結核の解剖 1 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

他人様の説を少し脚色して書いたものです。
いま読んで見たら、自分でも全部信じて良いものやら・・
(なら出すなよ!)

デモ、モッタイナイ・・・(おい、それが理由か)

けっかくですし・・(せっかくですし)


《 結 核 の 解 剖 》その1
       ひのもと異学 1997、3、7

今はガンが“不治の病”といわれ、(医学では治癒が容易であるかの様
に言うが、事実はガン患者になればほんとかどうか分かるだろうね)
そして、ちょっと前までは結核がその代表とされていたようです。

しかし『医学の進歩で予防効果が上がって、治療薬も進歩して今では結
核は簡単な病気のうちに入っている』というのが常識になってますよね。

しかし僕は、この『医学のお陰』というのはどうもまゆつば物ではない
かと思うんです。(またまたこんなことを言い出す!・・ドウモ)

予防についての効果は益よりも害が多いという事実が出ているようでし
て、それでは治療効果の成績の方はどうだかというのですが、実際に結
核での死亡者が減ったというのも事実なんですね。
だから、医学の進歩のお陰なんだという事を素直に聞けないのがあまの
じゃくのヘソマガリでして、「ようしなにかイチャモンを、、」と、例
のおじいちゃんに聞きに参りましたと、、

話の伝え方を僕なりに変えてはありますが、できるだけ内容を大切にし
てありますから、これが真実かどうかをよく見極めてくださいよ。


☆医学で結核の死亡者が激減したのはどういうわけでしょうか?

◎それは薬で一時的に固めたまでで、一時的に病気症状が減るから効く
と思うだけで、実は小康を得るにすぎないのである。
したがって、単に死ぬのが延びただけで、もちろん長くは続かないから
安心は出来ないのである。

☆なんで長続きしないのですか?戦後数十年たった今では結核は安心で
きる病気となっていますよ。

◎では、今まで通りにしていれば今後どうなるかというと、むろん時の
経つにしたがい、再び浄化が起り始め患者の数も増すので再び薬を用い
るが、今度は以前ほどに効かないから毒をいっそう強めた薬が出来る事
になるのはもちろんで、ちょうど麻薬中毒患者と同様である。

そうしている中にいよいよ効かなくなり遂には全然効果がなくなると共
に、今迄の強い薬毒の浄化も加わって悪性結核激発となり急死する者数
知れずという事になろうから今よりも幾層倍の結核患者が出来るであろ
う。
以上のような訳で、その時になったら今度の記念祝典を憶い出して身が
縮むであろう。

☆僕はそうなるかどうかは思わないですが、おじいさんの言うように浄
化を止めたために結核は減ったのでしょうが、その為にガンなどの悪性
の病気に転化したんではないでしょうか。
ちょうどモグラたたきのようにね、、

で、その『記念式典』というのは結核が激減したお祝いなのでしょう。
戦後すぐの時期だったのでしょうね。


◎私はこの様な悲観的な事は言いたくはないが、そうなるのは今から判っ
ている以上、警告せざるを得ないのである。

ここで重ねて言うが、今日のごとき死亡率半減期間は一時的であるから
再び頭をもち上げ始めるのはもちろんであるから当局も一般人も大いに
あわて出し、結局医学が今日の新薬恐怖時代を作った事に気が付くこと
になるのである。

☆なるほど、どうも調べてみると日本での結核は減ったままですが、まっ
たく無くなると言うところまで行かないということは、結局、本当に治
せる薬がいまだに出来ないということでしょうね。

そういえば、いまアメリカでは結核出の死亡者が激増しているそうです
ね。
半世紀以上もの前に、おじいちゃんの言った警告は現実となって来たん
でしょうか?

◎私はこうも言っておいたはずだ。
新薬の効果によって直ちに死なない半病人が増えるからこわれ物扱いを
されなければならないような消極的健康人が氾濫し、元気よく長時間働
らく事も出来ず軽作業がやっと位の人間が夥しい数に上るであろう。
としたら国家全体からみても由々しき大問題である。

☆そうなんですよ。
僕もそうなんですが、いくら言っても人間て忘れやすいんですよね。
でもおっしゃるように、今ではなんでも「無理をするな、疲れるような
仕事はさしひかえて、体をたいせつに、、」という時代になりましたね。

いつも栄養たっぷりの美味いものをたらふく食べていてもまだ、「栄養、
栄養、、」といってビタミンだの何だのとうるさい世の中になってしま
いました。
ということはやっぱり半健康人が増えたからなんでしょうかね。
では、どうして結核になるのかということと、それが減少したのかとい
うことを教えてください。


◎いかなる人間も、一人も例外なく先天性及び後天性の種々の毒素を保
有している。
その毒素は平常時は体内あらゆる局所に団結しているが、一度浄化発生
するや溶解し始める。
もちろんその場合、発熱、咳轍、節々の痛み、食慾不振等の初期の結核
症状が表われるのである。
それによって保有毒素は排泄されて真の健康体となるのであるから、浄
化発生こそ大いに喜ぶべき事で自然の大なる恩恵である。

ところが医学はこれを反対に解釈したため、病気というものを、健康上
不可なるものとして恐れ、極力鎮圧手段に出るのである。
すなわち、せっかく毒素排除活動が起こったのをもと通り固めようとす
る。
それが医学の療法であるから、今日までの医学がいかに誤っていたかを
知り得るのである。


☆そうですか、、、で、医学と言っても数千年も続いて出来上がったも
のでしょう。それがいつのころから間違ったのでしょうねえ。
毒素排除作用を浄化作用というんですね。それを勘違いしてくい止めよ
うとしたのが間違いの始まりなんですね。
でも無理はないですよね、浄化作用と言っても長く苦痛が伴うんでしょ
う。

◎それは借金と同じようなものである。
最初の催促で返しておけば軽くて済むものを、何度も借りては支払いを
延ばして来たからである。
元金に利子が付いてだんだんと返済が苦しくなるのである。

☆ふーん、、借金かあ、、薬毒の借金、、いや一時的に苦しみのがれの
借薬、借毒とでも言うんでしょうか。
体内の毒素というのは薬が主なんですね。

◎そうして薬毒が体内の各局部に集留固結して、その浄化作用として感
冒がおこり熱によって溶解した液体毒素は痰(タン)となって肺臓を通っ
て出ようとするのである。
というわけで、肺とは喀痰排泄のための“通過駅”ともいうベきもので
あるから、痰はいったん肺臓内に滞り、咳というポンプ作用によって咽
喉を通って出るので、咳と痰が出れば出る程よく浄化される訳である。


☆溶解毒素の通過駅ですか、、それがセキによって吸い出され、口から
タンとなって次々と排泄される。セキはポンプ作用なんですね、痰を吸
い出すための。
うまく出来ているんですね、餌健康保持のために働く、人間のからだの
しくみってのは。
するとゼンソクなども同じ原理なのでしょうか?


◎すべての病気がこの浄化作用の原則に基づいているのだから、排毒さ
れただけ人間は真の健康体を取り戻すことになる。
ただ、ひとによって毒素の固結場所が違ったり、薬毒の種類が違うこと
で病気症状も千差万別となる。

☆一時的に苦しくてもがまんして排毒作用に任せておけば自然に治り、
毒素が出ただけ健康に戻れるんですね。

◎ところがそれを逆解した医学は、咳(セキ)と痰(タン)を極力停め
ようとするのであるから実に驚ろくべき錯誤である。
この結果、痰は肺臓内に滞留したまま日を経るにしたがい、漸次固まっ
てしまい、しばらくすると再び浄化が起り風邪を引く。
その時医師に診てもらうと、発執と肺臓内にある痰の固結、咳や吐痰、
喘音等によって結核初期と断定するのである。

なお、また前の時軽微な肋膜炎もあったのでその固まりが溶けて肺から
出ようとする。                         
                          これを肺浸潤
といい、首肩の凝りが溶解し、肺の上部から侵入するのを肺門淋巴腺、
又は肺尖加答児というのである。


☆むずかしいことは分かりませんが、自然は出そうとする、医学は出さ
ないようにする。
この違いでしょうか?

◎これを一言にして言えば自然浄化によって体内の汚物が出ようとする
のを医療は出さない様にするのである。
もちろん服薬も注射も安静も何もかもことごとく“固め手段〃であるか
ら、『医学の進歩とは毒素固め方法の進歩』でしかない事は余りにも明
らかである。


☆「毒をもって毒を制する」と杉田玄白先生もおっしゃていますが、“
毒を制する”というのは“固める”という意味だったんですね。
僕たちが子供のころからやって来た注射はいまの時代でもやっているよ
うですが、ここのところを詳しくお願いします。


◎近来結核の早期発見を奨励しており、その唯一の手段として用いるの
に、ツベルクリンの注射がある。そうして反応のないものを陰性といい、
紅く鍾れるのを陽性といい、陽性に対しては先ず半ケ年間は結核発病の
危険あるとして、その問一ケ月に一度の試験注射を行うを可としている。

半ケ年を経て異常のないものは一先ず注射を解くが、それでも当分三ケ
月に一回の注射を励めるのである。

最初半ケ年の要注意期間中はなるべく過撤な運動を避けるように注意を
与える。
というのはそれを守らないと、発病の危険があるからというのである。


☆ツベルクリン、、、なつかしいなあ。あのころを思いだしますよ、僕
も純粋無垢でした。いつからこんなに根性曲がりになったんだろう、、
ああ、、思い出せない、、
ところで、今のやり方はどうか分かりませんが、だいたいの基本は同じ
でしょうね。


◎最初ツベルクリンの注射によって陰性であるという事は体力劣弱にし
て浄化発生の力がないからで、それに引きかえ紅く腫れるのは浄化力旺
盛であるからである
すなわち紅く腫脹する理由は、体内に注射液という異物が侵入するため
その異物を体内深く侵入せしめざるよう、いわば防衛手段が発生するの
である
その防衛手段とは血液が異物侵入局部に集中し、異物との闘争を開始す
るためである。
その結果異物の毒分を弱めて侵入の害から免れようとするのである

右の理は、最初陰性であったものが、再三注射するや陰性が陰性に転化
する。
これを医学では陽転というが、このわけは注射液が少量のばあい弱体者
は浄化発生の必要が余りないが、多量になる場合はそれを防止するだけ
の浄化力の発生が必要となるのは当然で、自然は人体擁護の手段を遺憾
なく具えているのである。


☆そうですか、、、ツベルクリン反応の結果で結核を断定することの危
険性は、最近は医学関係者でも言うようになりました。
それにしても、お医者さんでもないのによくそれが解りましたね。それ
もだれも言わないずうっと前から。
それにしても、、浄化力が弱い人の方が陰性とはね。
異物の侵入に対して抵抗力のある人が陽性になるんですね。


◎元来肺臓という機能は前に述べたごとく、体内各局部の固結毒素が発
熱によって溶解液体化したのをいったん肺臓が吸収する。
その毒素は間もなく喀痰となって、次々体外へ排泄されるのである。
その際の咳嗽は喀痰を吸引するポンプ作用であるから、咳嗽(せき)の
後は必ず喀痰(たん)が出るにみて明らかである。

かくして体内の不純物は清掃され、その結果健康は増進されるのである
から、実に自然は人体の健康保持に対しよく出来ているのである。

右の理を知れば肺患などはあり得るはずはないのである。
なぜならば、右のごとく体内毒素が排泄の際の一時的停留所ともいうべ
き機能であるからである。
その理を知らない医学は、一時的滞溜の喀痰を肺自体から作られたもの
と解釈するのである。


☆なるほど、何度聞いても、なるほど、、
よく僕もゴミ出しをさせられるのですが、収集車が来るまえにゴミ置き
場に一時的に置くんです。
それを汚いからと言って一時預かりの場所を排除してもゴミはなくなり
ませんよね。ゴミは家から出すんですから。
一時預かりの場所からゴミが出ると思っているのが医学なんですね。
もともと原理を知らないから治療法が検討違いとなって、真に元から治
るのではないんですね。
一時的停留所をいくら閉鎖してもゴミは溜まり続けるわけですから、結
局はゴミ収集車に持って行ってもらわないと、家の中は始末にならない
ほどゴミの山になってしまいます。
それであふれたゴミは別のはけ口を求めていろんな悪性な病気が出て来
るんでしょうか?
結核の激減も安心出来ないというのもようやく分かりました。
それでは、もうすこしこまかくお話を、、
                          (その2につづく)

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