おはようございます。 皆様、お元気ですか。
昨日は一日中、この本を読んでいました。 とても興味深く、
先生の判断の素晴らしさと、分りやすさに感銘しました。
ただ一点、「81を越えた時には、80を引けばよく、81は1となり、82は2となると考えればよい」
というところは、納得できませんでした。
私の論理から言えば、81は最高吉で、けっして1ではない、ということです。
言葉に数字を乗せて真理を探究している私としては、
80を引くとすると、論理の整合性が見出せないのは、いつもの事だからです。
このことの整合性が見つけられない以上、そう簡単に、
「はい、そうですか」と、言うわけにはいかないのです。
しかも、81は8+1で9となり、9は気学でも0に通じるので、
81を越えたものは 1に返るという点では、1は1が成立するのです。
ですから80をひいては、1づつ積み残す事につながり、論理の整合性が得られないのです。
そして、言語に付された意味深い真理も、積み残した数字には、
けっして現れてはくれないのでした。
それと、いい加減な日本語にたいしても、真理は姿を隠してしまいます。
これは本当に不思議な現象ですが、正しい日本語には、ちゃんと姿を表してくれます。
ですから、いまはやりの、日本語をいい加減に変化させて勝手に使う風潮は、
真理の目くらましに通じるようで、
私としましては、大いに危惧している次第です。
しかし、言語の乱れが、新しい時代を創出するものなのかもしれませんので、
結果は本人たちが、責任をもって肩に背負えばいいものなのかも、知れませんね。
本の中には、示唆に富んだ言葉が、たくさんありました。
先生のやさしさが感じられました。
興味ある方は読まれたらいかがでしょうか。 (扶桑社 \1470)
ただし、いつもの事ですが、この一冊に真理のすべてが書いてあるわけではありません。
真理は膨大に存在しており、人の宿命も一朝一夕には、語り尽くせるものではないからです。
どうか、頭を冷やしつつ、先生が展開してくださった真理の一端を
楽しまれたらよいかと思います。
私は面識もありませんが、先生のご功績により、多くの人が救われている事を
心からうれしく感じている者です。
これからもどうか、ご壮健であられる事を、心からお祈りしています。
H21.1.28 (水) am11:48 記 依美澄卑親呼 小濱白光