荷物を置いた私が、次に選ぶ「遊び」の話

 

 

大きな荷物を下ろして、すっかり身軽になった後に広がるのは、驚くほど静かで自由な空間でした。

 

 

重たい記憶がただの記録に変わると、不思議なもので、これまであんなに必死に探していた生きる意味使命といった立派な看板さえ、どうでもよくなってくるものです。

 

 

だって、荷物がないんです。 

 

 

どこへ行ってもいいし、何をしてもいい。 

なんなら、何もしなくてもいい。

 

 

この圧倒的な心の空間を前にして、私が今、自分に許可したいのは、もっともっと純粋で、もっともっと適当な遊びです。

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでは、何かを成し遂げるために動いたり、誰かのために自分を整えたりしてきたかもしれません。 

 

 

でも、もう最初から全部大丈夫だったことに気づいてしまった今、頑張る理由はどこにもありません。

 

 

これからは、ただ自分の心がニヤリとすることだけを基準に、物語を動かしていこうと思います。

 

 

たとえば。 

 

 

根拠のない自信だけで、新しい世界に飛び込んでみる。

 

 

飽きたら、さっさと別の遊びに乗り換える。

 

 

なんの役にも立たないことに、全力で没頭してみる。

 

 

そんな、子供の頃の夏休みのような理由のないワクワクだけを、これからの私の燃料にしていきます。

 

 

 

 

 

 

もし、あなたも今、何かに縛られて動けないと感じているなら。

 

 

 一度、その荷物を地面に置いて、「もし、何の制限もなかったら、私は今、何をしてニヤつきたいかな?」と自分に聞いてみてください。

 

 

答えは、立派じゃなくていい。

 

 

むしろ、人から見たらどうでもいいことの中にこそ、あなたの本当の充足が隠れているはず。

 

 

さあ、次はどんな面白い物語を一緒に遊びましょうか? 

 

 

私は、とりあえず次の最高に美味しい桃(あるいはそれに代わる何か!)を探すことから始めてみようと思います。

 

 

 

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