そう言えば、書いてるよ -7ページ目

そう言えば、書いてるよ

物の哀れに掴まれて、こういう時代に生きるしかなければ、少なくとも自分の心で。平安時代の娘だな。

今月あった事件で深く考えてしまった事があり、良かったらこの悩みに付き合って下さい。

人間の心は意外と強くても弱い、弱くても強いです。まわりの環境が変われば自分の心にも調整が必要。

子供ごろは良く「カーリートップ」と呼ばれてた。クルクル髪でベラベラ喋る子で、その映画に出るシャーリーテンプルのようでしたから。




歳取ったら、皆に褒められてた長いカールがプライドでしたし、ケアしながらずっと長髪でした。カーリーでも呼ばれたり、イタリアにはそっちの方が人気で、情熱的な自分にあってた。25歳までずっと染めないで、黒に近いブラウンを守った。今もたった一人の美容師にカットを許すからイタリアに帰らないと切らない。

元カレ達もその髪に惚れてて、カールほどストレートが合わないと言われてたぐらい。自分を物語る魅力ポイントだった。







でも、日本に来てから真逆になっちまった。初めて日本に住みに来たときは暫くお金持ちのばあちゃんの家に住む事になった。イタリアが大好きでイタリアにも何ども行ったのに、初めて私のことを見た時にルームメイトに「こんな髪型の人がダメだよ。お近所さんはなんて言うの!」と言ったらしい。職場にも髪をまとめてと言われたり、ストレートにしたら皆に「これがいい。パーマやめて、ずっとこれにして」と良く言われてた。

「美」と言う認識は文化の一つだからね。

今は毎日のように髪を結んで、自分でもお家でストレートにするようになった。確かにストレートにする時に周りの目が変わる。大和撫子は長いストレート髪だもんね。

お母さんの遺伝子に贈られた天然カールが可哀想。私のプライドが無くなって、私を物語ってた髪を隠すようになった。

先月までそんなに気づいてなかったが、あるハプニングで気づいた。

酷い言葉で私の髪が変だと言われた。イライラしながらベッドに泣いた。なぜあんなに悔しかったと考えてみたら自分も気づいた。日本はプライドをトラウマにしたから。正しく言うと日本でプライドをトラウマにならせた。それは、私のせいだ。

昨日髪パックし、ダメージケアし、今日の出かけのためにストレートにしようとしたら自分の中に「嫌だ」と聞こえた。

隠すじゃなくて、より綺麗にアレンジする!と決めた。

ストレートもまだ違う風に好きだからそれもやり続けるが自分を物語る自分を忘れたくない。髪型の話だけじゃないから。ずっと一生本当の自分を磨いて輝かせたい。





自分の綺麗さを自分は一番分かるべき。笑う奴を笑わせよう、ブサイクな心で。てか、変と言いながら昔真似しよったがな。

私達を見た時に感動するものを探そう。私達の本当の綺麗さを愛せるものを大事にしよう!

今日は成功だったと思うけど、どう?





子供の頃からパパからずっとこう言われてます。

自分に惚れないと、誰も惚れてくれない。自分を愛さないと誰にも愛されない。

だから、心からはじめ、自分の一番綺麗なバージョンになって自分を愛そう。

素顔でパジャマの私が一番綺麗だと言える人とずっと一緒にいたい。その人のためなら、どんどん愛されるような人になりたい。

愛だって、頑張るもんじゃなくて、育つもんだ。






さらばだ