コンクリートの上の世界に戻っていくのならば | アリス高崎障がい者就労継続支援

アリス高崎障がい者就労継続支援

群馬県高崎市にある障がい者就労支援施設です。
心の病の方が主に利用しています。
安心感と楽しさと仲間同士のつながりの中での回復を一緒に目指していける、そんな場作りを心がけています。
悩みをゆっくり話せる個人相談の時間も大切にしています

 

 

 

 「コンクリートの上の世界に戻っていくのならば」

 

 

 

アリス高崎

ブログ担当 Nです

 

 

 

先日ちょっとした御縁というか、用事がありまして、
別の障害者施設を見学させてもらいに行きました。

そこは大自然に囲まれた施設でした。

美しい山々に囲まれた谷間の中にある施設でした。

その大自然の山々に囲まれた谷間の中に、ポツンとある、古い、なんとも味わい深い、古民家を改良して使っている施設でした。

大自然の美しい山々の景色と
その味わい深い建物が
実に一つに溶け合っていました。

建物の中に入っても、やはりそこから醸し出されるものは同じものがありました。

穏やかな時間が流れているように感じられました。

窓の外には広く美しい大自然の光景が広がっているのです。


見学しているわずかな時間だけなので、詳しい実際的なものは分かりませんが、
その時僕が見た感じでは、
そこを利用している人たちも、その空間の時間の中で、
穏やかに過ごしているように思われました。


大自然の流れが穏やかであるように、

大自然の中に囲まれた古民家の風景が穏やかであるように、

そこで時間を過ごしている人たちの

生活の時の流れも、

心の時の流れも、


穏やかに過ぎているように、
そんな風に僕には感じられたのです


「あー素晴らしい!これは素晴らしい!」


本当にそう思いました。


「こんな空間の中で過ごせば
人は知らず知らずのうちに癒されていくのではないだろうか…」

そう思いました。



そして…そして…

それとは逆のもう一つの想いが湧き上がってきました

正直にそれを書きます。



「…それに比べて自分達は何という

『せせこましい世界』

の中で生活を送っているのだろう…」


そんな心が湧いてきました…


「…コンクリートだらけの土地の上、
コンクリートの壁に囲まれた建物の中で、
そんな小さな建物の中で、
一日中…何をあわただしく動き回っているのだろう…」





やっぱり施設に来ている人たちはみんな…心の悩みを持っているわけだから…一日の大半をそこに来る人たちの心の病からくる様々な悩みや心の闇に触れ続けているわけです。


それを小さなコンクリートの壁の中で一日中…
せせこましいく動き廻って、行なっているわけです




「この大自然の風景の中に入って行ったら、
今アリスの人たちが抱えている心の悩みの多くは…
この大自然の力によって、
半分ぐらいは自然と消滅してしまうのではないだろうか…

僕という個人という人間が、コンクリートの壁に囲まれた世界の中で、


せせこましく動き回って、


何とかしようとしている諸々の問題も、


この大自然の力を借りれば、
実は半分ぐらいはその大きな力によって、
大自然の中に溶かし込まれて行ってしまうのではないだろうか…?
消滅して行ってしまうのではないだろうか…?」



そんなふうに感じたのです


それは幻想かもしれません


でも圧倒的なあの大自然の風景の中に溶け込んだ施設と、
そこでゆったりとした時間を過ごしている人達を見た時、

 

…なんだかそんな気がしてきたのです


幻想であるかもしれないけど
そんな気がしてきたのです…

幻想であるかもしれないけど
たぶん半分は当たっているんじゃないのかなっていう気がします



僕の心はすっかり魅了されてしまっていました…



大自然に囲まれた風景に魅了されていました



そして大自然に囲まれた風景の中で
障害を持った人たちが穏やかな時間を過ごしていけるというその時間の流れの中に…
魅了されてしまっていました



「自分は何という『せせこましい現実の中』で…
もがいているのだろう…」



何度も何度もこのつぶやきのような響きが僕の心の中でリフレインされていました 


「…この大自然の力を借りれば、想像もしていなかったような、もっと別の何かができるんじゃないんだろうか…?


僕が漠然と目指している、
傷ついた心が癒されてゆく空間というものは、
この大自然の力を借りていけば、

その圧倒的な力を借りて、

その中で行っていけば…


今の自分では想像もできないような何かができるのではないだろうか…」


そんな心が自然に湧き上がってきたのです。

いくどもいくども

心の中に湧き上がってきたのです。


「もしかして…自分が一番やってみたかったことは、
そんなことだったのではないのかな…」


などという気さえしてきました。



「じゃあ自分は一体あのコンクリートに囲まれた世界の中で…せせこましく…何をやっているんだろう…」


再びそんな心が僕の中に浮き上がってきました。



この湧き上がってきた心が

この感じ方が

ここで言われていることが

正しいとか間違っているとか
そういうことではなくて

自然とそんな心が湧き上がってきたということです。


…そんな心が湧き上がってきたということは…もしかしたら、たまたまその日、その頃、僕の心がやけに疲れていたからだけなのかもしれません…

でも…あんな風にコンクリートの上で、
コンクリートに囲まれた世界の中で暮らしたら、
誰の心だって疲れていってしまいますよね…

つまり僕だってその中の一人だということに過ぎないわけです



美しい広大な山あいの中にある施設の見学を終えた後、
車に乗って僕は自分の勤め先であるアリスに戻って行きました

コンクリートに囲まれた建物へと戻って行きました


車でアリスに向かいながらも
僕ははっきりと自覚できていました



「あぁ…今、自分は『体』はアリスに向かっているけど…『心』は完全にあの場所に残されてきてしまったなぁ…

『体』だけがアリスの建物の中に向かっているなぁ…

『心』が置いてけぼりになっちゃってる…

『心』をとり残した状態で自分の施設に戻って…これからどうしよう…

どうやって気持ちを取り戻していったらいいんだろう…」





アリスに向かう車中、自分がぼんやりとしながらも
はっきりとそう感じていたのは自覚できました


心を大自然の中に残したまま、
体だけが施設に運ばれた僕は、
どうしていいかわからない状態で施設の部屋の扉をあけました。


もう夕方遅い時間で外は暗い時間だったんですけど

扉を開けると…

なぜか…そこにまだ一人の女性メンバーが
ぽつんと立っていました。

普通であればとっくに帰っている時間のはずなのに…


「あれ?、どうしてまだいるの?」


不思議に思って尋ねてみると、
彼女は、うれしそうに満面の笑顔を見せて
小さく小刻みに、ぴょんぴょんと飛び跳ねています。


近くにいた職員が僕に伝えてくれました


「 彼女が

『Nさんが帰ってくるまで帰らない』

って言うんですよ。

『もう遅い時間だから帰ろう』

って言ったんだけど

『N さんが帰るまで絶対帰らない』

って言うんですよ、
それで困ったなーって思って

『しょうがないなぁ、
じゃあ4時半までだよ。
4時半になって Nさんが帰ってこなかったら、
ちゃんと帰るんだよ。約束だよ』

って今、話していたところだったんですよ、」




時計を見たら4時20分でした


「あー!そうなの!
僕を待っていてくれたの!
それはうれしいなぁー!ありがとうね!」


心を込めてそう伝えると、
先ほどと同じように、
やはり彼女は満面の笑みを浮かべて、ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねています。


その姿を見て僕はしみじみと思いました


「あぁ…自分が戻ってくるべき場所はやっぱりここなんだなあ…」

と。


そしてその時

山あいの美しい景色の中に囲まれたあの施設の中に取り残してしまってきた僕の『心』が
また僕の『体』の中に戻ってきてくれたのを感じました。

戻ってきてくれなかった『心』が
『体』の中に戻ってきてくれたのです


「こんな遅い時間までわざわざ僕を待っていてくれたの〜
本当にありがとうね」


そう伝えたあと、
僕は彼女にこう伝えました


「実はね、僕は今、美しい大自然の中に囲まれた施設を見学してきて、
その情景に魅了されてしまってね、
車に乗って『体』だけはここに戻ってきていたんだけど
『心』が戻らなくなっちゃっていたんだよ。

だけどさ、今扉を開けたら〇〇さんがいてくれてさ、
僕の姿を見たらそんな風に喜んでくれているのを見たら、今ね、
僕の体の中に、『心』がちゃんと戻ってきたよ。

だから本当に伝えたいなぁ

ありがとうね」




僕のその言葉を聞くと、彼女は何も言葉を発しなかったけど、
言葉以上の満面のうれしそうな笑顔を見せてくれて、
また小さくぴょんぴょんと飛び跳ねてくれました。



「あぁ、戻ってきてよかった」



心からそう思いました。



そのメンバーは
僕が戻ってきたことを確認するとほっとしたようで、すぐに荷物をまとめて部屋を出て家に帰っていきました。



その後で別の職員が笑いながら僕に伝えてくれました。

「N さんが他の施設を見学に行ったって言ったら、一人の男性のメンバーが
こんな風に言っていた」

ということを伝えてきてくれました。


「N さんが別の施設を見学に行ったのは…何か自分が悪いことしてしまったからでしょうか…?
ちゃんと戻ってきてくれますかね…?」


そう別の職員に尋ねてきたそうです


その言葉を聞いて思わず笑ってしまいました


「だって別に彼は今日、何も悪いことしてないじゃない〜
そりゃ僕だって仕事で他の施設を見学することぐらいあるよねー」


笑ってしまいました。

笑いながら、
でも思いました。


「やっぱりここが自分の戻ってくるべき場所なんだな」

って。




戻ってきて少し疲れていたので、紙コップに紅茶を一杯入れて、それを飲みながらぼんやりと考えていました。


「せせこましい現実だけど…
コンクリートの上に置かれた
コンクリートの壁に包まれた…
実にせせこましい現実だけど…

僕を必要としてくれている人たちがここにいて、

そしてその人たちに対して、
思いっきりの感謝を伝えたいようなこの僕の心があって、

あぁ、だからやっぱり自分の戻ってくるべき場所はここなんだなぁ…


コンクリートに囲まれた『せせこましい現実』だけど、
ここが自分の戻ってくる場所なんだなぁ…」




しみじみとそんなふうに感じていたのです。


机の上の紙コップの紅茶を一口また飲みました。

そしてまたしみじみと考えました。



「ならば、自分がこのコンクリートの上の、
『せせこましい現実』の中に戻って
そこで生きていくことの意味を
もう一度考えよう。

確かに傷ついた人の心が、あの大自然の風景の中に入って暮らしていけたら、
あの大自然の圧倒的な力を借りられたなら…
随分な部分が癒されていくかもしれない…

だからもしそんなふうに大自然の中に飛び込んで日々を暮らしていける人がいるなら
そういう人はそうした方がいいだろうな

でも大半の人はそんなことはできない

相も変わらず、このコンクリートの上で暮らしていかなければならないんだ

世の中の多くの人達がコンクリートの上の世界で傷ついている

そしてまたその傷をこのコンクリートの上の世界で抱えたままで暮らしている


ならば…

ならば…



やはり自分もまたコンクリートの上に戻って行こう

コンクリートの壁に包まれた世界の中で人々が暮らし

そこで心が傷ついたり
そこで心が病んでいったり

そういう人たちがいて

そして今もコンクリートの壁の中に包まれて

心もコンクリートの壁の中に包まれたままに

そこから抜け出せなくて

でも必死になって出口を求めて生きようとしている人たちがそこにいるなら

それがどんなに
『せせこましい現実』
であろうと

僕はそのせせこましい現実の中に戻って行こう

コンクリートの上を歩いて行こう
コンクリートの壁の中で生きていこう

自分が生まれて、今、生きていることの意味を

大衆の人々が生きる
その世界の中に見い出していこう。」




飲み終わった紅茶の紙コップを机の上に置き、
僕は深く深くそう心に刻んだのでした。