ひのもと異学 1996、12、19 初犯
僕の医学批判は医者への非難ではありません。
なぜならそこには好きとか嫌いとか、利害のあるなしとか、個人的感情とかの小さな問題では無いからです。
僕の判断の情報源は別のところにありますが、ここに医学関係者の発言を集めた医学界異端の書は、公正に判断するうえに大変参考になりました。
【世界医薬産業の犯罪】(題名)
―化学・医学・勳物実験コンビナート(副題)) ハンス・リューシュ著・大田龍訳 1993年発行 発行所――株式会社 三交社
今日の薬品市場の状況として【政府は製薬業界が無用の薬を市場にあふれさせるがままに任せている】というのです。【動物実験によって、それらの薬の有効性・安全性は十分にテスト済みだという】のですが、それを本書では“詐欺”だというのです。しかも【政府公認の詐欺である】というのです。
その理由として、【薬のメーカーも、それを認可する政府も、動物実験などは元来まったく無意味なものであるということを百も承知しているからである。】ということだからです。
【それでありながら、新薬の発売に先だって、一応動物実験さえ経ておけばその薬の副作用が隠蔽不可能という段階にいたっても、「必要なテストはすべてクリアした、法律には反していない」と言いわけができるというのが本音なのである。
【しかし、この「法律」なるものを作らせたのが、実は自分たちであるということは、おくびにも出さない。
(中略)さらに立法の際、実質的に決めるのは「医学専門家」と呼ばれる人達である。
この専門家というのが誰あろう、薬メーカーの代理人なのである。】
どうですか、これほどの医学批判の文はそうそう見つけられないでしょう。
でも現に日本でもこんな暴露本はずっと前に出ているのです。
この内容を信じられないと言う人の方が多いと思います。
単なる暴露本は面白おかしく真実を少し折入れて、オーバーに表現しています。
本書もそうであれば良いのですが、、、
【(中略)実際、医薬探求に試金石として動物実験を義務付けてきたこの「医学専門家」と呼ばれる集団は、利潤追求に溺れ、人類に多大な害毒を及ぼしてきた、史上最大最悪のペテン師集団なのである。】
医学者を“ペテン師”呼わばりしているんです。
これほど医学関係者をこき下ろした論は無いと思われるほどの本の内容ですね。
「今日、この主張に同意する医療関係者が増加しており、本書の目的も、この主張を論証することにある。」
この主張とは医学に対する真っ向からの挑戦ですね。
それにしても医療関係者に同意する人達がいるとは驚きです。
さらに医学は科学的であるという一般常識を見事に覆そうとしているのには驚かされます。
それが医学を迷信として説明しているのです。
【 Pll 迷信・・・「人間用の薬を動物に与えると死ぬことがある」ということは常識にさえなっている。
動物は人間の体とは異なった反応をする。
(略)しかしこんな簡単な常識でさえ、一度マスコミの手練にかかればすっかりだまされてしまうのだ。】
僕も思うのですが、マスコミは時の大勢的な意見に追従するというのが当然でしょう。
彼らとて、読者から代金をいただき、スポンサーから宣伝広告の代金をいただき、時の政府から公認されていないと、飯の食い上げになるからです。
だから彼らを非難するのは当たらないのです。
それを飯のタネにしている限りは公正な報道などできるはずが無いのですから、それを全面的に信じる方がおかしいのです。
【新しい藥が何らかの形でテストされなければならないのなら、私自身(人間)がモルモットにされるよりは動物を使ったほうがいい」などと言い出す始末なのある。】
動物実験によって新薬が承認されるのですから、動物実験そのものが人間にも当てはまるという事が絶対的条件になります。
それを本書は次のように喝破しています。
【しかし、この一見、人道的とも見える言い分の根底には二つの大きな誤りがある。
第一に、新しい薬が必要であるという思い込み、第二に、動物実験で満足な情報が得られるという思い込みである。】
つまり動物実験が人間にも通用する正確な情報にはならないというのです。
そう思うのは間違った“思い込み”だと言うのです。
【このふたつの誤った思い込みは、組織的洗脳過程を通し、人々の頭にしっかり植えつけられた一種の宗教的教義――(教義というものは、議論の対象とはならない)――なのである。】
どうです。
医学の基本的医療法としての薬が、“宗教的な教義”に値すると言うのですから。
医学が宗教であるという主張は外国人からも出されていたとは。
【この教義は、まず家庭で論理的思考が芽生える以前の幼い頭に叩き込まれ、やがて学校で、その後はマスコミによって植えつけられるのである。】
“宗教的教義”は徹底的に“洗脳教育〃されているというのです。
だから、『医学は宗教だよ』と言っても、聞く耳をもたないのでしょう。
むしろ反対に頭を疑われるだけです。
【目の前にはさまざまな反証が上がっているにもかかわらず、多くの人はすでに植えつけられた信仰――迷信――に固執する。】
ある宗教信者は自分たちの教義以外のものを受け付けない。
だからいくらこんな説があるよと言っても決して受け入れない、どころか、聞こうとも見ようともしないのです。
“医学信仰者”はこれとまったく同じです。
科学的に論じるということをしないのです。
ただただ盲目的に医学の発表を信じ続けるだけなのです。
【真の科学は、自由な情報提供と、異なった意見交換が前提である。ところが今日の医学界にはこの大前提が存在しない。】
これです。
この事こそどんな事に対しても必要不可欠で、真摯な科学者であろうとするならばの“生き方”です。
【・・ときに、正直で勇敢な医師たちが出ると、皆、すぐさま口を封じられたり、医学会への参加を拒否されたり、二度と有力発言ができないような低い地位に左遷されたり、果ては医学界から完全追放の憂き目に会わされたりしているのである。】
これなど、最近の日本の薬害エイズ事件で、ある教授が示した態度のようです。
権力者が支配するのはどこの医学界でも同じようです。
いう事を聞かなければその世界から葬られてしまうのです。
それが怖い“先生”方は真実には目をつぶるしか生き残る道はないのでしょうか。
【医学権力が誇大宣伝と並行させ、このような組織的検閲を行っているため、爆弾発言をしたとしてもその声はすぐに闇に葬られ、二度と日の目を見るチャンスが与えられないのである。】
これは、日本の異端の生物学者として医学界から葬られた、故千島喜久男博士にもぴたり当てはまることです。
【 P14 二O万五OOO種もある薬アメリカの薬学第一人者と評されたウォルター・モーデル博士が二〇年以上も前に、「いったい、いつになれば我々は、薬が多すぎるということに気付くのだろうか。
現在使われている製剤は一五万を下らない。
その上、毎年一万五〇〇〇の新薬が市場に現われ、一万二〇〇〇が消え去る・・・これだけの数に見合うだけの病気などないのだ。」ー一という記事を発表してから二〇年以上経った現在、全世界の市場には、何と二〇万五〇〇〇種類の薬があり、それに伴って新しい病気も増加している。
つまり今日の人類の課題は、新しい薬の「開発」ではなく、思い切った「削減」なのである。】
【薬が減れば自動的に病気も減るだろう。
(略)我々が知らないのは――組織的洗脳のせいで―――魔法の薬が効かないばかりか、かえって体の機能を悪化させるという事実なのである。】
このことは世界の“人類の医療”にとって、非常に重大な発言であるでしょう。
医薬品を治療の主眼とする医学に対する爆弾発言となるでしょう。
僕から見ると足り前のことなのですが。
なぜなら、どうひねくって理屈をつけようとも、“薬は毒”という真実があるからです。
これにはどんな好意的理屈を付けようとも覆すことが出来ない“真実“です。
しかし、ほとんどの大衆はそうとは思わないでしょう。
それは“組織的洗脳”の成果であるというのです。
【 PI7 人間と動物人間にとって猛毒であっても、動物には無害。
人間には無害であっても動物には毒になる。】
【新薬の実験台として、動物ほど当てにならないものはないという事実。】
【しかし事実はすべての新薬(すべての合成物質は有害である)は今も、あなた自身そしてあなたの子供さんを使ってテストされ続けているのである。動物実験では科学的に何にも解答は得られない、どころか、人体への影響という点に関しては間違った答へと、ミスリードする。この法則に例外はない。】
【 薬の押し売り医学校での薬理学の知識というのはほんの限られたものに過ぎない。
医者としての道を歩み始めたときから生涯続くことになる薬理学の勉強が始まるのである。
この時、医師への薬理学教育を施すのか、薬品会社のセールスマン、そして洪水のごとく送り届けられるパンフレットなのである。】
【彼等を教育するのは製薬会社の強引なセールスマン連中である。
ところが製薬会社の目差すところは人々の健康ではない。
――世の中が健康な人ばかりになれば薬品工業は潰れてしまうではないか――目標は会社の利益の増大につきる。】
【薬に添付されてくる説明書、これは人間の病気に関する専門家によるものだと思うだろう。ところが、実際には、病人などまったく診たこともない動物学的知識しか持たない人間によって書かれているのである。】
新薬の開発は合成化学者とそれを試行錯誤する動物実験者によって行われ、薬品会社の息のかかった薬の審議委員によって認可されるのだから、ここまでは人体には関係ないのです。
そして事実上の人体実験はこれからでして、病院で実際に患者の体で行われることになります。
認可された薬は安全だということになる理屈ですが、真実はやはり結果として現れるのでしょう。
【相次ぐ医療過誤裁判で保険金が跳ね上がる。動物実験では安全だとされた薬を、人間に使用した結果の薬害が急増しているという現実を知れば当然であろう。】
というように薬害患者は認可された薬で起こっているのです。
また次々と消えて行く薬は薬効がなくなったと言うよりも害作用が現れて使えないという方が殆どでしょう。
【 P26 新しい病気「新薬」は、放っておいても自然に治ってしまう病気以外の病気は治せない、いやそれどころか、新しい病気を作り出している、と言う事実が明らかにされ出している。】
このことは次のことに言い換えられるでしょう。
◎病気は自然に放っておくだけで治る。
しかも薬を使わない方が安全である。
◎薬が病気を作り出す。
【三者のドロドロした関係。・・・医学界は大衆を洗脳し、化学業界がぺテンビジネスを続けていられるように力を貸している。】
これに政治家や国家権力が結び付いているというのですから、まさに鬼に金棒です。
しかし、わが日本ではその甘い関係にホンノ少しばかりメスが入れられましたが、、、しかし今後の大勢は変わらないかも知れません。
【P136一九一二年のドイツ人医帥ブォルフガング・ボーン博士の談として【動物東験の公に言われている目的は、どの分野においても達成されておらず、将来においても達成されないであろうと予言できる。
それどころか、何千人も人間を殺してきた。
動物実験の拡大がもたらしたものは唯ひとつ――科学の名を借りた拷問と人殺しのみである。おそらくは、この人殺しは今後も増え続けるだろう。
なぜならば、それが動物実験の論理的帰結なのだから】医療の基礎、医薬品。】
その薬の基礎となる動物実験、つまり医療の基本中の基本は科学ではないというのです。
“科学の名を借りた人殺し”とはまた物騒な表現をしたものです。
それも医師が。
【 明日の正統派【今日、彼のような異端者が増え続けており、それらの人々が医学界の主流となるのももう時間の問題、それもさほど長くない時間、だとさえ思われる。今日の異端は明日の正統派なのである。】
【ごく最近の「異端」の一人が、ロバート・メンデルスゾン博士だろう。医字界のお偉がたを激怒させたのは、『異端者の告白』(1978年発行)だった。
この本の中で、医学製薬トラストが隠しておきたいと思っていることをすべてさらけ出してしまったのだ。】
僕はこの本を読んでいないのだが、次に彼のいう事には
【医者という人種は、悪名高い中古車のセールスマン程度にしか信用してはいけない。
医者にとっての金のなる木である定期健康診断は不必要である。
不正確この上ない検査結果に基づく診断で落ちこまされ、あげく、益よりは害の多い薬潰けにされるだけである――私はもはや現代医学を信用しない。
人間の健康にとって最大の危険は医者である。
・・・医者を信用するな、医者の処方する薬は危険だ。
そもそも安全な栗など存在しない・・・・現代医学は我々に、医療イコール健康という等式が正しいと思わせてきた。
しかしこの等式は、我々の体、家族、国、ひいては世界を滅ぼす潜在性を持つ等式なのだ・・・・】
“世界を滅ぼす”というのは“人類滅亡は薬剤によって”という意味ですから、エライ発言となりますが。
【現代医学――医師、病院、薬、機器――の九Oパーセント以上をなくしてしまってもいい、と私は思う。
そうすればすぐにも、我々はもっと健康になれるだろう。】
一というのだ。
【同様なことを一世紀以上も前に、ハーバード大学医字部の著名な教授オリバー・ウェンデル・ホームズ博士が発言している。もしすべての医薬品を海底に沈めることができれば、人類にとってはその方がずっと幸せだろう。
ただし魚にとってはいい迷惑だろうが。
ではなぜ、彼ら、そして過去から現在に至る良心的医療関係者の言葉が、これまで国民の支持を得られなかったのだろうか。
それは、良心的な声が、医学界主流派の組織的誇大宣伝の力に負け、かき消されてきたからなのである。
しかも今日は、化学工業シンジケートの膨大な力が医学界に加担している。】
どうでしょうか。
医薬関係者にとっては、あまり見たくない内容かも知れません。
しかし、真実と感情は違う次元です。
立場を考えず、一人の『人間』として考えてみてはいかがでしょうか。
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