昨日のNHKニュースで、菅新内閣についての街頭インタビューを

受けていた、通りすがりのお方(たぶん関西人)のひとこと。


「あカン内閣には、なってほしくないですね」


う……うまいっ! うますぎるぞ。


何もする前から妙に支持率ばかり高い新内閣に対して、実にスカッとする

一言だった。


恐るべし、一般人。


そして今日。朝のNHKニュースでは、「ツイッター募金」なるものを紹介。


宮崎の口蹄疫のために、専用のサイトから応援のツイート(つぶやき)を

するだけで、スポンサー企業から一円が共同募金会を通じて宮崎県に

寄付される(自分が払わなくてもいい)というしくみ。ツイートは一日一回

まで、一人何回でも可。


最近ツイッターをはじめたので、早速、本日の一円寄付をした。


え、「いつもつながっていたい人たち」に疑問を持っているのに、なぜ自分が

ツイッターなんかやっているのかって?


いや、実は夫が見ているスポーツのライブ放送に、ツイッターで参加できる

という企画があって、いまだツイッターのしくみのわからない夫のかわりに私が
夫の横で参加したり、みんなのTL上のおしゃべりを、夫に伝えたりしている。


だから、自分がやっている…とは、いいがたい。まあ、強迫的に常にフォロー

しているわけじゃないので、たまにのぞく分には、けっこう面白いと思うけど。


ツイッターをされている方で、宮崎口蹄疫被害のためのツイッター募金に参加

してみようかな、という方は、こちら


今年の始めから、長らく苦闘していた翻訳だけれど、ようやく完成して本になり、

出版社から贈呈本が送られてきた。↓


エイリアン@地球的異文化マサツな日々-shichikakuninchi

『発達障害の子どもの視知覚認識問題への対処法』  リサ A カーツ著

題名からもわかる通り、この本は発達障害と視覚の問題に関する、専門用語満載の
専門書。翻訳者よりも、加筆・監修をしてくださった専門家の方の役割が大きい。

私はもともと、シンプルな書き方をするほうが得意なので、難解な原文を噛み砕くのに

ずいぶん苦労した。それでも、出来上がりはちょっと……題名を含め、何となくこう、

とっつきやすい読み物とは言いがたい雰囲気になってしまったのが、すこし残念。


しかしそれでも、初めての翻訳本が無事に完成したことには、変わりない。

とにかく、最初の一歩は踏み出せたってことだ。


それなのに、あぁ、それなのに。


「やった---!」というワクワクするような感じとか、満足感とか、達成感とか、喜びとか、

とにかく何かをやりとげた時に感じるはずの感情を、私はうまく感じることができない。


もちろん、嬉しくないはずがない。編集者さんにも、助けてくれたいろいろな人たちにも、

ものすごく感謝している。自分では、一仕事済んでホッとしてもいる。


ただ、出来上がった本を見ても、なぜか「自分のものだ」という実感がわいてこない。

どうがんばっても、リアルな感じがしない。誰か他の人の成果みたいな気がする。


本が出るときは毎回、この奇妙な感じがつきまとって、しかたがない。


私には、薬の効かない慢性的な軽うつ状態があるので、いきいきした感情がうまく

わいてこないのは、その影響かもしれないと自分では思っている。


けれど、どれだけがんばって何かをやりとげても、どうにも実感が伴わないとは……。

何というか、もったいないし、味気ないし、関係者に申し訳ないし、何とも情けない。



出版社から、本が届いた。


『自閉症スペクトラムの少女が大人になるまで:
親と専門家が知っておくべきこと』 シャナ ニコルズ著

なぜ、出版社が送ってきてくれたのかと言うと、実はしばらく前に、

この本の「あとがき」を依頼されて、七転八倒で書きあげたからだ。


この本、題名だけ見たら、誰でも私と同じことを考えるんじゃないだろうか。


つまり、「何で特に女の子のためだけの本が必要なの?」と。


私も一瞬そう思ったのだけれど、目次を見て疑問がとけた。そして、中身を

読んだらもっと納得した。(だから、あとがきを引き受けたわけ)


生理をはじめとして、女の子ならではの問題はたくさんある。


あとがきなんて書くのは初めてだし、何をどう書いたらいいのか困り果てて、

締め切りが過ぎてもパニクっていたけれど、(そもそも、私の書きたいような

ことは、まえがきでリアン・ホリデー・ウィリーがすでに書いていたから特に)


結局、「何で特に女の子のためだけの本が必要なの?」という、最初に感じた

疑問をそのままぶつけて書き始めたら、何とか仕上げることができた。


対人関係やファッションなど、具体的な生活技術が盛り込まれた本なので、

大人になって久しい私でも、思い当たる節があちこちにあってドキッとした。


なかなか役立ちそうな本なので、女性や女の子の親御さんにはおすすめだ。



もちろん、選挙に立候補するのは個人の自由だし、それぞれの人に

それなりの考えがあって、出馬することを決めたのだろうと思う。


しか~し!


これだけ何人もの人が、つぎつぎに名乗りを上げるというのは、

どう考えても、何か違和感がある。


やはり、「有名人が出てくれたら、票が集まる」という政党の考え方が、

この現象の背景にあるとしか思えない。


大多数の人の投票行動って、本当にそんなに単純なのだろうか?

……それとも、もしかして、有権者ナメられてる?


先週末のこと。


朝から友達とバイク乗りに出かけていた夫が、口笛を吹きながらご機嫌で帰宅。

「ハイこれ!」と玄関で花を差し出してくれた↓
エイリアン@地球的異文化マサツな日々-robounohana
よく見かける野花だけど、わざわざ摘んで帰ってきてくれるなんて、ビックリ。

驚きつつもお礼を言って、水切りしてビンに生けた。今もまだ何輪か咲いている。


妻の反応は読めない!と日ごろから言っている夫は、どうやら心配だったらしく、

「ねー嬉しい? 本当に?」と、しきりに私のリアクションを確かめようとする。


(いつもそんなに無表情に見えてるのかと、改めて反省。変化に乏しい顔らしい)


「妻のために、がんばって路傍の花を摘んできたんだよ、わかる?」


わかってるって。人に見られたらちょっと恥ずかしいところを、がんばったよね。


「花屋さんで買った豪華なのでなくても、怒らない?」


そんなことで怒んないってば。


しかしなぜ、「路傍」の花? 


私:「路傍なんて難しい言葉、何で知ってるの?」

夫:「路傍の石!」

(やっぱり……大学入試の時の、詰め込み暗記の遠い名残りだ。恐るべし)

夫:「路傍の石!夏目漱石!」

私:「違~う!」

(ちなみに、作者は山本有三)


お花はとても嬉しかったんだけど、つい突っ込まずにはいられなかった。

せっかくのイイ雰囲気をぶち壊すほど、過剰な訂正癖って……実に困りモノだ。


ごめん、夫。