《 医 学 の 盲 点 と 自 然 良 能 力 》   ひのもと異学 1997、2、15 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

《 医 学 の 盲 点 と 自 然 良 能 力 》
    ひのもと異学 1997、2、15


現代の日本をみまわしてみても、世界中の情報をさぐっ
て見ても
何と言っても「病人が減らない」のは誰が見ても明らか
でしょうね。
それなのに「医学は進歩している」と言い続けているの
ですから、そしてそれを
無条件に信じている人が多いのには不思議を通り越して
呆れてしまうほどです。

しかし、そんなことを言い出だしたら最後、こちらの頭
を疑われるのがオチです
から“医学迷信”にかぶれた頭に何を話しても無駄なの
だと思わずにはいられな
いのです。
それでもあきらめずに“非国民”の僕は言い続けるので
すが、、、

しかしこちらの方が絶対正しいと結論づけるのも危険な
ことですから、一つの論
として聞いてください。
そして、この論はジッチャンに聞いて来た聞き話ですの
で、最後はあなたが事の
是非を判断することになるのでしょうが、、、


『医学の誤り』というのはどういうことなのか、早速聞
いて来たことをお話ししま
しょう。

《医学の根本的誤りというのは何か?

 『人間が生まれながらに保有している自然良能力を全
然無視している』こと》

だというのです。

医学の方でも「自然治癒力」を引き出そうとしている話
は良く聞くところですが、
内実はそうではないのです。
言葉とは裏腹に人間本来の自然治癒力を無視している方
が多いくらいです。

それはこういうことです。

あなたが病気にかかるとします。
たいていはお医者さんに診てもらう訳ですから、病院に
行きます。
するとお医者さんは、「早く来て良かったですね。手遅
れになると大変なことに
なるところでした。」とこう言うでしょう。

発病すると、医学では放っておくとますます悪くなる一
方であると考えているか
らです。
だから発病すると、極力それを止めようと必死になって
薬剤をはじめとしていろ
いろな療法を行うのでしょう。

この奥底には、―――自分自信の持つ自然治癒力などと
いう力は微力であって、
放っておくと、病気は進行するばかりだから、ついには
死に至るのである―――
という考えがあるからなのでしょう。

《医学では、手遅れになるのを嫌い、何でも早いうちに
くい止めなければいけな
いと思う点に多いに間違いがある》
ということなのです。

それはなぜでしょうか。
病気に対する考えたがこうだからです。

―――病気は悪化作用である。何かの原因で体が悪くな
り、早くなにかの治療を
施さなければ回復しないのだから、早く発見して早く治
療を施さないと手遅れに
なる。―――

そうなのです、
『自然治癒力が働いても治らないのだから、いや体内の
自然治癒力が働かないほ
ど体が弱っているのだから、対外から治療を施さないと
病気に負けてしまう。』
というような考え方なのでしょうね。

ところが発想の転換というか、見方の違いなのでしょう
が、これを全く逆の観点
から見ているのが僕の聞いて来た論なのです。

《病気とは毒素の排除作用であるから、そのまま放って
おけば順調に排泄されて
しまい、病気は治るに決まっている。
熱、せき、鼻汁、痰、汗、下痢、痛み、痒み、等々、あ
らゆる苦痛がそのためで
ある。
すこし我慢さえすれば汚物は出るだけ出て、体内は綺麗
になる。》

というのです。

つまり、病気は悪化作用ではなく、良化作用とでも言う
のでしょうか。
自然治癒力の働きの一端とも言えるのでしょう。

だから、なにも症状がないときも、病気という苦痛症状
があるときも、その病気
を解消してくれるのも、『自然良能力』という力が常に
働いているのだと言える
でしょう。

からだの中に汚物が溜まれば排除してくれる働きを起こ
すのですから、
《自然良能力が病気を引き起こす原動力》とも言えるの
ではないでしょうか。

では、病気の原料とは『汚物毒素』です。
これが体内になければ『自然良能力』が「病気」という
苦痛症状を伴った汚物の
排除作用を起こす必要もないわけです。
だから、真に病気を解決しようとするならば、体内に汚
物毒素を溜めないように
することです。

しかし一方、病気になると大変苦しみ、一見とても良化
作用とは見えないのも現
実ですね。
けれどもその結果として、体内の汚物が掃除されて、前
よりも綺麗な血液となる
としたら、これは結構な『浄化作用』なのだというのが
真実なのでしょう。


《この理を知らない医学は汚物を極力出さないようにし
て、固めることをいいと
している。これでは病気の根治などできるわけがない》

と言うのですから、ひとくちに言うと――医学とは固め
る療法――ということで
すね。

掃除しようとする手足を押さえ付けてしまうのですから、
いつまでたっても体の
中身は綺麗にならないですね。

『自然良能力』とは言い換えれば《生命力が発揮する働
き》でしょう。
それを押さえ付けるということは生命力を弱らせること
でしょう。

これはえらい“オセッカイ”をするわけですね。
せっかく綺麗になろうとしているのにそれを阻止しよう
とするのですから。

あなたがお家のそうじを一生懸命はじめたら、汚いから
もうもうとホコリは出る
やらゴミは出るやらで、あなた自身も汗水たらしてゴホ
ンゴホンと苦しいでしょ
う。
それを通りがかりの人が見つけて、
「それは大変だ、この家はホコリやゴミで壊れてしまう、
それに家の人も苦しそ
うだ、、、はやく止めてやらなければ、、」

その通りがかりの人は勘違いして、これ以上あなたが掃
除できないように引き留
めにかかったのです。  がんじがらめにしてね。

こうして、あなたは働けなくなるのですから、汗も引っ
込み、せきも出なくなっ
たそのかわりに、ゴミは家に中にいっぱい残ってしまっ
たのです。

この様にして、医学の治療法とはしょうじきな話、“ヨ
ケイナオセワ”というわ
けです。
その『ヨケイナオセワ』が薬をはじめとしたいろいろな
療法ですね。

しかもその治療法が、かえってその家の中(体内)にゴ
ミや汚物を増やすのです
から大問題なのです。

オセッカイを通り越してとんでもない悪いお世話をする
ことになります。
その代表が『くすり』という“毒物”です。
この毒物を遠慮もなくどんどん体に入れて自然良能力を
弱らせるのです。

そのことイコール生命力を弱らせるということなのです
から、「薬を入れる」と
いうことは、最後には命をも絶つという恐ろしい結末が
控えているのでしょう。

だから「くすりのおかげで病気は治ったが、命はなくなっ
た」などというブラッ
クユーモアが出て来るのでしょう。


こうして、病気になった場合、放っておくことを非常な
罪悪であるかのような教
育をされて来たのですから、今は誰もが「何もしないで
いる」と大変な不安感を
持つようになってしまったのです。

よく崖に落ちるのを見て見ぬふりをして助けない様なこ
とを“見殺しにする”と
言いますね。
それと同じように病気を放っておくことは見殺しにする
というように思ってしま
うのです。

これは大きな考え違いだと思います。
この考えには“自然良能力”と言う真実強力な『治療者
の主役』の出番はないこ
とになるからです。

つぎに『膿(ウミ)』について聞いて来たことをお伝え
しましょう。

《もうひとつ大きな間違いは、膿を出すことを非常に嫌
うのである。
よく火傷やケガをすると膿むことがあるが、これを非常
に恐れて極力出さないよ
うにいろいろな療法を行う。
これはそういう刺激によってその部へ毒素が集まるもの
で、どんな人間でも必ず
相当量の毒素を保有しているから何かの機会があれば、
対外へ排泄されようとし
てたちまち、傷口目がけて集中し排泄されようとするの
であるから、化膿の部分
が大きいほど毒素も多く出るわけで大変結構なのである。


という事です。
しかし、必要なこの自然の排泄作用を理解できないので
すね。

《ところが医学では化膿するのは黴菌が侵入して繁殖す
るためと、悪い意味に解
釈するから極力化膿を止めようとし、殺菌剤などを使い、
冷やしたり、注射をし
たり、安静にしたりしていろいろな手当を行うというわ
けで、ばかばかしいほど
の逆療法を行っている。》

このことについて聞いたことがあります。原爆体験者の
話で、それこそ手足にウ
ジがたかるほどの膿が出ていてもその人は何も消毒もし
ないでかまわないでいた
ら、最後には手足は腐ってなくなるどころか綺麗に元ど
おりになったというので
す。
これは又聞きですから参考程度ですが、こういう考えで
膿を観察して見ると医学
理論とは違う答えも事実として出て来るのではないでしょ
うか。

そうして、確かに膿に菌が発見されのも事実なのでしょ
うが、これは原因ではな
く、結果なのですから、結果に対処しても原因は解決さ
れないのです。

さらにこの膿の殺菌に使う“消毒剤”が非常に悪いとい
うのです。

《と言うのは、これがまず筋肉から浸透し、時日がたつ
と恐るべき中毒作用を起
こすことになる。
なにしろいかに微細な黴菌といえども生物である以上そ
れを殺すほどの薬剤とし
たら人体に与える影響もは著しいことになる

それで消毒剤が古くなると猛毒に変化し、早晩この浄化
(病気)が起きる。
発熱や痛み、不快感等非常にに悪性の悩みで、そのさい
医師に見せると、原因不
明の病気と言われるが、この原因こそ医療が作ったので
あるが、まさか医者とし
ては消毒薬が原因であるなどとは夢に思えないから、治
療の施しようもない。》


よく日本では、簡単に「消毒、消毒」と言うが、これは
毒を消すのではなく、毒
を撒き散らす“増毒剤”が正体でしょうね。
「殺菌のため」と言って消毒剤を撒き散らしているので
すが、これが将来めぐり
めぐって、人の生命を脅かす存在になろうとは夢にも思
わないのでしょう、、、


そして、結論として言われたのは次のようなことでした。

《このように人体は常に汚物排除の清掃作用が起きるの
で、これを称して自然良
能力と言うのである。
このように人間は生まれながらに病気を治す自然良能力
をもっているとしたらこ
の良能力を尊重し、発揮させる方法こそ真の医学である
べきにかかわらず、かえっ
てその良能力を阻止するのを可として、それを進歩させ
るのであるからいかに誤っ
ているかが分かるであろう。》
とね。

この例として、
感冒にかかります。すると、これを最初から何もせず放っ
ておけば自然療法なら、
支障なく順調に治って行くのでしょうが、薬やら、冷や
したりの逆療法を行うと
なかなか治らない事があります。
そして、余病が併発したり悪化したりすることになりま
す。
肺炎、結核はその風邪の逆療法を行った結果起こる病気
ですね。
「止めるからそのしっぺ返しが来る」のです。

しかし、たまたま医療で治ることもあっても、それは医
療の妨害に勝つという旺
盛な知病力の持ち主ですが、こういう人はまことに少な
くて、大部分は溶解毒素
が一時的にしても『固まって』全快したようになるので
す。


この『病気は自然の浄化作用、体内毒素の排泄作用』と
いう事が理解できたら、

《現代医学は進歩したように見え、ありがたがっている
ところに大きな誤りがあ
るのである。
人間は自然良能力という医療も及ばないほどのすばらし
い治病力を天から与えら
れているのである。》

という事がほんとうなのだと、お解りでしょう。

それがウソだと思うなら、うんと薬を飲んで健康になる
ことでしょうね。

しかし、こういう事はどちらにしても絶対に強制して選
ばせるべき道ではないで
しょうね。
だから、国が厚生省が強制的にアアセイ、コウセイと言
うのは誤りです。
コウセイ省はやめて、カッテニセイ省にあらためたら・
・・

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