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カラダのココロ

アレクサンダー・テクニーク教師の青木紀和のブログ。
よりよく自分自身を使いこなすヒントやアイデアに関する情報を綴ります。

私たちは、小さい頃はもっと効果的な体の使い方をしていたんです。
それが大人になると、その感覚がわからなくなってしまい、
過剰に緊張を入れてしまったり、または適切な支えを与えなくなり、
余計な負荷をかけてしまうようになりやすいのです。
それは一体なぜでしょうか。

大人ともなると、もちろん子供のように好き勝手に遊んで
日々を過ごすわけにはいかなくなります。
勉強や仕事を長時間する必要が出てくるでしょう。
人の世話をみたり、家事をこなさなければなりません。
それらの行為をすると、肩がこったり腰が痛くなったりすることから、
こうしたものが体に負荷をかけているのは間違いないでしょう。

この中のどういった要素が影響しているのでしょう。
それを具体的にみていこうと思います。

一つわかりやすいことでいえば、
毎日のように長時間同じ作業をしているからです。
これは産業革命以降により顕著になったことだと思います。
生産効率性から分業化が進み、
一人の人がずっと同じことをするようになりました。

それはだいたい同じ姿勢で、動かすところもだいたい同じでしょう。
そこに余計な負荷がけや緊張があった場合には、
それがずっとかかり続けてしまい、
疲労や構造的な圧迫がより続きやすくなったのだと思います。
少しの余計な力みでも、一端習慣となると、
それがかなりの長時間と長期間続く形になり、
蓄積されて問題となりやすくなっているのです。


2つ目は、デスクワーク作業が増えたこともあげられます。
デスクワークというのは、ずっと座った状態で、
指や腕を動かして、物を書いたり、読んだり、
キーボードを入力したりするだけです。
体全体を動かすことが減りました。

また、座るという行為は骨盤を後ろに倒しやすい状態になるのです。
そのため、背中側に体重がかかりやすく、
それを支えようと背中やお腹が余計に緊張する必要が出て来たり、
または骨盤が後傾しながら支えを意識しないと、
これまた余計な負荷になり、故障をきたします。

ずっと営業で外回りをして飛び回っていた人が、
内勤になって急に体調が悪くなったり、慢性的な痛み、
故障が出たりすることはよく聞きます。
デスクワーク作業というのは思っている以上に負担がかかりやすいのです。
特に脊椎部の負担が大きくなります。


そして、最後に体を動かさなくなったこともあげられるでしょう。
長時間労働にも関係するとは思います。
移動が車や電車になって歩くことも減っています。
インターネットやテレビ・テレビゲームの普及など、
体を大きく動かさないで楽しめる娯楽が増えたこともあると思います。

これもあって、近年はフィットネスでのエクササイズが
広く受け入れられるようになりました。
またウォーキングも広がっています。


他にも要因はあると思いますが、ここでは上記の3つの点について、
どのような対処ができるのかを少しまとめました。

①長時間・長期間同じ作業が続く
→動きや姿勢をできるだけ負荷の少ないものにする
→時々姿勢を変える。時々動きを変える。一定期間毎に作業を変える。
→休みのときはできるだけ別の姿勢や動きを行う。


②デスクワーク作業が増えたこと
→座り姿勢の負担を減らす工夫が必要
→腕を使うことの負担を減らす


③体を動かさなくなったこと
→動かさない中でも、体をどのように支えているか、
どのように動かすかを意識していくことで、余計な緊張を減らす
→歩く時間を増やす
→家事を積極的に行ったり、体を動かすような趣味をみつける



こうした傾向というのは今後も続くでしょう。
よりこの傾向が顕著になるかもしれません。
私たちは、こうした環境に対して適応していくか、
それとも逆行していくか選べます。
逆行していくのも一つの選択ですが、
やはり多くの人は適応していくことを選択するでしょう。

意識的に休憩をしたり、別の姿勢をとったり、
違う活動を増やしていくなどをは一般的に言われていて、
既に取り入れている人もいるでしょう。

それに加えて、体の余計な力みや緊張に気づくことは、
こうした環境にとても役立つ
ことだと思います。

ここでのアレクサンダー・テクニークのレッスンは、
とても具体的で、すぐに日常生活の負担をとっていくことに役立ちますよ。

あ、逆行するひとも、その多数とは違う方向にいくためにも
もちろん役立つのですけどね。。

生徒さんが
「さっき父親と口論になってしまって。私って、怒りっぽいんですよね~。こういう怒りっぽいところって、どうしたらいいんでしょう?」

体の使い方じゃなくて、心の反応か。
かなりの難問だ、と思ってしばらくお話を聞いていました。

生徒さん
「あ、でも最近は怒ることも減らすようにしようと思ってて、実際に減ってたんですけどね。でも、今朝はどわっ、と出てしまいました。怒ると体全体に緊張が入りますからね。」

そのことを聞いたときに、ふと体視点からのアイデアが生まれた。

「体に気づくことを続けていくのがいいんじゃないでしょうか。
『怒る』ことが『損している』と実感しないと、変われないのかもしれませんよ


「怒る」ってけっこうエネルギーがいる。体全体の筋肉がこわばるし。
怒った後というのは、とっても不快。顔に血流が集まってる感じがしたり、
ときには頭痛すら誘発するだろう。あ、これは私の経験ですが。

だけど、怒っても解決しないときがけっこうある。
逆に怒ることで色々とこじれたりすることもあるかもしれない。
だとすると、怒れば怒るだけ、体の緊張は増して、
自分が損をすることとなる。

体への気づきはこの「損した感じ」をより強めるのではないか。

体の緊張に気づきがあれば、「あれ、なんでこんな力はいってんだろ」と思う。
「相手が悪かったのに、なんで自分がこんなに力入ってて、しかも不快にならないといけないんだろう」と、自分への影響を認識できる。
しかもこのレッスンで、その止め方を知っていると、
「こんな余計な力みなんて、入れなくてもよかったはずなのに!」と

こうした自分への悪影響の程度を、体の緊張やその後の影響も含めて
充分に認識でき、かつそれがコントロール可能であることも認識すると、
「損した感じ」がなおさら強まるだろう。
「こんな緊張やめられたのに。馬鹿みたい」と思えるから。

しかし、体の気づき、体の緊張への気づきが少ないと、
怒った後に不快なままが続いてしまったりする。
だけど自分への気づきが少ないので、「損した感じ」が少ない。
または損したとも思わない。

人ってやはり、その変化にメリットを感じないと、なかなか変われない。
しかも実体験を伴わないと。
ただ、「怒るのはよくないことなんだ」と言い聞かせても難しいのかも。

しかし、不快な感じという実体験を充分に認識して、
しかもコントロール可能だったのにという後悔も感じると、
意外と次の機会の時に、「冷静でいようかな」と本心からそう思えるのではないかなと。



と、こんな風に説明していました。

この生徒さんが「最近は怒らないようにと思っていて、、、」と話されたんですが、
今まではただ体の使い方や、体への気づきをやっていただけです。

生徒さんが自分で自分の過剰な情動の抑制を考えられていたんです。
それがヒントになりました。

なるほど、「体への気づき」というのは自分の情動にもこういうプロセスで役立つんだ、と。

そういえば自分も怒る機会はめっきり減った。
確かに「怒った後に疲れる自分」がいることの認識が
頭にあったからだ。

ぜひこの体と、体の反応に気づいてみてください。
それとそれがコントロールできるものなんだと。
そうすると「怒る」ことがどれだけ自分の損になっているかが
とてもよくわかるようになりますよ。


あ、ちなみに、この生徒さんは去年までは冬は毎年腰が辛かったそうなんだけど、
今年は腰に問題を感じなかったと言っていました。よく眠れるようにもなったそうです。
これだけ体の変化が出てくれば、情動後の自分の体の認識も深くなるでしょうね。






ヤマハミュージックで、新人アーティストの育成をされている松野 裕太さんが、アオキアレクサンダーレッスンのコースレッスンの感想を教えてくれました。本人もドラマーで活躍されている方です。

以下、本文より。
"表現力を増していく上で、重要な要素の一つとなるのが、このアレクサンダーテクニーク"

”青木先生のお話は、何よりアイデアが具体的で「こういうことをすると、結果的にこういう状態になる」という「すること」を与えてくれる。「やめることによって楽になりたい」のではなく「することによって向上していきたい」僕にとってはとてもやりやすいし、成長が実感しやすかったです。”

ドラマーの方や、自分のパフォーマンスに「頭打ち感」を感じている方に、参考になると思います。
このレッスンで、今までの状態からどのように変化することができて、ご自身の思いの実現に役立っているかが、とてもよく書かれています。


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$カラダのココロ(ヤマハミュージックパブリッシング 松野 裕太 さんの体験談)

僕は中学3年生の時にドラムを始めたのですが、昔から「やるなら極めなきゃ気が済まない症候群」であり、何か人生を懸けてやるに足る素晴らしい職業をずっと探していた僕がたどり着いたのがドラムだった――もちろん本能的に自分はコレなんじゃないかというヒラメキも大きかったですが――ということもあり、かなり早い段階から「究極の8ビートを叩きたい」という目標があったような記憶があります。

そして試行錯誤していくうちに必要だと思ったのは、「目標への最短の方法をなるべく早く探し、それをとにかく練習すること」であり、その「方法」は「音楽をわかるようになること」と「楽器を自由に扱えるようになること」である、という結論がぼんやり見えてきたのは、大学1年生の頃だったような気がします。

恐らく音楽をやろうと思う人には大きな壁が二つあると思うんです。
ひとつは「はじめたてで何をどうしたらいいのかわからない状態の時」、そしてもう一つは「ある程度できるようになって成長が頭打ちになってきた時」です。

最初の壁は音楽への情熱と、先に発表の場を作ってしまうことによる危機感、その経験で乗り越えてしまう人が多いように感じます。

つまり僕は問題の本質はもうひとつの「成長が頭打ちになってきた時」=「自分がよくなっていっているという感覚がなくなってしまった時」にあると思っています。

僕が知る限り、多くの人がそれもより経験を積むことで乗り越えようとしているのですが、結果として乗り越えられず、自分の限界を定めてしまっていたり、「音楽ってこういうものだ」と思ってしまっている人もまた多いような気がします。


僕は音楽は無限の可能性があるものだと思っています。
なるべくいろんな音楽を聴いて「そもそも音楽っていったい何なのか?」「なぜ自分がある音楽に興味を持ってしまうのか?」といったきっと誰しもが抱くであろう疑問に対して今までの音楽史から自分なりの解を見つけるということはとても重要なので、ぜひ考えてみるべきだと思いますが、その過去の表現の仕方にはとらわれ過ぎる必要もないと思います。

そして楽器を扱う能力やアンサンブル能力が上がってくれば、言語化できない表現をそのまま伝えることができるので、「ジャンル」ということだけではなく、「気持ち」だって「カッコよさ」だって、「色」や「光」「未来」なんてあいまいなものを直接的に表現することだって可能なんだと思うし、そうやって自分の想像を超えていくことができてしまうということこそ、ミュージシャンにとって最も大きな喜びの一つなのだと思います。

そして、そういった表現力を増していく上で、重要な要素の一つとなるのが、このアレクサンダーテクニークだと思います。

音楽はリスナーとのやりとりで成立する部分もありますが、自分の内面を表現するという部分も大きいものですし、楽器もある程度自由に扱えるようになるまでその楽器に特化した練習が必要ですが、実は最終的には自分の身体のコントロールが最も大きな部分を占めるのだと、僕は思います。

例えば、まったく同じ条件下でも演奏する人間によって全く違った演奏になる、というのはある程度の音楽経験者であれば知っていることだと思いますが、「自分の想いをシンプルな形に集約する」というところに興味があった僕としては、よりこの「個人による違いの謎」=「身体のコントロール方法の謎」を解く必要があったわけです。

そこに対するこのテクニークの果たした役割というのは言葉にできないほど大きかったです。
確かにこのテクニークが有する、解剖学や生理学的な面からのアプローチは、その気になれば自分で資料を集めて勉強することは可能です。

しかし実際受けてみて気づいたのは自分の「正しいと思っていたこと」がいかに自分の「無意識のクセ」によっておかしな状況にあったかということです。

特に「動き続ける中での身体のよりよい使い方」を知れたのは、自分のプレイスタイルを作っていく上で大きな道標となりました。

確かに言われても気づかないくらいの「ちょっとした違い」でしかないと感じるものも多いです。
でも、僕が音楽に求めているものも、人々が音楽に求めているものも結局は「ちょっとした違い」、もしくはその「積み重ね」でしかないのだと思います。


今まで様々な先生のレッスンを受けましたが、青木先生のレッスンは僕に言わせれば「引き算のアレクサンダーテクニーク」なんです。

どうしても「力を抜く」、「何か余計なことをするのをやめる」、ということで本質に迫っていくので、結果として「何をしたらいいのか」、ともすれば僕自身が一時期なってしまったように、「何もしてはいけないのではないのか」、という考えに行き着いてしまうような、神秘的な部分の多いこのテクニークですが、青木先生のお話はわかりやすいですし、何よりアイデアが具体的で、「こういうことをすると、結果的にこういう状態になる」という「すること」を与えてくださるので、「やめることによって楽になりたい」のではなく「することによって向上していきたい」僕にとってはとてもやりやすいし、成長が実感しやすかったです。


さらにアレクサンダーを受けて得た予想外の嬉しい誤算は、日常動作と演奏技術の向上をより強く結び付けられるようになったことです。

基本的にアレクサンダーテクニークは、よりよい身体の使い方を学んでいくものなので、演奏の時のみに特化した話ではないわけです。
ですので日常動作と演奏技術の向上をリンクできるようになって以降、デスクワークや、ほかのミュージシャンの指導やディレクションに費やす時間が増えても、楽器を演奏できないことによるストレスを感じることは大きく減り、むしろより多くのことができるようになる可能性を感じられるようになりました。


僕は最近「リズムクリエイター」という職業を作りたいと考えるようになりました。
つまり、直接ドラムやパーカッションでリズムを創り出すことはもちろんのこと、いい音楽を創れそうな状態をつくること、そして音楽だけでなく社会に対しても、いい流れ=リズムをつくれれば、うまく物事は運んでいきやすい…そんな自分の感じるよりポジティブになれる環境を提案、創造して行けるような仕事ができるようになりたいと考えるようになったのですが、それもこのアオキアレクサンダーレッスンを受け始めた影響は大きいです。

これからも青木先生にはお世話になっていくと思いますが、ひとまずありがとうございました!!
引き続きよろしくお願いいたします!

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