仕事に少し余裕が出てきたころ。
タイムリミットが近いということに気がつきました。
今や、高齢出産も当たり前の時代ですが
不妊治療は年齢があがればあがるだけ成功率も落ちてゆくのです。
男性の精子はその都度生産されますが
女性は生まれ落ちたそのときに、一生分の卵も一緒に生まれているのです。
当然、卵も年をとります。
前に行っていたクリニックに足を運んでみました。
改装していたそのクリニックは相変わらず大盛況。
気がついたのは、ほとんどの人が私より若いということと、
ほとんどの人より、私の診察券の番号が若いということ。
私より若い番号の人を見つけると、ほっとしたりして。いやですね。
待合室でお互い顔見知りになったり、
仲良くなったりする人がいるみたいですけど
私は誰とも言葉を交わさず、ひたすら一人でいました。
ただ、1回だけ
待合室で声を殺して泣いている人を見たときには、声をかけたい衝動にかられましたが
結局、どう声をかけたとしても自己満足を感じるであろう自分がいやで
声をかけませんでした。
きよしくんには、内緒で行きました。
彼は相変わらず自然にできるはずだと言い張ってましたし、
うまくいかなかったときに喧嘩になるのも嫌ですし。
いなくても、前回の同意書と凍結した精子さえあれば
私一人でことは済みました。
さすがに前回ほど、うまくいくとは思っていませんでしたが
やはり、今回もだめだとわかるたびに、辛かったです。
そのころ、仕事では直属の部下と反りが合わず、
事情は話していましたが、休みが急に変わったりすることを快く思われていませんでした。
それでも、凍結精子の本数を全部チャレンジしてみて、
ダメだったら、諦めようと、納得できると、そればっかり考えていました。
去年の冬
治療を再開して3回目の体外受精。
卵を体から取り出す日に
もう会社を辞めると決めていた部下に休みを変わるのを拒否されました。
麻酔が覚めたその足で会社に行きました。
悔しくて、同じ女性なのにわかってもらえないのが悲しくて
だから、絶対に負けたくないと思いました。
上司は知らん顔でした。
負けるものかと思いました。
受精した卵を体に戻し、
その次の日から幸いにも2日間のお休みがあり
きよしくんと、旅行に行きました。楽しかった。
全身エステをしているときに「おなか大丈夫かな」とか思ったり。
旅行から帰ってしばらくたった日の夜中
突然、おなかに締め付けられるような感覚を覚えました。
初めての経験でした。
そして、妊娠判定の日。
いままでは、すぐに診察室に呼ばれていたのに
内診室に案内され
「妊娠していますよ」
と言われました。
あまりに、普通の感じで。
それで、ゴールだと思ってました。