会社員だった頃、事務職だった私に先輩達がこんなアドバイスをしてくれた。
その① 営業職は事務職より偉いんだという意識の男が多いから気を付けろ。「俺、会社に金をもたらす人。君(事務職)、会社の金を使う人」って態度の男は碌でもない。
その② 事務職に人気の男にも気を付けろ。立ち回りが上手過ぎ、要領が良過ぎという男は夫としては危険過ぎる。
その③とにかく営業職の男には気を付けろ。奴らの無茶振りを甘やかすとどんどんハードルが上がる。
こんな事を書くとブラックな会社だったのかと思われそうだが、全くそうではない。
新人をよく見守って育ててくれる居心地の良い場所だったし、上記は仕事上の注意のようでありながら、女子校育ちの私へのアドバイスに他ならなかった。
しかし縁があって結婚した我が夫は、まさかの営業職である。
「主婦は仕事だと考えている」「愛想を振り撒くのは苦手」という実直な人で、信頼は今も揺らがない。
ただ、夫による無茶振り事件は度々勃発している。
この度起きたのは、広島焼き事件。
彼は日本出張の際に、広島焼きを食べるのを楽しみにしている。
あまりに美味しい美味しいというので、私も東京にある支店に1度行ったくらいだ。
ところが、今回は残念ながら食べる機会を得られなかったという。
それで、私に何の相談もなく、奴は貴重な一時帰国の買い出しスペースをこれに使った。
「これ買ったから、頼むよー」とご機嫌な夫。
私が最も気にする添加物も「少なめよ」とコメントしてきた。
更に「ダメだったら実家で姉にあげてくるよ・・・」とまで。(営業マンの交渉術か?!)
そこまで言われたら仕方ない。一番避けているソルビン酸Kは入っていないから許容した。
それにしても、鉄板を2〜3箇所使って作る広島焼きを、ホットプレートもない我が家でどう作れというのだろう。
夫の頭に浮かんでいたのはゴールの「広島焼き」であって、その過程はない。
何ならうちのフライパン事情だって分っちゃいない。
仕事を取ってくれば、後は事務職が「なんとかして」納期に間に合わせてくれると思っている営業職。
似ている・・・奴らの無茶振りに似ている!
結局私は、キッチンの使えそうな物を総動員して広島焼きを作った。
見た目はまあまあだが、実際は酷いものだ。
イタリアで薄い豚バラ肉なんてないから厚めだし。温度が分からないから生地も厚めになっちゃったし。キャベツもフワフワに切れるピーラーなんて持ってないからごつい千切り。茹で時間は守ったが、麺も妙に硬かった。
そんな見た目だけの、辛うじて味も広島焼きではある代物をフツフツ来ている妻の前で食べたものの、さすがの夫も「美味しい」とはお世辞でも言えない。かといって不満を漏らすわけにもいかない。しかも無言で食べ続ければ妻は確実にキレる。そこで察しの良い夫、「作ってくれてありがとう」と言った。
営業職にも不文律がある。それは、事務職を決して激怒させてはいけないということ。
感謝の言葉は、公私共に必要だ。
お陰で私は、もう一回分残っている広島焼きセットを見つめながら、「どうしたら次はもう少しマシなものができるだろう?」なんて考えるわけだが、「次は美味しいのを作ろう」とは思っていない。
そう。奴の無茶振りを華麗に受けて自らのハードルを上げるなんていうのは、お断りだ。
広島焼きは、プロの手で!