薬と呼べば善、麻薬と言えば悪 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

 《  薬は賛成! 麻薬は反対?    》
                       1996、11、17 初版

ひまあり異学


薬は毒だと言うのはやはり間違っているんだろうなあ、、

薬は正しく使えば安全、デタラメで正しく使わなければ危険。
すると、
過去に出た多くの薬害患者は薬を正しく使わなかった為に起きた。

麻薬は正しく使えば有益、間違った使い方をすれば害毒
同じ薬でも全然違うのだ、使い方で。
使い方とは善に使えば良いもの、悪に使えば悪いもの
治療のために使えば安全。金儲けや犯罪のために使うと劇毒になる。

同じ薬でも、善良なものが使用するなら良いもの。悪人が使用すれ
ば悪いもの。
同じ原料から作られても、片方は「薬」だから、法律で守られてい
る。もう片方は「麻薬」だから法律違反。
良い目的で使ったが、害が出て死亡したが、動機が善いことなので
非難されない。悪い目的で使ったが、まだ害作用が出なくても非難
される。

僕が神様の面をかぶって舞台に出たら、拍手喝采で御祝儀が投げら
れた。今度は夜叉の面をかぶって舞台に出たら恐ろしがられて、石
を投げられた。同じ僕なのに、、

そうだ、薬ならどんなに使っても善いのだ。
もしそれを毒などと呼んだら最後、命も危ない、逮捕もされる。

薬というのは毒とは違うんだ。同じ材料で作られても使用目的が違
えばまったく違う物質になるんだ。

毒はたとえ微量に使っても体内に残存蓄積する。ちりも積もれば山
となる。だから昔の人は毒殺の目的で本人には分からないように、
少しづつ少しづつと微量を食べ物に混ぜて飲ませたのだ。
そして、ひそかにだれも分からないころに蓄積された毒が致死量に
達したときその効果が現れるのだ。

水俣病の患者もその原理なのだ。
川の魚が少しづつ水銀を蓄積していって、それを今度は人間がな何
匹も食べ続けて蓄積していったのだ。そしてその量がある程度になっ
てから中毒症状が現れた。
一度に水銀を飲んだように苦痛が出て来たら、だれもが気づいて魚
など食べなかっただろう。

ごく微量な毒でも排泄されずに体内に残るのだ。そしてそれが蓄積
される。何年たっても毒の効力は残っているから、蓄積量が多くな
ると一度に牙をむくようになる。

だが「くすり」は違う。同じ毒でも「薬」となれば違う。
少しでも多くでも「適量」と決められた量を飲んでいれば、体内に
残らない、蓄積もされない。体の外に出てしまうのだから。
だから、同じ物質でも麻薬は絶対いけないが、薬は良いのだ。

そこで悟ったのだが、、
僕は同じ芋でも、ジャガイモは大好きだが、馬鈴薯は嫌いだね。
ましてやニドイモなんて見たくもない

                        (コレシンケンデヨマナイデネ)

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