医学界では絶対言わない【風邪の原理】だって? | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

    《 風 邪 の 原 理 》
医学ではいまだ解明されていない感冒を解剖する     

 ひのもと異学、1996、12、23 初版


冒頭にお断りしておきますが、この以下の文はある論文を参考にして分かりやすくする目的で書いたものです。

“又聞き”の論ですが、要点を重視してお読みください。




 《 風邪は万病を防ぐ健康法 》

人間は生まれながらにして先天的に種々な毒素を保有しているのです。

これは親からの遺伝毒素であり、その親はまたその親から遺伝的に継承しているのであるから、先祖伝来の遺伝的毒素と言えるのです。

これを先天的毒素と呼び、生まれてから入れた毒素を後天的毒素として区別しておきます。

生まれてから入れたと言うのはおかしな話でしょうが、これは後で説明するとして、まず先天的毒素から説明していきますこれらの毒素は自然生理作用が発生し、外部へ排泄されようとするのです。



これを『浄化作用』と言うのですが、医学の考え方では悪化作用として『病気』と呼ぶのはお分かりでしょう。

これは体内毒素が自然に排泄されるために起こる働きですから、人間に備わっている自然良能力という働きにによるものです。

そうして、毒素の排泄作用、すなわちいろいろな苦痛症状がともなった浄化作用が発生するわけです。

天然痘、麻疹、百日咳等は元よりいまだ知られていないところの未知の毒素もあるでしょう。

浄化作用の順序として、まず体内に入った毒素は最初一旦人体の各局部に集溜するのです。

その場所として、神経を使うところ程多く集まりまる。

そうして人間が最も神経を使うところはどこかというと、上半身、特に頭脳に近い所でしょう。

人間が目が醒めている問手足は休む事はあっても、頭脳は一瞬の休みもないのですから。

頭は常に何かを考え、目や耳は機能を休ませることはありません。

人によってはお喋りを続け、合間に何かを食べ、というように機能は働きっぱなしです。

こうして毒素は神経の良く使う所に集まるので、肩、頸、リンパ腺、耳下腺などへと目がけて集溜することになります。

もちろん主役は頭脳となっているのですから、最終地点は頭を目がけてという事になります。

この様に各部に集溜した毒素は時日が経るに従って濃縮して固結するのです。

ここまでは 集溜→濃縮→固結 という作用で浄化作用の一段階で、『第一浄化作用』と呼びます。

まだ排泄する段階にまで行ってないので苦痛も比較的軽い段階です。

首や肩の凝り、固結毒素のための麻痺など人間機能に支障が出る場合もあります。

しかし、この苦痛も出ずにほとんど体内毒素があるなどと気が付かない人が多いのです。

それがある限度に達すると、排除作用が発生するのです。

それを『第二浄化作用』と呼びます。

ここに自然の恩恵をみることになります。

なぜならば毒素固結のため血行が悪くなり、肩頸が凝り、頭痛、頭重、視力減退、耳の鈍聴、鼻づまり、嗅覚の鈍化、歯槽膿漏、歯牙の劣弱、息切れ、手足の弛緩、腰痛、浮腫等々により活力が減殺されるからで、それが為人問本来の使命が行われない事になります。

偉大なる自然は浄化作用という結構な体内掃除機能を付与されたのですから、人間は病気というものに大いに感謝しなければならないのです。

このようにして毒素排除作用の苦痛が病気であるとしたら、病気こそ浄血作用であり健康上もっとも必要なものだということが分かります。

それゆえに、もし人類から病気というものを取除いたとしたら、人間は漸次弱体化して行き、ついには滅亡に到るかも知れないのです。

人間にこの毒素を浄化する機能が無かったとしたら、毒素は排除されずに子々孫々にまで遺伝され続けて行きますから、ある時期に至ってついには、人類という「種の絶滅」という事態を迎えることになるでしょう。

まさに病気こそ人間にとっての内なる“救世主”だったわけです。

ところが“病なき理想世界を作る”というのが世界人類の祈願、目標となっているのですから何か矛盾するように聞こえますが、これは根本的に異っているのです。

というのは、人間が無毒になれば浄化作用の必要がなくなるから共に病気もなくなるというわけです。

その暁には人類は健康と長寿を約束された天国的世界に安住することになります。

そこで病気の真の原因を解明することこそ病気解決の第一歩ですから、人間であったら誰もがかかるといわれる感冒(風邪、かぜ)について説明することが一番適当な浄化作用の説明となるでしょう。

体内の固結毒素の排除作用を浄化作用と名付けたのですが、まず初めに寒冒にかかると発熱が先駆となります。

自然は固結毒素の排除を容易にするため熱で溶解させ液体化させます。

この液毒は速かに肺に侵入するが、身体各局部にある固結毒素(以下毒結と称す)が普通一、二個所位なら軽い症状で済むが、局所を増す毎に重くなります。

最初軽いと思った寒冒が漸次重くなるのというのはその意味です。

毒素は迅速に肺臓内に侵入し、希薄な場合は痰となって即時排泄されるのですが、濃度の場合は一時停滞し、咳(セキ)というポンプ作用の働きで間もなく気管を通じて外部へ排泄されるのです。

咳の後には必ず痰(タン)が出るにみても明かであり、クシャミの後に鼻汁(鼻水)が出るのも同様の理です。

また頸部咽喉(くび、のど)の痛み、中耳炎、淋巴腺炎、手足の関節やソケイ部等の痛みは何れもその部にあった毒結が溶解し、出口を求めようとして動き始め、それが神経を刺戟するからです。

そうして液毒には濃い薄いが出来ます。

濃いのは喀痰、鼻汁、下痢等になるが、極く薄いのは水様となり盗汗や尿によって排泄されるます。

このように浄化作用というものは、最も自然に合理的に行われるもので、自然の神技に感嘆せざるを得ないのです。

いままで、病気というものの原理を知らなかった人間は、宗教では神の裁きとか、祟りとかとして、宗教で解決されないと今度は、現れた症状のみにとらわれてこれを唯物科学で解決しようとしたのです。

近年にはウイルス、ばい菌を主な病原として、栄養の欠乏とか疲労とか物質アレルギーとかに原因をもって来たのでしょうが、いっこうに病気の解決には程遠い有り様です。

一体造物主即ち神があるとしたなら、神は人間を造っておきながら病気などという人間を苦しめ活動を阻害するようなものを与えられる筈はないでしょう。

これを神の試練などと解釈するのは病気の真の原理を知らないでいたからです。

常に人間は健康であらねばならないに拘わらず、人問が誤った考えで毒素を作り貯留させるので、やむなく排除の必要がおこるのです。

それが病気であるとすれば、感冒の場合も何等の療法もせず自然に放任しておけば完全に浄化が行われるから順調に治り健康は増すのであります。

こに理によって人間は出来るだけ風邪を引くようにすべきで、そうすれば結核や諸々の重難病などは跡を絶つのです。

ところが何時の頃からか不思議にもこの清浄作用を逆解してしまったのです。

そこで発病するや極力浄化を停めようとするのです。

何しろ浄化の苦痛を悪化の苦痛と間違えたのだから、やることは逆療法です。

そのため熱が出ればそれを恐れて下げようとします。

下熱すれば毒結の溶解が停止されるからせき、たんを初めあらゆる症状を軽減するわけです。

ちょうど病気が治るように見えるのです。

ひまあり異学



判り易く言えば、せっかく溶け始めた毒結を元通り固めようとするわけです。

その固め方法がいままでの古今東西の医療なのであします。

氷冷、湿布、薬剤、注射等すべてがその固め療法となります。

全部固まると同時に症状が消失するのでこれで治ったと思って喜ぶのです、実はせっかく掃除をしようとするその手を抑えつけるようなもので、これは事実が証明しているのです。

よく風邪がこじれるというが、これは人体の方は浄化しようとするとそれを止めようとする為で、つまりが浄化と非浄化との摩擦となるから長引くのです。

いったん風邪が治ってもしばらくすると再発するというのはそのためです。

故に結果からいえば医療とは病気を治す方法ではなく、治さない延期させる方法という事なのです。

したがって本当に治るという事は、毒素が外部へ排泄させ体内が清浄となって病気の原因が皆無となる事です。

だから真の医術とは浄化が発った際、固結毒素をより速く溶解させ、より多く体外へ排泄させる事で、それ以外に真の療法はないのす。

世間にはお医者さん以外にもいろいろな健康療法があふれているが、なんと言っても病気の基本は風邪です。

“風邪は万病の元”という言い伝えは、病気の真の原理を知らなかったため逆療法を行った結果、余病を引き起こし風邪を悪い意味に解釈したのでしょう。

したがってどんな療法であっても風邪を悪化作用としか解釈出来ないものでしたらそれは真の療法ではないはずです。

この風邪を引くことこそ、浄化作用の中でも苦痛が一番軽く済み、かつ毒素排除の効果が一番効率的であると思います。

だから“風邪は万病を防ぐ元”と言うのが本来の自然の摂理、鉄則ですから、これを取り入れた考え方の療法ならどんなものであっても理に適った方法であると私は思っています。

つぎに浄化作用の原理をたとえた話があるので、これも紹介します。

借金をしている場合である。

だんだん利息を払う期限が来て返済を迫られるので一時に払うのは辛いから、外から利子の金を借りて一時支払うとする。

すると又期限が来たので又偕金して一時免れをするという具合で、元金の外に利子がだんだん増え請求も厳しくなるが益々返金が出来なくなる。

そこで貸主は承知せず差押え又は破産の訴えをするが、ついに返済が出来ないので破産する。

つまり寒冒もこれと同様で最初の返済期がきた時苦しくとも払ってしまえばばそれで済むものだが辛いから借金を増しても一時のがれをする。

そが薬を主とした医療なのである。

したがって引延ばす毎に薬毒が増え、ついに一時に請求をされる。

これが肺炎である。

ところが貸主も相手の支払能力を考慮し緩慢な請求をする。

これが結核と思えばいいのである。

以上のたとえ話は分かりやすいと思います。

これによって医学の唱える感冒の原因はウイルスであるという論は的外れなのです。

というのは、風邪にはウイルスの介在しない風邪というのもあるからです。

ウイルスが発見されてもそれは付属的なもので、真の原因ではなく、その証拠にインフルエンザの予防も治療も出来ないのが現在の医学の姿です。

これでお分かりでしょうが、体内毒素の原因となるのが、驚くことには “薬”だという事に気が付いたでしょう。

すると、先祖伝来、親からの遺産である遺伝毒素が「先天的毒素」であるとしたら、自分が生まれてから入れた薬毒が「後天的毒素」になるわけです。

これから風邪の大流行が予想される時期になりましたが、この“非医学的”論を頭に入れて“風邪よこんにちは”と暖かく迎え入れたらあんがい苦痛も軽くて済んでしまうかも知れません、、ただし、選ぶのはあなた自身、薬を飲みたかったらご自由に。

結果は“自分持ち”ですから。




いま大変参考になる本を市立図書館にて見つけました。

あなたの町にもあるかも知れません。


◆◆◆すべての親が知るべきこと   【 危 な い ぞ 予 防 接 種 】             イギリスからのメッセージ  レオン・チャイトー著   毛利子来監修  藤井俊介訳社団法人  農山漁村文化協会  発行   1992年9月30日 初版 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆











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