《 サティ庵の終焉・・終章 》8
1999、1、15 himaari
僕のうっぷんばらしから始まったサティ庵シリーズ(笑)もいよいよラストダンスとなりました。 今回でご愁傷さまです。
とちゅう、題名にカンチガイしてノゾイテくださった殿方には申し訳ない思いでいっぱいです。(うそうけ、参照数をあてこんでつけてた題名なくせに)
なほ、サティ庵と言う言葉自体で、ある特定の団体を想像する方もいられるかも知りませんが、このサティ庵はサティアンと良く似ていますが、アン違いですので(笑)・・それにサティアンという言葉も専売特許でもないでしょうから。
よりよく理解して戴くには、この紹介者(ボク)の所を切除してから、◆◆と◆◆の中身だけを読んでくださいね。◆◆の中と外を間違わないで(笑)
後は本屋さんで立ち読みするか、市の図書館に取り寄せてもらうか(これはお金の無い人)、堂々と購入するかして、“じぶんで検証”されてくださればけっこうですね。
では、前回に引き続いて
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ところで――
この“病なき世界”を実現するための具体的な適正技術について、途上国と先進国とでは考え方に大きな違いがあることを知っておかねばなるまい。
その最大の焦点は、現代西欧医学を世界の正統医学として承認するか、否か、ということである。
その対立を浮きき彫りにしたのが、プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)をめぐる旧ソ連(先進国)と中国(途上国)の論戦であった。
旧ソ連は「近代医療技術を推進することが正統的方策である」との北の論理を主張し、その実証地であるアルマ・アタを国際会議の候補地に推した。
対する中国は「近代西洋医学の成果を誇示し、それを全人類に押しつけることは、民族の主体性や伝統医療を蔑視する偏見であり、かつ医療経済の効率を無視し
た虚構の論理である」との南の論理を展開。中国一三億の人民が継承する中医学の現代的成果を立証する北京こそ開催地に相応しいと応酬した。
まさに医学の正当生と普遍生をめぐる南・北の対決であった。
この論争は、マーラーWHO事務総長(当時)の・・・・(採用はしないが、適用せよ)との有名な調停で収拾され、開催地はアルマ・アタに決定したが、中国はこの調淳に合意せず宣言・採決をボイコットして、中医学の主体性を貫いた。
こうして国連WHOを舞台にして世界の医学は、西欧医学の一極支配時代は終わり、中医学(一三億人)を始め、インドアーユル・ヴェーダ医学(八億人)や、ユナニ医学(イスラム圏一〇億人)など民族伝統医学の自決権を認める医学の多極化時代を迎えたのである。
既に現代医学の虚構性は『M委レポート』によって明らかにされ、さらに中国医学の抬頭ど国連WHOにおける東・西医学の激突によって強烈なパンチを受け、少なくとも世界の支配力の半分は失った。
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現代医学の中心的存在であった西洋医学は、支配力を半減しなければならないほど、その無力と虚構性を暴露して来た結果なのでしょうね。
それも内部からの異端者の証言によって・・・
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こうした混乱の最中、米国議会技術評価局(・・・)は、『ガンの非正統療法』(・・・・)と題する衝撃的なレポートを発表(一九九〇年四月)。この中で、
現在の正統的ガン療法(近代医療)は科学的に証明されたものではなく、また有効生においても非正統療法(民間療法)と比べて大差がないことなど、その虚構性を明らかにした。
そして非正統療法を蔑視するのは権威主義に基づくもので、偏見を捨てて、公的な助成体制を早急に整えるよう求めた七項目の提案を政府、ガン研、医学会に提出した。
この米国議会の動きは、先進国における現行医療体制の見直しを迫るもので、これまで不当に蔑視されて来た民族伝承医学や民間療法など非正統療法の再評価と復活を促すことになろう。
今、まさに医学の夜明けである。
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『病気になったら、即刻“進歩発達した現代医療”の治療を受けるべし』
これに反する者は“非国民”として援助はもちろん、相手にするべからず・・などとは言わないが、この僕の体験ではお医者さんを抜きにして、一般の善良?な
方たちであっても、「あいつはどうもオカシナ思想にかぶれた、とか、変な宗教の教えにはまってしまって、」という程度にしか理解出来ないのが、この日本中
のほとんどの現実だと思いますよ。ま、経験しない人は分かんないでしょうが。
これほど根強く植え付けられた“教え”をほどくには、
な~か~~な~~か~~シンドイ!
そして、
【非正統療法を蔑視するのは権威主義に基づくもので、偏見を捨てて、公的な助成体制を早急に整えるよう求めた七項目の提案を政府、ガン研、医学会に提出した。】
とありますが、この ひのもとのくに はどうなってるんじゃあ?
星の国でさえ夜明けが少し見えて来たというのに、太陽の国のタミはダミだねえ~~~
早くこの僕んちの助成体制をたのむよ(笑) 無理かなあ~政府、ガン研、医学会が相手じゃ。
公的資金は銀行さんに行ってるし、ショミンに回してもイチモンにもならん!?
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医療選択の自由権
日本人は明治七年以来、西欧医学を正統医学として受け入れて以来、僅か百年足らずの間に、それにどっぶりとつかり、医学と言えば西欧医学だけと信じこんでしまった。
だが、世界は広い。インドにはアーユル・ヴェーダ医学あり、中国には中医師が厳然として西洋医と肩を並べて存在している。そしてインドと中国の人口は、そ
れぞれ世界人口の一六%と二〇%、合わせて三六%を占める人口超大国。しかもアジア・太平洋地域の総人口は世界人口の半分(五五%)を占める。
この中に日本は含まれておらず、日木は既にアジアの一員ではなく、青い目の仲間に入っているのだ。しかもそれを得意にして‥‥‥‥。
その結果は、病気まで真似て欧米化、まさに“病紅毛(膏盲)”とはこのことだ。
ともあれ、民族固有の伝承医学をあっさり捨てたのは世界でも日本民族だけ。お隣の韓国も台湾も、日本が武力統治した時代は西洋医学を正統医学として強制さ
れた。が、日本の敗戦と共に伝統医学を直ちに復活、東・西両医を並立させて民族自決の道を歩んだ。国民は自分の意志で好む医学を選べるのだ。
“医療選択の自由権”である。
この意味で、今の日本人は“医療選択の自由”を奪われているのだ。死ぬ時は嫌でも西欧医学の手続きで“死亡診断書”が必要となる。何故東洋医学で死んではいけないのだろうか。何故西洋医学で死なねばならないのか、とっくりと考えてみるべきであろう。
“医療の独占”、ここに薬禍と医療禍が発生する構造的欠陥がある。
西欧民族は、自分達の生んだ医学の恐ろしさを知っている。”薬は毒”と教えられている。そして医療の暴走を防ぐため“医薬分業”と“対診制度”(複数の医師による診断)という二本立てのチェックシステムが社会制度として定着した。
日本はこの両システムとも全く機能していない。これは恐ろしいことである。
この問題は拙著『松本英聖医事論集』(医学と生命)で詳しく述べたが、兎に角医学は一つ(西欧医学)だけではない、ということだけは、ぜひ知って頂ぎたい。
“病なき世界”の実現を目指して、今WHOを舞台に南(民族伝統医学)と北(現代西欧医学)とが共存しているのだ。
先進国は“医学の普遍化”を旗印に、自分達の医学を正統派として押し付けようとするが、途上国は真っ向からそれに反発し、民族固有の伝統医学を頑なに守り続けている。
もし、あなたが“彼らは貧しいから‥‥”と思うようなら、あなたの考え方は、知らず知らずの中に、自分の考えだけが正しいとして人に押し付けていることになる、”裸の王様”を決して笑えないのだ。
何れの医学を選ぶも個人の自由他人が兎や角言うべき筋合いのものではない。
しかし、世界は広い、ということだけは肝に銘じておこう。そして、今や世界の檜舞台では、西欧医学は既に少教派になっていることだけは忘れないで欲しい。
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くれぐれもお間違いなく! この僕は特定の本を宣伝しているんじゃないですよ。
他にもいろいろ紹介して来ましたし、今回はこの本だけを参考にしているだけです。
本の問い合わせは本屋さんか、発売元へどうぞ。
それはともかく、この本は僕の言いたいことは皆書いてくれてあるようで、僕のコメントは飾りのつもりで読んで、後で消し去ってちょうだい。(その方が頭に入る)
今までは、「ドシロウトは黙っておれ!」で引っ込まされたおどし文句は、もう通用しなくなったようです。これも時の流れというか、“天の時、天の声”とでも言うんでしょうか。 アリガタイことです。うん。
さらに進んで、この日本でも医療の選択という自由が与えられてことそ、自由民主主義じゃあないんでしょうか?
その主義が良いかどうかは別にして、今の封建的医療制度は改革するのがバタ~~じゃあないでしょうか。
いや、早急に改革するべきダッチュウ~~ノ!!
そこで、各個人が西洋医学を選ぶのもよし、違う医療を選ぶのもよし
これが皆さんも好きな自由選択権
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あとがき―――結びに代えて
十年一昔と言うが、アメリカの『食事目標』が発表されてから早十年になる。
この間に世界の状況は一変し、東西冷戦構造を基軸とした既成体制は音を立てて崩壊し始めた。日本でもパブルがはじけて、これから先何が起きるか、行く先は全く不透明である。
十年前にこの激震を誰が予測し得たであろうか。
この激動はやがて教育、宗教など凡ゆる上部構造に波及するであろう。医学・栄養学もその例外ではあり得ない。
例えば、食物と健康に関する研究は、アメリカの『食事目標』を転機にして長足に進歩し、これまでのビタミン・ミネラル剤に代わって、未精白殼物や新鮮な野
菜類の効用が次つぎと明らかにされて、古き良き時代の食生活(民族伝統食や郷土食)の優秀生が改めて見直されて来た。まさに医学・栄養学の革命的変化であ
る。
一方この間に世界の医学の潮流は、国連WHO(世界保健機構)を舞台にして、西欧医学一辺倒の一支配は終焉し、中医学(一三億人)、インド医学(八億
人)、ユナニ医学(イスラム圏十億人)など、世界三十億人以上が今なお信奉する民族伝統医学の民族自決権を認める医学の多極化時代が開幕した。
医学は一つだけではない、ということである。
この背景には医療費負担が先進諸国の経済を圧迫し、国の財政を破綻寸前に追い込んでいる、という退つ引きならない深刻な事情があることを忘れてはなるまい。
既にアメリカの健保財政は破綻し、マクガバン・レポートが予測したように現代医療は医療経済の面から崩壊し姶めたことはご承知の通りだ。
日本でも病院倒産が囁かれ、看護婦不足と相侯って医療経営は日増しに悪化の一途を辿りつつある。
こうした医療危機の最中、MRSA(耐性菌)による院内感染は「白亜の殿堂」の威信を足下から揺るがし、エイズ禍は医療の発達を潮笑うかのように無気味に増加する。
まさに現代西欧医学の没落である。
だが、この廃虚の中から次代を開く新しい医学が出現する。
破壊と創造は同時進行であり、それは民族伝統医学の復活と共に、『内なる霊性』に目覚めた人々による心身両面の健康革命から始まるであろう。
真の医学は「人を病から解放」し「病なき世界」を実現する「道」である。
その「道」とは何か?
次巻(「松木英聖医事論集」第二巻医学と生命)において、この問題を提起し、「医とは何か?」という命題について読者諸賢と共に考えてみたい。
一九九四年六月吉日
著者
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著者はこう結んでいられる。
僕も(よろしかったら)あなたも、『井の中の蛙 大海を知らず』なんて事にならないように、サティ庵内の情報だけに頼らず、すすんで「外の情報」ものぞいてみましょう。
なにも、ノー〇ン捨撫捨撫だけがノゾキじゃあないですよ。
そのうえで、堕彩のは捨て、憂いのはだいちゃう?
ほかの事はなにも知らない井の中の蛙であっても、この健康と生命を支配する医療についてはあたらオロソカニできない問題っス。
(参考文献)『食」と生命』
松本英聖(保健学博士、医事評論家)著・医事評論集(全六巻)
/第一巻---【食と生命】ーー病なき世界の実現を目指してーーより
/ISBN4-906255-17-5/\3000 技術出版(株)発行
外にも紹介本がたくさんありますが、今回はこの本をメインにしたもんで。
その後のわが屋の経過より
ようやく発症から約三年余り過ぎました。二〇〇一年
から