ミンダナオの見える南の方へ向かうと、かつて海賊の襲撃から守るための砦がありました。
そしてそこの展望台から眺めると、ミンダナオがよく見えました。
カミギン島は1914年に東ミサミス州から分離し、カミギン州になっている。
州都はマンバハウ。
展望台から降りる時足元をふと見ると、階段にはサンゴや貝の化石を使った石が使用されていた。
ミンダナオの見える南の方へ向かうと、かつて海賊の襲撃から守るための砦がありました。
そしてそこの展望台から眺めると、ミンダナオがよく見えました。
カミギン島は1914年に東ミサミス州から分離し、カミギン州になっている。
州都はマンバハウ。
展望台から降りる時足元をふと見ると、階段にはサンゴや貝の化石を使った石が使用されていた。
カミギン島は火山島だ。
1560メートルのティンポーン山を筆頭に7つの火山がある。
以前の噴火で飛んできた岩石があちこちに散らばっている。
住民は、この岩を使って庭石にしたりして活用している。
1年の3分の2は雨というだけあって雲に覆われているときが多く、なかなか全景が見れない。
これはカカオ畑から見たティンポーン山。
しかし、島のどこからでも見えるとあって、この山はカミギン島のシンボル的存在である。
写真は、夕日に映えるティンポーン山。
島の西側には1861年に噴火したヒボックヒボック山がある。
中腹までの14カ所にイエス・キリストの十字架への道の彫刻が置かれており、四旬節には信者が集まる信仰の山となっている。
山の下方に見える道路の所々に、キリストの像が置かれている。
通常、四旬節には教会の敷地内に立ててあるキリスト受難の立て札の前で聖書などを持って、その場面の個所を朗読する。
そして順番に次々と回っていくのだ。
それをここでは、山道を登りながら行うという、体力も使う四旬節となっている。
では、カミギン島に行くきっかけとなった場所を紹介しよう。
マニラの邦字日刊紙にこの島の紹介が載っていたのがきっかけだ。
そこには、海に浮かぶ十字架が写っていた。サンケン・セメタリーというらしい。
その後、シキホール島からこの島に行けると聞いたので、フィリピン滞在の最後の旅行地としてここを選んだのだ。
この島は火山島で今から200年ほど前に噴火し、海岸近くにあった教会や墓地が地盤沈下のために水没してしまったのだ。
その慰霊碑としてこの十字架の塔が建てられたのだという。
当時の十字架はこの慰霊碑の後方に沈んでいるのが見える。
そこで、無謀にも沈んだ十字架を見てみたいと思い、シュノーケルとウエットスーツ、フィンをわざわざ持ってきたのだ。
近くにいたおじさんと交渉の結果、写真下のバンカーボートで近くまで乗せて行ってもらう事になった。
慰霊碑まで100メートル、そこから沈んだ十字架まで80メートルの道程だ。
その近辺は魚のサンクチュアリになっているという。
慰霊碑の近くまで乗せてもらって、ここから泳いで行けと言う。
墓地の跡なのでちょっと薄気味悪かったが、せっかくここまで来たのだからと勇気を出して潜った。
遠浅の海でサンゴの周りには色とりどりの魚たちがいた。
人が入ってこない場所なので、魚たちは人間を恐れる様子もなく近寄ってくる。
本当に魚の楽園だと思った。
そこからさらに進んでいくと、ちょっとこんもりした丘のような形で沈んだ十字架はその頂上付近に沈んでいた。
沈んだ十字架には藻が表面を覆っていて、当時の姿そのままで横たわっていた。
周りをぐるっと泳ぎながら写真を撮った。
そして、急いで引き返した。
後ろから死者が足を引っ張って海に引きずり込むかもしれない、という恐怖心からだった。
ちょっと、怖い映画の見すぎかもしれないが、周りの妙な静けさもあり不気味な気配を感じたからだ。
自分としては結構長い時間だったように思ったが、通訳の人からは「早かったね」と言われてしまった。
とりあえず写真だけは押さえておこうと思っていたので、この旅行の目的は達成することができた。
たぶん、今も変わらずあの十字架は静かに海で眠っていることだろう。