をつくることも
これまたとっても大切なことだと思いました。
というわけで
本当はトピックを分けたら良いのでしょうけれど
今は時間がない+目を使ってはいけない時期だそうなので
これを最後の更新にしたいと思っています。
最後の更新にしてもどうしても伝えたかったことというのは
不妊治療、私みたいなケースもあるということです。
夫のTESEで本当に
今までなんだったんだろう?と思うほどうまくいったのに
これまでずっと卵卵と言い続けられていた私。
この方法に出会わなければ娘と出会うこともできなかったかと思うと
本当にラッキーだと思います。
なので、私の視点からいえば
不妊治療はやっぱり原因をつきとめ、そこを改善しないと
なかなかブレイクスルーできないかな、と思います。
体質改善が必要な人はしなければいけないし
精子が問題だったらその質をあげなければいけない。
なかでもうちみたいな精子の場合
一番試してみてほしいのが、
フレッシュでなるべく時間を置かない病院での採精です。
これ、誰でもできるし、追加の料金も発生しないけれど
精子に問題のある人だったら絶対にやるべきだと思います。
男性不妊の疑いがあって
凍結精子を使ってはダメです。
多少旦那さんのスケジュールを調整しても一度お試しあれ。
また、男性不妊の優れた先生にかかることもお勧めします。
うちは結局、石川先生には手術含め
5回もお目にかかってないんじゃないか、と思うほど
男性の診察回数は少なくて済みます。
長い長い不妊治療でしたが
その「いつか」のために本当にがんばりました。
でも、「いつか」が実際叶ったら
私ががんばった「いつか」は
また更に先の娘の長い一生の「いつか」につながっているんだと思うと
決して無駄ではなかったし、
やってよかった、取り組んでよかった、と心から思います。
体づくり、食生活
そのいずれも不妊治療を終えたらはい終わりじゃないです。
妊娠生活、そして授乳していると
もっと直でその大切さが感じられます。
そのハードルを超えたら
妊娠のチャンスがあると思ってすらいいのかも。
娘に出会えたことで
今までのつらかったこと、いっぺんに吹き飛びました。
出産の痛みももう消えました。
とはいえ、新しい育児は毎日トライアスロンのようで
これからどんどん大変になるそうなので
がんばらなきゃなー!と体にむち打つ毎日ですが。
このブログがまた誰かのエールになれば
これ以上の喜びはありません。
がんばってる人にあえて「がんばれ」と言いたいと
ある人に言われましたが
私もそのままその言葉を贈ります。
がんばれー!!!!!
1年以上ぶりの更新になるのかな。
なんだかあまりにも希望のない放置の仕方だったので
気になっていたので、後日談を少しばかり。
あの後(流産→新しい神戸の病院に転院の後)、
1年弱、うまく行きませんでした。
というか、採卵すらもできなかった。
というのも、秋に転院し、
3月に採卵しようと思っていましたが
仕事で忙しいのも重なって体調がすぐれず
450単位という過刺激も重なって注射2日目で発熱し
卵が数育っていないため
夫のTESEと同時進行という1回しかできない採卵で
それはないだろうということになり
やむなく途中棄権。
その周期はインフルエンザにもなって高熱もでましたが
きっと体がホルモン剤を排毒したいのだろうと
薬を使わず、解熱もせず、なんとかやり過ごしました。
やり過ごしたらすこーし
体がよくなった気がしたようなしないような。
その後、その失敗周期の過刺激の影響はなかなか抜けず
生理周期が60日近くに延びても卵ができなくなって
5月頃気分はどん底。
もう私は卵すらも採れないのか、、と悲壮感いっぱいでした。
が、それから東洋医学の先生方に励まされ
もう一度体づくりからやってみようと決意。
スイミングを始めて、もりもり泳ぎ始めました。
ジムじゃなくスクールだったので、スパルタでした。。。
バタフライとか何往復も何往復もさせられ
はじめはアップアップでしたが
段々楽しみになるほどはまった水泳。
そして、過刺激の周期、
流産した直後みたいにガタガタになってしまった骨盤関係も
整体でしっかりと整え、針や漢方にもまた通い
そうこうするうちに私のお得意の夏がやってきて
いずれの先生にも「また体調絶好調になってきたね」と言われる
コンディションに復活し
7月に再チャレンジしたんだけどFSH高すぎにてまた流れる。
一瞬心折れそうになったけれど
8月に満を持して再々チャレンジしたところ
結局6つの成熟卵ができてそのうち3個がきれいな初期胚になり
うち1個を前回妊娠できたように3日目初期胚で戻したところ
ミラクルにまた妊娠できました。
(残り2個は凍結してあります)
結果論ですが
神戸の病院では採卵は結局それが初めて
移植もその周期が初めて
すべて1回目のチャレンジでうまくいったのでした。
そしてまたこれも結果論ですが
夫のTESEは、石川先生の素晴らしい手術のおかげで
手術中・直後は全然痛くなかったけれど
その後、1週間くらいはずっと生理痛みたいな鈍痛が続き
とても仕事できる状況ではなかったので
ちょうどお盆休みの前に手術ができ
会社に1週間近く行かずに済んだので
日程的にもパーフェクトだったのでした。
判定日のHCGは800近くて
私の年齢だとそのときの妊娠継続率は90%を超えていましたが
やはり前の妊娠が流産だったので
13週まではハラハラしていました。
4週目から不育医のところにまたお世話になり
今回はアスピリン+オルガラン注射をすることに。
オルガランは費用も痛いですが(月12万くらい払いました)
注射の痛みも相当なもので
毎日祈るような気持ちで痛みに耐え打ち続けること21週まで。
アスピリンは32週くらいまで飲んだかな?
不育医のところのエコーで生存確認+成長確認するのが楽しみで
それだけを心の頼りに
(いや、実際は自前の心拍ドップラーも買ったので、
14wからはちょくちょく生存確認してました。)
21週くらいまで毎週通いました。
それから月一診察になったけれど
最終卒業したのは32週。
よく通いました。
そしてそれとは別に
産科の診察で14wのときに子宮頸管(産道)短いゆえ
まさかの早産の可能性大宣言。
これは予想外だったのでとても焦り落胆しました。
というのも、知り合いの人で同じように切迫早産でほぼ寝たきり
(ベッドに体を起こしてもいけない)の人がいて
とても大変だったんだけど
その人の数値より悪かったので。
でも、これもまた結果論ですが
その後、あわてて不育医のところで測ってもらって
モニターし続けたんだけど
「普通ちゃうかな??」ということで
赤ちゃん言葉でしゃべる
研修医?女医ちゃんの雑な測定による
測定ミス?ということになりました。
でもこれ、モニターし続けて
大分後にそうかも、、と言われただけで
一回短くなってしまったものは伸びることはなく
もしかしたらそうなってしまった可能性もぬぐいきれないため
安静にしておいたほうがいいよ、と不育医のところでも言われて
まだお腹も小さいうちから安静を余儀なくされ
(仕事はその段階で妊娠中はすべてお休みさせてもらうことに)
不安な毎日を過ごしました。
その疑惑の直前
ちょっとハードに仕事してお腹が張って苦しい、、というのも
実際あったので。
で、そうこうするうちに
妊娠後期に突入。
私はお腹が張りにくい人だということも分かって
不育医のところも卒業し、
だいぶ楽になりましたが
やはり生まれるまでは生きた我が子と会えるのだろうか?と
ちょいちょい不安になりつつ臨月。
そして、予定日ぴったりに
娘が誕生しました。
すべて結果論ですが
私は良い受精卵さえできれば
比較的妊娠しやすい人だったと思うし
(移植トータル3回中2回妊娠)
血流はオルガラン打っても
11週あたりに「うーん」という周期はあったけれど
それ以外は何の問題もなく、いや普通の人以上に良好だったし
子宮頸管も問題なく、お腹も直前まで張りにくく
そして良い陣痛が来たおかげでスピード安産で
妊娠中、糖尿病になることも高血圧になることもなく
とても良好な結果を辿って出産まで至ることができました。
もちろん、これはすべて東洋医学の先生方の
バックアップあってのことです。
心配ばかりしている私のために
筆ペン先生は38週分まで処方してくれました。(臨月まで通った)
産後の肥立ちがよいように、と処方してくださったせいで
妊娠中だけでなく、産後の今も非常に良いコンディションで過ごせています。
また、針は安産灸を教えてもらって
6ヶ月から毎日自分で三陰交にお灸してました。
私は毎日やるといいと言われ、
人によって隔日とか適正なスパンがあるそうなので
いちがいには勧められませんが
(初期にやると流産する可能性があるのでご注意)
これ、すごく効いたと思います。
臍の緒を太くし、血流をよくして胎児の発育をよくしたり
有効な陣痛を起こして、短期決戦安産に導いたり
また妊娠中のむくみをとったり、
本当に数え切れない良い効能があるそうで
毎日、本当に一日も休まずやり続けて良かった!と今心から思います。
整体も妊娠前にゆるむ体づくり、
正しい骨盤を整えてもらったおかげで
妊娠中、腰痛とは無縁でした。
母親学級で知り合った他のお母さん、
後期にはみんな腰痛でひーひー言ってましたが
出産で一番大切なのは腰だということが
経験してみてとてもよく分かったので
腰痛持ちの人は妊娠前に絶対治しておくべきだと思います。
また安産の秘訣はゆるむ体だと思うので
(最高にゆるんだ状態じゃないと出てこない。
でもあの痛みの中でゆるむのは訓練してないと至難の業)
さまざまな状況の中、イチローのようにゆるめる体をつくることも
これまたとっても大切なことだと思いました。
というわけで
本当はトピックを分けたら良いのでしょうけれど
今は時間がない+目を使ってはいけない時期だそうなので
これを最後の更新にしたいと思っています。
最後の更新にしてもどうしても伝えたかったことというのは
不妊治療、私みたいなケースもあるということです。
夫のTESEで本当に
今までなんだったんだろう?と思うほどうまくいったのに
これまでずっと卵卵と言い続けられていた私。
この方法に出会わなければ娘と出会うこともできなかったかと思うと
本当にラッキーだと思います。
なので、私の視点からいえば
不妊治療はやっぱり原因をつきとめ、そこを改善しないと
なかなかブレイクスルーできないかな、と思います。
体質改善が必要な人はしなければいけないし
精子が問題だったらその質をあげなければいけない。
なかでもうちみたいな精子の場合
一番試してみてほしいのが、
フレッシュでなるべく時間を置かない病院での採精です。
これ、誰でもできるし、追加の料金も発生しないけれど
精子に問題のある人だったら絶対にやるべきだと思います。
男性不妊の疑いがあって
凍結精子を使ってはダメです。
多少旦那さんのスケジュールを調整しても一度お試しあれ。
また、男性不妊の優れた先生にかかることもお勧めします。
うちは結局、石川先生には手術含め
5回もお目にかかってないんじゃないか、と思うほど
男性の診察回数は少なくて済みます。
長い長い不妊治療でしたが
その「いつか」のために本当にがんばりました。
でも、「いつか」が実際叶ったら
私ががんばった「いつか」は
また更に先の娘の長い一生の「いつか」につながっているんだと思うと
決して無駄ではなかったし、
やってよかった、取り組んでよかった、と心から思います。
体づくり、食生活
そのいずれも不妊治療を終えたらはい終わりじゃないです。
妊娠生活、そして授乳していると
もっと直でその大切さが感じられます。
そのハードルを超えたら
妊娠のチャンスがあると思ってすらいいのかも。
娘に出会えたことで
今までのつらかったこと、いっぺんに吹き飛びました。
出産の痛みももう消えました。
とはいえ、新しい育児は毎日トライアスロンのようで
これからどんどん大変になるそうなので
がんばらなきゃなー!と体にむち打つ毎日ですが。
このブログがまた誰かのエールになれば
これ以上の喜びはありません。
がんばってる人にあえて「がんばれ」と言いたいと
ある人に言われましたが
私もそのままその言葉を贈ります。
がんばれー!!!!!