タイにいかなきゃ・・

今なにか呼ばれるような気がする方向に歩いていきます。今は、バンコクが呼ぶような気がするので、移住準備中☆ 

タイ語は独学と週1のカルチャーセンターのレッスンで勉強しはじめて1ヶ月ぐらいです。

来年7月ぐらいまでに、あちらの小学生低学年くらいの、会話力と読解が出来るくらいにしたいもんです。

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ブログひっこし

ブログ引っ越しました。

もうちょっとまとめて読みやすくなっていると思います☆


http://www.doblog.com/weblog/myblog/56372?YEAR=2005&MONTH=8

神戸のレコード屋

家にいるのもたるい全開気分だったので、

街にくりだしてみました。 無理やり目的を作るために、レコードショップ(12インチレーベル)でテクノを扱っている店を探したら、

オンラインでみつけた店はつぶれたのか、存在していませんでした。それで、看板がたてかけてあるレゲエ専門のレコード屋にフラリと入ってみました。


店には黒人の日本語のうまいおいちゃんがいて、

私が期待せずに、「ハウスもあるか?」と聞いてみたら、箱2箱ほどあった・・。あるには、あるけど。。え~なんか、ぜんぜんピンとこない古いのばっかだなあ・・中古で1000円?高いし。


おいちゃん。

「君もやるの?」(スクラッチのまね)

「え・・趣味でちょっと。」

「へえ?で、クラブでまわしたことあるの?」

「あ・・すこし。」


おいちゃん・・。ちょっとびっくりして、

「え・・・そうなの?このレコード聞いてみなよ。けっこういいよ。自分が昔DJしてる時つかっていたやつだから。」

店で掛けてみると、ゆったとおり、驚くほど、古さを感じさせないよいサウンドのものばかりだった。

そのあと、彼が近くにやっている小さなクラブイベントに来いという。

そんで、気が向いたらDJしてよ。といわれた。


・・やっぱり、田舎のほうが、こういうのりで活動の輪が広がっていくのだろうか・・すごく安易だ。

っていうか、自分が本当に技術に自信あるんならどこにいても、チャンスはいくらでもあるんだろうけど。

でも、東京で人の輪作りにも、技術でも挫折したから、もういちどクラブでプレーするのはすごい怖いことに感じる。

とりあえず、引越しで移動してから、ウントモいわないミキサーをなんとかして、練習しなおさないと。

タイで、いつか結婚して家庭を持てて、子供も出来たら、DJやりたいなあ・・・・。

(順番としてどう?! でも、私には一番現実的な順序 笑 だって子供が出来るまでは、仕事フルタイムで働いてるから、DJ活動は無理でしょう。 奥様業と両立はなんとか可のような気はします。)

海外営業って、あとタイパイロット

ハロワに失業保険の関係で行って見たら、紹介された仕事のひとつが 魅力的だった・・・

タイにいくまでは1年って決めていたから、1年契約の派遣さんをしようかなとも思っていたけど、

紹介された正社員の仕事は、本当におもしろそうだ。

自動車の部品を中東、南米、アジアに売るという作業で、英語力だけを求めているらしい。

自分の、メーカー品質保証部時代の経験と、メーカーのマーケティングリサーチの経験と、通訳交

渉時代の経験からいって、やる気をみせれば受かりそうな気配・・。

仕事なれるころに、辞めなくてはいけないのが、申し訳ない、あんど迷惑な話かもね。

受けてみようかな・・ 派遣よりずっと給料もいいし、海外にも何回かいかしてもらえるだろう。


ところで、友人がトックのことを”タイパイロット”と命名してくれたので、そう呼ぶことにする。


タイパイロットから、”実は・・” メールが来た。

これから、1年たってタイでデートするなりする前に、メールでコミュニケーションするのはいいけど、お互いに正直にやろうねって話をしたら、(友達からはじめようねっていったの。)

”実は俺・・・。君が考えてるみたく、いい境遇じゃないんだよ。”

めーる。


キター!

バツイチ 子持ち宣言。 想像どうりだったから、やっぱりって感じだけど、もしかしたら、シングルっていってるだけで、実は結婚している・・なんてのよりよっぽどまし。

35で。いい職業についてて、結婚してないわけがないよね~


離婚の原因はありがちな感じだけれど、原因のひとつに、職業、管制官の現実があったみたいです。

管制官って、24時間交代で、国民の休日シフトがあれば働かなきゃいけない。夜勤もありの激務らしいからねー。すれ違い、勘違い、不満・・ まえ妻の気持ち・わかるなあ・・。子育て、一人で背負って切れちゃったんだろうね。

休日に休めないと、家族の負担すごいからねえ。

ex-wifeは働いていたかどうかはわからないけど、どちらにしても、どちらの責任でもなく、

冷え切って、静かに別れたとか・・・HEAVYですねえ。


それで、

”僕は、実はすごくフツーの男なんだよ。君を思いやったりする以外に、特に君を喜ばせるような事も出来ないのかもしれない。”

とか” I am an normal guy."宣言をしているので、

ムム・・・ 何が言いたいかといえば、

(激務の割りに、そう給料がよくてリッチといえる立場でもないんだよ。)

。。と言いたいに違いない。


深い・・ふかーーいなあ。この手紙。


・・・給料はよくない、かといって、業務は激務で、家族に負担あり、んで、子供の養育費も払わなきゃいけない(僕)の、現実を君は受け止められるんだろうか?

そういう暗喩とみた!


デートもろくにしないうちから、暴露大会 笑。 私が好む誠実さはアリですね。乞うご期待。










神戸花火大会 の写真

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どうだ~きれいっしょ。

神戸の花火師には繊細な美学をかんじましただ。


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第2外国語 自分脳みそにタイ語の回路を構築する・・

自分の2つ目の外国語習得にふみだした気持ちを説明したい気分でっす。


私の第一外国語 英語は、”3日英語だけでくらしていも、さほどストレスは感じない。”

というレベルだと思うですが

今は日本語でくらしているから、英語脳もなまっていてるので、それくらいで、3ヶ月も英語圏でくらしていれば、たぶん”1週間英語づけでも、なんとか大丈夫”くらいに引き上げられるんだと思います。

でも、結局は日本人なので1週間以上、自分の思いのたけを日本語でしゃべれないと、元気なくなっちゃいます。


タイ語をこの際、習得してしまおう!と、自分の心のうちに決定したとき。

私は、

大丈夫! 楽勝。どうやって語学っていうものを自分の脳みそに焼け付けていくかは経験済み。ちゃんと努力していけば、習得ははやいだろう。


っていう楽天的な気持ちでした。


英語が最終的に、「フツーにしゃべれるから、これくらいでいいや。」

・・・と学習意欲が低下するレベルになるまでには、

それはそれは、羽陽曲折ありました。

勉強をしていると、自分のレベルに合った”壁”が順次現れてきます。


そこの障害が取り除かれないと自分が目指す自分になれないという状況です。

たとえば、

①やっと相手の言っている事が大体わかるようになった。でも早口でいわれたら

分からなくなる。

・・とか。

② いいたいことはいえる。でも、もっと色んな言い方のバリエーションを選べるようになりたい。・・とか。

①の場合は、リスニングの特訓をしなければ前には進めないですし、

②の場合は、一度一つの質問に対して最大どれほどの答え方の選択肢があるのかを自分で分析しなす必要があるかもしれません。


そういう、自分が順を追ってやってくる、壁を一つ一つクリアしていけば、道が見えてくる。それは経験済みだから、タイ語に関しても、勉強法さえ理解できれば大丈夫にちがいない。。そんな気持ちでした。


で、タイ語の本をひとつ買ってきました。

・・で、その本は、指差し絵本で言いたい単語と、その発音をしめすカタカナとが載っていました。

あと蛇がはったような文字が書いてありました。。

この蛇が何をあらわすのか分からないと次にすすめないと思いました。

というか、タイ語はどういう特徴がある言語で、文法的にどんな違いがあって、

発音のルールがどういう風になっているのかを理解できないと、

単語の暗記さえも出来ないことに気づきました。カタカナの発音で覚えても、実際の発音どうりのカタカナはないわけだから、後で、通じなくてまた発音だけ覚えなおしになってしまうからです。


人間の頭は、意味を理解できないものを記憶するのを拒否するようです。

人間というか、私の頭はそうです。なんとなく納得できないものを納得できないまま記憶すると、

記憶の引き出しに入れるのも、引き出すのも苦痛です。

ちなみに、英語のときは、英語の起源のラテン語と英語との関係をある程度しらべました。

英語の記憶がかなり楽になりました。


あと、英語のときに、綴りとは別に、発音を全単語について記憶しなければしゃべることも、言っていることも理解してもらうのは難しいってことが教訓だったので、

憶えるのなら、ネイティブの本当の発音で憶えないと二度手間だと思いました。


そうこうするうちに、カルチャーセンターの一回目のレッスンがやってきました。そのレッスンで使っている本が、すばらしいものでした!

一つは文法から入る会話集。 一つはタイの筆記語と発音との関係についてを明らかにしたものでした。

その2つの本をじっくりやっていると、最初の買った本ででてきた大きなナゾを次々と解けてくるのでした。


でも・・そうして勉強しはじめて・・・思いました。

「こんな文法の順序も、発声法も、日本語にも英語にも共通点ゼロの言語を はたして習得できるのか・・・・・・・・・・。」

 勉強しはじめて、自分の人生に記憶のない戸惑いがありました。

私がはじめて英語を学んだのは12歳くらいのとき。

でも、耳からは日常的に英語の曲や、映画の英語などをきいていた経緯からそれほどカルチャーショックをうけた記憶もないです。なんやかんやいって、だれでも小中高で長い時間かけて、あるレベルまで勉強する種類のものですもんね。

かたや、タイ語は殆ど聴いたことの無い、発声・・。


自分の脳みそには2つの回路があるようで、英語に集中しているとき、後ろで日本語で何かを言われても、日本語がまったく聞こえません。逆は逆です。

自分でスイッチを入れかえます。

でも、タイ語は本当に、英語とも日本語ともちがう・・、。共通項ゼロです。


その際に、悩むのが、英語の理解を応用して、タイ語を学んだほうが早いのか、

英語を完全に切り離して、日本語とタイ語の相違を軸に、自分脳みそにタイ語の回路を構築するのか・・。

文法的には、どちらかといえば英語のほうが、つなげやすい気がしました。

でも、単語の意味自体と、文法での位置づけは日本語にちかい。

発音は、英語のアルファベット発音の変形のほうが、日本語よりもちかい。


結局、自分がその場その場でマスターしなければいけない事によって、どっちよりにするかを決めることにしました。

ここまで読んでいて、”別にそこまで考えなくても、フツーに、言い方と、意味をどんどん暗記していくだけでいいんじゃないの?”と思った人いますか?

そういう憶え方して、ある程度の限られた場所でのコミュニケーションで困らない自分になることは

可能なのかもしれません。


でも、英語を自分がある納得するレベルにまで引き上げた作業を思い出して、

自分が避けてきた道は、いづれは通らなければならない道・。 山登りの高度をかせぐのと同じだと思うんです。 3000Mの山のてっぺんに行くには、どんなルートをたどっても、3000M分の高度をどこかで登っていなければいけないてことです。

最初に、面倒をさけたら、後になって、すこし状況が複雑になると、応用の利かない語学力になって、後で勉強しなおさなきゃなくならなくなるだけ・・・そう思うんです。


なんかすごいややこしい説明になってきた・・・。

とにかく、私の山登りははじまったばかりで、でも、英語みたいに10年もだらだら勉強する気はありません。

速攻勝負で行きたいと思います!あたまがいやというほど、脳みそにタイ語の信号を送って、いやでもなじみのあるものにしてしまいたいです。

言語なんて手段で、会話の内容のほうが大事だから、言語だけにそんなに時間かけてらんない。。そんな気持ちです。





お友達への手紙 PARTY REPORT③

彼が自分がナーバスになってしまうほど、かっこよすぎでないところも私がリラックスできるポイントでした。
つたない英語で会話・・。

「お仕事何してるの?」

「トラフィックコントローラーだよ。」

「ふーーん。」

「どんな職業かわかる?」

「わかんないけど、トラフィックに関することでバンコクで働くなら大変な仕事なんだろうなあっていうのは分かるよ・・。」(バンコクは渋滞で有名)

この時点では交通整理に関する公共のお仕事かなんかやっているのかなー、それとも交通整理のおじさんだろうか?とか思ってた。

しばらくしてTOKの仲間の所に戻ると、新しいお友達がそこにいて、紹介された。
その人は白人だったので、白人友達もいるんだなー・・(現地ではめずらしい)と思い、どこで友達になったのかきいてみた。


「職場が一緒なんだよ。僕も彼もパイロットなんだよ。」

「え?彼はトラフィックコントローラーと言っていたけど?」
「一緒だよ。コントローラーが指示して、パイロットが運転するからね。」

がーーーんっ!!


そうか・・・トラフィックコントローラーって聞いたことある単語だけど、管制官って意味なのね??!
管制塔で、飛行機のトラフィックを指示する、あの映画に出てくるような人なのね??
すごいエリートだーー!!(と現金に見る目が変わる。。)

私みたいな人間でも、やっぱりパイロットってすごいよな~って尊敬のまなざし。


っというわけで、私の尊敬を得た彼とは、さらに仲良くなり、朝には、ハグして別れをおしみつつ手をボートに向かって振り続けました。

朝になると信じられないくらい美しい浜辺の光景がはっきりと浮かび上がり。。


よっぱらいが完全に泥酔して、海に半分くびつっこみながら意識不明になったりしています。
しょうがねーなー・・とうんざりした顔の人々が、救出作業にあたります。私も作業にくわわります。


疲れきってバンガローへ・・TOKとの甘い思い出にひたりつつ・・。
男にちゃほやされるのって気分いいなあ・・ 
なんて思いつつ・・。
TOKは絶対電話してくれと携帯番号を教えてくれました。相当気に入っていただけたようで。


タイ人の所得は、日本人の所得の10/1-3/1くらいです。TOKがエリートっていっても、たぶん私の給料にもみたない額しかもらっていないんだろうと思う。それでも、エリートだから、ああいう人と一緒になれるんなら暮らし向きは楽なんだろうか・・?
そんな打算を考えずにはいられなかった。微妙も通り越してるお年頃の私。。ははは。
 
ながくなりました! 終わり。またスイスのお話メールします。



お友達への手紙 PARTY REPORT②

その有名な浜辺につくと。露店みたいのが浜辺に並んでいて、その一つ一つの店が、自分のDJをもっていて違うジャンルの
音楽を流すことになっているのね。その店の前に、おもいおもいの、チェアや、キャンドルのライトアップなんかされてて、

こちらに写真集が(時間あればみてください)
http://fullmoonparty-thailand.com/gallery/thumbnails.php?album=2

居る人はほぼ全員白人だった・・。それもアメリカ人とちがって、ヨーロッパやオージーなのか超がつくほどかっこいい男が多くて、本当にきょろきょろしちゃったよ。。
この時点ではヨーロッパいったことないからさ、巻き毛の美少年のほりの深い顔立ちとかさ・・つーかでかいね。みんな。火縄ダンサーもたくさんいた。

最初は本当に軽く飲んでチルアウトってかんじで、日本のパーティーほど、さあやるぞーって気合は感じられなかったので、
本当に今夜はparty on!? なのかと心配になったもんですけど。。。

朝型のみなさまのはじけぶりは、疑いもないParty DUDEでした・・。

前から、なぜ満月の日を選んでパーティーなのかと思っていたんだけど・・

今回すっごい納得したの。
満月ってここまで明るいの?!!!ってびっくりしました。真昼とほぼかわらないほど、相手のメークや、アクセサリーのディテールがわかるほど明るくて、野外のパーティーで真っ暗で誰かわかんないなんてことはまったくないの。
かといって、自分のしわが見えるほど明るくも無く、ムード満点で語らったり飲んだりできるかんじで。
月に照らされた人々が思い思いに浜辺で交流しておりました。
海側を見ると、BARってかいた船が浮かんでいて、もうキレイ・・


私はねー、エイミーを置いて、さあ!どんな男の子をゲットしよーかな!と、うろうろしておりました。
ここのところまったく白人に興味がわかず、できれば、アジア人、韓国人かかわいいタイ人と仲良くなるぞ!と意気込んでました。
どうせ一晩限りだから、日々の疲れをわすれさせてくれる癒し系の人と、いちゃいちゃまったりしたいな~という希望で。
日本ではでかい女として扱われているので、できればでっかい人の膝にでも乗っけていただいて、ゆっくりしたいなあという希望で。

・・・で、うろうろしていたとき、声かけてきたでっかいタイ人(TOK)の子とその友達軍団と一緒にパーティーすることになりました。
TOKはタイ人にしては本当に塗り壁のようにでっかくて、背は185くらいなんだろうけど、ガタイがでかいよ。で、なんか純朴そうなまじめそうな感じが
ちょっとかわいいじゃない??って思わせるような人でした。私を歩いているのを3回くらい見かけたとかで。
お互いのことはなしたりしていて、どこからきたの?ってきいたら、海のほうを指して、
「あのボートで来た。ダイビングしていて浜辺でパーティーしているのがみえたから、寄ってみた」なんという。。なんかリッチなかんじね?
紹介してもらったお友達もなんか、地元民とはちがうオーラを発していて、都会人バンコクっこみたい。
弟もかわいいし、弟の彼女は、タイ人でもみかけんほどのびじーーんっ
みたかんじ26?ってかんじだったが34だそうで・・いいじゃなーーーいっ!年上なんて久しぶりです。
・・というわけで、私は希望どうり、でっかいタイ人の膝に座りながらマッタリ出来て、

希望どうりだなー・・と余裕をかましてました。

お友達への手紙 PARTY REPORT

まいにちお気楽に過ごしているので、旅行のお話めーるします!

スイスのお話は写真が来ないうちは説得力もないので、やはりタイですかね!

私の今回のタイの目的は、言っていたかと思うけど、Fullmoon partyでした。満月の夜に月一行われるパンガン島の世界的に有名なパーティーです。

浜辺のパーティーで、海の上にバーがあって、船にのって浜辺から、そのバーにいったり出来るとか、聞いていたし。
そのパンガン島は、メインの島であるサムイ島とちがって、まだ文明に毒されていない島だから、自然とか楽しみで。

そのパーティーの直後は島が大混雑になって、確かに私が前々日くらいについたときには、スピードボートと、フェリーで白人がどっさりやってきてた。

パーティーのこと知らない人も多くて、「へえ~、いってみようかなあ」くらいの感覚の人も多くて、
私が、3年も前から来ることを夢見ていて、当日は、本当に今日夢がかなうって信じられなかったよ。

白人は、何ヶ月の放浪したり滞在してる人達が多いから、私がたった数日のステイで、それもこのパーティーのために日本から来たっていうのを信じられないって感じで見る人が多かった。


パーティーの幸先はよくて、一緒のバンガロウに泊まっていたアイルランド人の女の子エイミーと一緒に行くことができたの。

一緒にピックアップトラックの背中に乗って。ピックアップトラックって、天井がよくみえるやん?
南国のやしの木がびゅんびゅん通り過ぎていく風景がすごいきれいで。

このトラックはまだいいんだけど。島中、この乗りあいトラックに、同じ行き先の人が集団で乗りあうんだけど、
もう・・何度も死ぬかという思いをしたよ。。

島のすごい急斜面の舗装されていない崖みたいな道をすごいスピードで掛けぬけるの。

なんで、あんな怖いスピードで急ぐ必要があるのか、わかんないんだけど。
殺されるとおもって、一回本当に腹たって、運転手の窓をドンドンって叩いたよ・・ここで死んでスイスに行かないわけにはいかないと思って。。


それでエイミーのそれまでの6ヶ月の南米の旅の話をきいて、盛り上がっているうちに、夜は更けていきました。

エイミーは、南米であったばっくぱっカーの子と恋に落ち、彼が働く予定のシドニーで就職が決まっており、
これから一旦帰国してから、2ヵ月後くらいにオーストラリアに旅立つっていってたな。うらやましい話だよねえー

私のいたバンガロウーにいたカップルもまだ若くて、23くらいかな。かわいかった。
なんか、いっかい彼氏が「タトウーをしていない女は嫌い」という理由で別れたけど、足に竜のタトウーをしたら
彼氏が戻ってきた・・とか、分けわかんない事いってた。笑

フルムーン@パンガンの情景 お友達への手紙。

お手紙その①


タイの旅はね・・もう、、the Best ever!!!!!!
って感じだったよ・・なきたくなるくらい最高でしたよ。満面の笑みで帰ってきた。

バンコクに2泊、あとは、サムイ島から、さらに船で一時間くらいの島、パンガン島ってところで4泊して、、
例の、満月のFull Moon Party に行ってきました。
Partyもまあよかったんだけど、パンガン島はまだ、文明に毒されきっていないかんじの、ローカルなタイを体験できて、それがすごいよかった。

私は、ロンリープラネットで検索した宿に泊まっていたんだけど、そのリゾートって一応名前の所が、
パンガン島のさらに、その島にくっついている小さな島にあって、そこの電気もなにもないバンガロー(小屋)で、猫と犬と、目の前の海と、ココナツツリーと、南の生ぬるい風と、セミや南国の鳥たちと一緒に時間をすごしました。
その島は、砂浜で本島とつながっているんだけど、夜の6時には満潮になって渡れなくなってしまうので、夜はその島にいなきゃいけないの。

最初は、あまりの原始に、さすがの私もびびりまくりで、本当に、この小屋で寝ることが出来るのかすごい不安でしたけど、
そこをとりしきっているのが、23-4才の子供達4-5人がすごいハッピーで明るい島の人達で、
夜は、その人達と一緒に、ハンモックにゆられながら、DVDを見たりしていました。(そこには自家発電機がある)
その他にも、世界中を旅しているイギリス人とかスイス人とかいて、一緒にパーティーにいったり、いろんなことはなしたりしました。その人たちは、もう6ヶ月も旅している人とか、そういう人たちなので、私が一週間で日本に帰るというと本当にみんなびっくりしてましたけど、いい人ばっかりで。

タイの人は、本当に世話好きで親切で、一人で歩いているとすぐ理由もなく、話しかけてきたり、案内してくれたりします。
バンコクはどうだったか、わかんないけど、この島の人達は、楽しそうだったよ。
バンコクのほうは、びっくりすることばかりでした。
すごい車の往来の激しい道の、真横におたち台があって住民がエアロビックスしてたり・・ウサギと一緒にハリネズミがケージに売られていたり。
デパートの出入り口の真ん中で犬が寝ていたり。とにかく予想もしない事がたくさん見れました。

私のはなしは長いので、また時間をみて続きを書きます。

きょぶ



2回目のタイ、フルムーンパーティー

2回目のタイは、その後、契約で働いた職場を離れて、東京に一旦見切りをつけて実家神戸にかえってきてからでした。

あのフルムーンパーティーに行くのは今しかない!と思いました。

これから神戸で就職すれば、今度いつ休みがとれるかわかりません・・。 その時は、シンガポールをあきらめて、やっぱり地元で適当に就職か・・という気持ちでした。


有名なバンコクをさらっと2泊、その後フルムーンパーティー目当てでパンガン島に4泊ほどの短い旅でした。

たった1週間でも、私は自分が渇望していたものが満たされていくのを感じました。

世界中からタイに遊びに来ている人や、タイで英語がしゃべれる人と知り合うことができて、

東京ですごした一日が、パンガン島の一日と同じ価値をもっているとは信じられない・・という気持ち。<詳細は 追記、私のお友達への手紙でご覧ください。>

アメリカでだまされないよう賢くなっていた私が、バンコクでたった数日のうちに、人にだまされたり、ぼられたりしたのも、私の意欲をくすぐりました。


追記の手紙のように、すっかりタイがここちよくなった私は、タイがアジア脱出の一番目標地のような気分になってきました。

リサーチしてみたら、殆どの求人内容は、日本の募集とそう変わらず、日本語と英語が出来れば、あとは、日本での就労経験があればOKそうです。これならいける!?

そんな気がして、

現地採用の給料が少ないことも考慮して、一年で日本で節約生活を送り、貯金とともに来年の7月あたりに、バンコクに乗り込もう! そう計画をしました。