「とらちゃんの物語」 | アリス高崎障がい者就労継続支援

アリス高崎障がい者就労継続支援

群馬県高崎市にある障がい者就労支援施設です。
心の病の方が主に利用しています。
安心感と楽しさと仲間同士のつながりの中での回復を一緒に目指していける、そんな場作りを心がけています。
悩みをゆっくり話せる個人相談の時間も大切にしています

 

 

 

 

「とらちゃんの物語」

 

 

 

アリス高崎
ブログ担当 N です



アリスのメンバーは、ほとんどが心の病を持っている人たちなので、それぞれに調子の良し悪しの波を抱えていて、
中にはそんな波の中で、時々しか来られないメンバーさんもいます。


たまにしか来られない女性メンバーさんがいまして、
たまに来た時にいろいろ様子などを聞かせてもらっています。


「あー、久しぶりにこられてよかったですね。最近はどうですか?
何か変わったことありましたか?」


久しぶりに来てくれたので僕は尋ねました


「あ、実は最近、我が家に野良猫が餌をもらいにやってくるようになったんです」


「へ〜、そうなんですかぁ」


「車の下に餌を置いておいてあげると毎日来て食べて帰るんです」


「あーそうなんだぁ。
じゃぁかわいいでしょ」


「う〜ん…いえ…それがすごい怖いんですよ…」


「えっ、怖いの??」


「人間がすごく嫌いみたいで…私がちょっとでも近づくと毛を逆立てて威嚇して怒ってくるんですよ…」


「それは怖いですね…じゃあなんで餌をあげてるの…?」


「う〜ん…なんでだか、ちょっとよく自分でもわかんないです…」


そんな会話をしたのがもうずいぶん前だなぁ… 1年半か2年位前です



その次彼女が来てくれた時の会話です


「野良猫ちゃんは今でも来てますか?」


「はい、いつも来てます」


「まだ怖いの…?」


「はい…まだ毛を逆立てて威嚇して怒ってくるんですよ…もう怖くてイヤですよ…」


「それなのに餌あげてるの…?」


「はい…なんかかわいくて…」


「え、かわいいの…? 

怖いのにかわいいの…?」


「はい…なんだかよくわからないですよね…自分でもなんだかよくわかんないんです…」


それからしばらく彼女は具合が悪くて来られませんでした…



久しぶりに次にまた来てくれた時の会話

彼女からの言葉、

「あのぅ…猫ちゃんに名前をつけてあげたんですよ」


「えー名前をつけてあげたんだ
なんていう名前?」


「【とらちゃん】です


なんという猫の名前としては、原初的なベーシックの名前なんだろう!


『とらちゃん』かぁ…いよいよ名前をつけてもらったか…そうなると、もうただの野良猫じゃないね、」


「そうですね…とらちゃんが来ないとなんか寂しいんですよね…
しばらく来ない日があったりして、久しぶりに来てくれると、
なんかうれしくて…」


「あーそうなの!
少しはなついてきてくれた?とらちゃんは、」


「いえ、それが全然なついてくれないんです…人間がよっぽど嫌いみたいで、毛を逆立てて…もう怖くてイヤですよ…」


「イヤなの?」


「だって怖くて…」


「でも来てくれないと寂しいし…来てくれたらうれしいんだ…?」


「…そうなんですよ…」


「あはは、それは不思議だな」


「えへへ」




それからしばらく休んで、また久しぶりに彼女が来てくれました

僕からの言葉、

「お久しぶり。
最近調子はどうですか?」


「実は最近ちょっと調子がいいんですよ」


「わー、それはよかったね!
もしかして…とらちゃんのおかげかな?」


「はい、それはあると思います」


「アニマルセラピーってやつかなぁ?」


「たぶんそうだと思います」


「あー、それはすごいね!
やっぱりアニマルセラピーの効果はすごいよ!
ところでとらちゃんなついてくれた?」


「それが全然…もう怖くて怖くてイヤですよ…」


「アニマルセラピーが効果があるなら、怖くない普通の猫を飼わないの?
とらちゃんみたいに怖くない猫を飼わないの?」


「う〜ん…やっぱり…とらちゃんじゃないと…」


「怖くてイヤなのに…?」


「はい…やっぱり、とらちゃんじゃないと嫌です…」


「とらちゃんがかわいいの?」


「そうなんです。なんか可愛くて」


「でも、怖いの?」


「そうなんです…怖くて怖くてもうイヤですよ」


お互いに笑い合いました。


彼女は僕に言いました、

「変ですよね…」


「う〜ん…なんとなくわかるような…」


こんなやりとりが1年間くらい彼女と僕の間で続きました


特に進展することなく
こんな会話が続きました。


僕はこの会話が好きでした。

なぜだか僕の心が温かくなるのです。




でもある時変化が起きました。


久しぶりにまた彼女がアリスにやってきてくれました。


「お久しぶり。最近とらちゃんどうですか?」


「実は…お伝えしなくちゃなんないことがあるんです…」


「え、どうしたの?」


「実はですね…最近いつもとらちゃん、奥さんと子供を連れてくるようになったんです



びっくりです



「えっ!
とらちゃん奥さんと子供がいたの?」


「はい、そうみたいなんです」


「前からいたのかな?」


「さぁ…ちょっとそれはわかんないです」


「毎日来てるの?」


「家族で毎日来てるんです」



すごい変化だ!



「まだ人は嫌いなの?」


「そうなんです、威嚇して怒ってくるんです。怖くて怖くて…
もう、ただ餌をもらいに来てるだけなんじゃないんかと思うんですよね」


「そうかぁ…イヤじゃないの?…まだかわいいの?」


「はい、なんか可愛くて…」


そう言って彼女はクスクス笑いました。



僕は言いました、

「昔、『野生のエルザ』という映画を見たけど、
なんかそれを思い出させてくれるなぁ、」


そういう映画を子供の頃に観て感動しました。


アフリカの野生で、親がなくなってしまった赤ちゃんライオンを、英国人夫婦が引き取って育てる物語です。

赤ちゃんライオンは【エルザ】と名付けられました。

やがて大きくなったエルザは、アフリカの野生に戻さなければならなくなって、
なんとかエルザを野生に戻し、
その英国人はアフリカの地を離れてイギリスへ帰っていったのです。

数年後、再びアフリカのサバンナの地を訪れると、
その英国人のもとに、野生に戻ったエルザが、2頭の子供を連れて会いにきてくれるという物語です。

実話です。



ちょっぴりその話に似ているといえば似ています。


でも決定的に違うところは、
とらちゃんは今でも人間が大嫌いだというところです。



今日のこの話に結論めいたものは実は何もありません。


ただ僕がこの話が、


「なんだかわからないけど好きだ」


という、ただそれだけのことです。




ある日心を病んだ女性のもとに、
人間が大嫌いな野良猫がやってきて、
餌をあげたら毎日やってくるようになった。


「とらちゃん」という名前をつけてあげた。


いつまでたっても、とらちゃんは威嚇してきて怖い。


女性は少し具合が良くなった時期もあり、アニマルセラピーかもと言っている。

とらちゃんのおかげかもと言っている。


でもとらちゃんは怖くてイヤだと言っている。


でも他の猫じゃ嫌だと言っている。


とらちゃんじゃなきゃダメなんだと言っている。


ある日とらちゃんは、子供と奥さんを連れてやってきた。


今では毎日やってきて、家族で彼女の家の車の下でご飯を食べて帰って行っている。


今でもとらちゃんは人間が大嫌い。


でも彼女はなんでだかわからないけれども…とらちゃんがかわいい。




再び言うけど、この話に別に何の結論も何の教訓めいたものもありません。


彼女が
「なんでだかわからないけど、とらちゃんが好き」
であるように

僕も
なんでだかわからないけれども

この話が大好きなんです。