コメントをありがとうございました。 | ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。


おはようございます。 お元気でしたか。

私はあなたを悩ませたのでしょうか。


私は誰に対しても、自分に対しても、現在の私を正直にお伝えしたのですが、

難しかったでしょうか。


私は「もどる事は許されないのよ」と、あなたに語った事があったと思いますが、

なかったでしょうか。


そして二つの名も、私が進んだからこそ、見つけることが出来た真実です。

52冊のノート、10000ページを超える私のノートが、

私を証明してくれますが、

この真実が分った時に、 


(いつも真実が分る時にはこうなるのですが、雲間から太陽が顔を出して

 机の前の私を強く照らすのです。 まるで「分ったかね」というように。

 このような事実は私のノートに何十辺と書きしるされ、日時も書き込んでありますが、

 その時私が感謝しなかった事があると思いますか。

 喜びの涙を流さなかった事があると思いますか。)


やはり太陽は、雲の間から顔を出して、私のおでこや肩を熱く照らしたのです。


私が感謝の祈りを捧げている間照っていて、終わると雲は閉じました。

あなたに私の喜びが分るでしょうか。



どなたが答えるか、ですか?

私が易経をする(易を立てる)のですから、私が答えるのでしょうね。


でも、私ではない私、私よりも私を知っている私、と、言えば正しいでしょうか。

でもそれは私であって、私以外の誰の手からも出さないのですから、

誰といえばいいのでしょうか。


易聖 高島加右衛門はいいました。「易は私を一度も裏切った事がない」と。

私は不思議で、「そんな事があるものだろうか」と思ったものでしたが、

易は私に対しても、一度も裏切った事はありません。

手厳しく私を叩きのめす事もありましたが、でもそれは

誰よりも歯に絹を着せぬ真実の叱責でしたので、私はたくさん泣いて、

ここまでやって来る事ができたのです。


現代の人には、この手厳しさがないのです。

ウソにまみれたごまかしや、ほめ殺しのようなおだてはあっても、

また、いい加減で、信じるに足りない事を言う人は、たくさんいますが、

真実の正しい愛で、きちんと叱ってくれる人がいないのです。


どこかにいたら会いたいな。



あなたも易経を学び始めているのに、まだ分らない事が多いのでしょうね。


理解できるかは、その人によるので、少し難しくても、読みなれて欲しいと思います。

とにかく現代の勉強は、本当の素晴らしい自分を見つけるのには

すこし足りない気がしています。


もっともっと自分の素晴らしさ、可能性を見つけるためなら、

私は、どんな事でもお話しするつもりでいます。


堅いパンのように、まずく、かじられないものだったとしたら、ごめんなさい。

なるべく分りやすくお伝えしたいと思ったのですが。


また、あなたの戸惑いを、私も理解しないではありませんが、

どんなに語りつくしても、理解しあえないものもあるのではないか、とは思いませんか。

そういうものは、よく時が解決しますし、

あなたがそうなった時(不思議な体験をした時)には、きっと理解し合えると思っています。


ですからあなたは混乱などといわないで、理解し、許して欲しいと思います。

私は変わらなくここにいますし、

あなたへの希望も、変わるものでありません。


ただ、あなたがあなたを信じ切ることができないのだとしたら、

それは私の問題では有りませんよ。


すべては時が解決してくれるでしょう。

理解に次ぐ理解、愛に次ぐ愛、信じることの大切さと、人を許す事の大切さを、

心から知った時は、もうわがままはいえないものです。


なぜなら、私たちは可能性に満ちているのですから。

自分と人は違っていい。

自分と人の「時 (チャンス)」は違っていい。

石川遼君の運勢がいくらうらやましいくらいに思えたとしても、

彼は早期運。 晩年を持ちこたえるには、力が必要でしょう。 彼はがんばるでしょうが。


皆が皆、早期運ではなく、

私は「最後に笑うのはお前かもしれない」と言われた、晩年運の者です。

私が歯軋(ぎし)りしても、それは変わらないらしい。


今成功している人を見て、うらやましがって(あせって)はいけないのです。

彼らは衰退を見るからです。その時に、その人がどう生きるかだけが、問題なのです。


私が、「どうせ皆には分らないだろうから、伝えても無駄だろう。

     真実などという高級なものは、伝えなくてもいいだろう」


と、タカをくくった方が良かった、などとは思わないでしょう?

どうか、許し、丈夫な歯を、持ってください。

なんでも噛み砕き、消化する胃袋を、持ってください。

私がどうなるか、見届けてください。


私があなたを心から見届けたいと思っているように。

あなたの幸福を、心からお祈りしていますよ。




       H20.12.9 (火) pm 1:30 記     光明心殿  小濱白光





追伸  雅子様、お誕生日、おめでとうございます。


     雅子様は、今、「戦地に座す」時を、過ごしていらっしゃいます。


     苦しいでしょうが、どうか心おすこやかに、過ごされて

     良い時が来るのを、信じて、もう少しお待ちください。


     あなたのお苦しみは、日本国民の苦しみです。どうぞお幸せに。